22 懐かしい場所
真空の世界を駆け抜ける。
移民船一つは全長約10キロメートル。
その区間を僅か3秒で0にする。
全身を押さえつける強烈な加速度。
その重圧に仁は歓喜の笑みを浮かべた。
これだ。とまるで全身の細胞が叫ぶかの様。
約一月半ぶりに訪れた戦場は、仁を歓迎している。
この秒速4キロメートルを超える高速の世界。
こここそが、自分が本来いるべき場所だと思える。
それこそ、涙が出る程に懐かしい。
だがそれに何時までも感激しているわけには行かない。
「CP! 訓練生達の座標を頼む!」
もしも通信妨害が入っていたら、シップ5の周辺を周回しなければ行けなかった。
しかしその心配は杞憂であった。
主戦場から離れた反対側では、通信妨害も無視できるレベルだ。
クリアな通信が仁の元へと届く。
『座標送信。それから悪いニュースだ。連中、三体を残して残りは船団に侵入しようとしている』
訓練生達の部隊はその三体に完全に抑えられているらしい。
さもありなんと仁は納得を示す。
数と質を考えれば、二体だって厳しいだろう。
仁は人型ASIDを本能のままに襲い掛かるミミズ型と同列には考えていない。
奴らの攻撃には明確な戦略と戦術を感じる。
故に、この別動隊こそが本命だと考えていた。
そこに生半可な戦力を投入しないだろうとも。
これまでに交戦した人型よりも戦力としての質は上に考えるべきであろう。
問題は、一体何が目的なのか。
それが読めない。
読めないが――。
「全部落とせば問題ない」
一体たりとも生かして返さないと仁は必殺の意思を剥き出しにする。
指定座標への最高速度での侵入。
軍曹の設定した機体のエーテル配分は完璧だった。
仁の好み――即ち、装甲(コーティング)を削って、機動力(スラスター)に回したじゃじゃ馬仕様。
流星と化した仁のレオパードは肩のウェポンラックからエーテルダガーを引き抜く。
訓練生達の機体の光が見える。
それと相対する人型ASIDの姿も見える。
赤、黄、緑。
まるで信号機だと仁は思った。
思って、その思考を置き去りにする。
脳がただ戦闘だけに特化されていく。
赤い人型が仁に気付いた。
加速して真正面から向かってくる。
やはり相手も早いと仁は思った。
ミミズ型と比べれば、相対速度は通常の三倍。
交錯は正しく一瞬の出来事だ。
その一瞬のすれ違いで仁は手にしていたエーテルダガーを失っていた。
無手のまま、加速を緩めずに残りの黄と緑へ向かう。
赤い人型は何かの武装を手にしていた様だった。
様だったが、仁の頭はそれを無価値な情報として切り捨てた。
既に撃墜した相手の武装など、覚えていても仕方ない。
遥か後方で、赤い人型ASIDが真空に華を咲かせる。
その装甲色と同じような、真っ赤なエーテルが生んだ花。
深々と突き立てられた仁の牙――エーテルダガーが一撃でリアクターを破壊していた。
「1つ」
小さく呟く。
同胞が一瞬で落とされた事に、黄と緑は動揺の色が見える。
まるで、僚機を落とされた時の人間の様に。
その光景に、仁は眉を吊り上げた。
「化け物共が……人間みたいな真似をするな!」
知性がある。
それがどうした。
例え何であろうと、自分たちを襲ったのならばそれは敵だ。
言葉を交わさずに、ただ爪と牙だけを振りかざすのならば、こちらも銃火を向けるしかない。
緑の人型が銃口らしき物を向けてくる。
まだ数十キロは彼方の光景。
拡大された映像。
限られた情報から、仁はその発射のタイミングを盗む。
再び振るわれるエーテルダガー。
その一閃は狙い違わずに、自分を狙ってきたエーテルの弾丸を切り捨てる。
本来ならば、人型ASIDとレオパードのエーテルリアクターの出力には十倍近い差がある。
攻撃も防御もエーテルに依存しているASIDとの戦いでは、その差は嘗て絶望的な物だった。
しかしそれも過去の話だ。
母星から脱出し、150年近く。
その間研ぎ澄まされてきた人類の技術は、エーテルの運用効率において劇的な進歩を遂げた。
鹵獲したASIDの解析結果から分かるその差は約三倍。
今の人類にとって、十倍差程度の開きはそこまで恐れる物では無い。
しっかりと数を頼みにすれば対処できる物だ。
レオパードの装甲を穿とうとする純白の弾丸。
それを斬る。
ほぼ光速で打ち出されたエーテル弾を斬れるのは偏に仁の先読みが優れているからだ。
一秒先を見ろというエース達が吐く妄言とも取れる言葉。
