15 少佐の意思
「少佐、自分の復帰を認めてください」
上官である少佐との面談を捻じ込んだ仁は執務室に入るなり開口一番にそう言った。
アポイントメントから僅か三日で入れられたのは幸運だった。
「随分と早いギブアップだな、中尉。まだ君が教官職に就いて十日程度しか経っていないが?」
「教官職は関係が有りません」
はぐらかしているとしか思えない少佐の言葉に、仁は微かな苛立ちを覚える。
信頼していた上官だ。
いや、今もしている。
例え今の人事が仁にとって不本意であろうとも、決して嫌がらせなどでは無いと分かっている。
少佐にとっての最善手を取り続けているのだと理解できる。
故に、今の少佐の考えが読めない事が不安と苛立ちを呼んでいた。
「一月半前とは状況が違います。あの時は直近の危機は無かった」
少なくとも、こんな人型ASIDによる大攻勢は予測もされていなかった。
だからこそ、教官職に仁を就けるなんて言う無茶な人事が通ったはずだ。
「現状、船団の戦況は芳しくない。自分を遊ばせておく余裕なんて無いはずです」
第三船団の撃墜王。トップエースである仁と言う戦力。
アサルトフレーム単機としては疑いようも無く最強だ。
苦しい戦況の支えとなる事は出来る筈だった。
「……言ったはずだ、東郷中尉。戦場は君の自殺願望を叶える場所ではない」
その言葉を、やはり仁は否定できない。
澪の存在は、仁を癒してくれる。
だが同時に――どうしようもないほどに苛む。
ゆっくりと、風が大地を削るがの如き速度で。
令がそこに居ないと、仁に突き付けてくる。
だから今でもいざとなれば戦場に立てば己の身など顧みない戦い方をするであろうという自覚があった。
「少佐! しかしこのままでは船団の存続に関わります!」
「君一人で船団の存亡を左右できるとでも?」
「その天秤に乗る錘くらいにはなれるかと」
しばし、無言で二人は睨みあう。
肩の力を抜いたのは少佐が先だった。
「君の復帰は無しだ。中尉。一月後には第二船団からの大規模な部隊派遣が予定されている」
「第二船団……サイボーグ戦隊ですか」
「ああ。単機では兎も角、部隊としての戦力は間違いなく人類トップの部隊だ」
第二船団では肉体改造が合法的に行われている。
パイロットも例外ではなく、ほぼ全身を機械化したサイボーグで構成された部隊。
生身の人間では操縦できないような専用改造機を駆る全船団最強部隊。
仁専用のチューンが施されたレイヴンも元を辿れば第二船団のサイボーグ部隊の機体を参考にしている。
ある意味で兄弟のような関係だった。
「彼らが居ればこの戦局も落ち着くだろう」
その言葉に、仁は否定できない。
少なくとも部隊として考えた場合、仁個人よりも強力な戦力である事には違いないのだから。
それでもまだ何か無いかと考える仁を見て、少佐は小さく溜息を吐いた。
「どうやら、まだ諦めて貰えない様だ」
当然だと仁は心の中で呟く。
船団が潰れたら仁も生きてはいけない。
己の生殺与奪権を他人に委ねることなど出来はしない。
ああ、だけど。
それを建前にしているだけでは無いかという自問が消えてくれない。
戦意を失っていない仁を見て、少佐は諦めたような声を出した。
「中尉、私の権限で君の操縦許可を剥奪する」
アサルトフレームの操縦は許可されたDNAの持ち主しか行えない。
より厳密には、現行機は全て生態認証式のコックピットだ。
機体起動には認証が必要となる。
少佐は今、仁の許可を取り消したのだ。
「少佐、それは!」
流石に仁も顔色を変えた。
緊急時であっても操縦はさせない。
何が何でも戦場から遠ざける。
少佐のその意思が仁にも伝わったのだ。
「誰が何と言おうとも、私は今の配置を変えるつもりは無いよ。もう下がりたまえ」
分からないと仁は思った。
今の少佐が何を考えているのかさっぱり分からなかった。
その事に確かな失意を覚えながら仁は少佐の執務室を退出する。