仁はそれを誰よりも深く体得している。
文字通り、一秒先の未来が見えている。
そして見えていれば、その弾道に刃を合わせればいいだけである。
距離が縮むにつれて着弾までの時間は短くなる。
必然切り捨てるのも難しくなるのだが仁は最短距離を進む。
一分一秒とて惜しい。
弾幕に対して真っ直ぐに真正面から向かってくる敵(レオパード)の姿はまるで亡霊の様にさえ見えた事だろう。
その内の一発を、仁は切り捨てるのではなく、角度を調整して打ち返した。
あたかもバッドでボールを撃つかのように。
近接武器だけを装備していた仁のレオパードからの想定外の反撃に、緑の人型ASIDはよけ損ねた。
打ち返された弾丸に銃を撃ち抜かれる。
慌てて予備の武装を手にしようとするが既に遅い。
「っ!」
慣性制御も匙を投げるほどの急加速。
殺しきれなかった加速度が仁の身体を痛めつける。
生身の箇所が悲鳴を上げるが、その悲鳴さえも置き去りにする。
一瞬。
一瞬意識を銃に向けた瞬間にレオパードが肉薄した。
それはまるで手品の様。
遠くから見ていた訓練生達でさえ見切れなかったミスディレクション。
当事者であった人型は最期の瞬間まで何が起きたか理解できなかっただろう。
顎下に差し込まれる光の刃。
追い抜くのと同時。緑の頭部が漆黒の宙に舞った。
「2つ」
残された黄色。
訓練生達を牽制していた最後の一体は判断を誤った。
少しでも生存率を上げるのならば、仁が接近してきた時点で三機でかかるべきだった。
そして今もまた。
目の前にいる数十機と、接近しつつあるたった一機。
どちらに注意を割くか迷った。
迷ってしまった。
その迷いは今の仁からすれば致命的。
ウェポンラックからエーテルライフルを取り出す。
彼我の距離は100キロと少し。
レオパードの武装でも、この距離を踏破できる物は少ない。
ここまでになるとリアクターを増設した砲戦機か、艦砲クラスの武装が必要だ。
だからこそ、狙い目だと仁は思っていた。
「エーテルライフルのリミッター解除。収束率を最大に」
限界以上にエーテルを圧縮し、極限まで貫通力を高める。
長距離狙撃。
届く筈が無いと高を括っている黄色を射抜く。
自分の腹部に形成された大穴を見下ろして、黄色の人型ASIDは爆散した。
「これで3つ」
仁の進路を妨げる障害は全てなくなった。
たった一発で限界を迎えたエーテルライフルを投げ捨て、その爆発を背景に仁は訓練生達の部隊に近寄る。
「無事か?」
尋ねながら機体の数をカウントする。
脱落は無し。その事に何よりも安堵した。
『ありがとうございます、東郷中尉。危うく預かっていた訓練生達を失うところでした……』
臨時部隊の指揮官が額に汗を滲ませながらそう言った。
人型三体となると、訓練生だけの部隊では厳しい相手だっただろう。
むしろ仁が駆け付けるまでの間、撃墜者を出さずに持ちこたえただけでも十分すぎる成果だ。
「いや、よく踏ん張ってくれた。他にも人型が居たはずだ。そいつらは?」
『都市内に侵入しました……申し訳ございません。あの三機に完全に抑えられてしまいました』
その答えにやはりと仁は舌打ちする。
残り九体が船団内に侵入した。
「CP! こちらジークフリート2。やはり船団内に侵入された! これから自分も突入する!」
かつての部隊のコールサインをそのまま使う仁は相手の返事も待たずにエアロックへと向かう。
通常使われる事は無いが、緊急時に備えたエアロックは移民船の各所に存在する。
『こちらCP。エアロックの解除コードを転送』
近場のエアロックが解放されていく。
そこへ機体を飛び込ませながら仁は振り向いて声を飛ばす。
「お前たちはここで待機だ! CPの指示に従え!」
着いてくるつもりだった訓練生達の部隊はその声に足を止めた。
『教官! 俺達も!』
「重力下戦闘のライセンスを取ってから出直してこい!」
エアロックが閉鎖される。
空気が注入されていく中で仁は乾いた唇を舐めた。
「重力下戦闘か……俺だってライセンス取った時以来だな」
船団内は無重力ではない。
真空での戦いに慣れ切った今の仁には厳しい戦場だった。
だが引くという選択肢はない。
宇宙空間戦闘用のパッケージを排除して、身軽になったレオパードが一歩、船団内へと踏み込んだ。
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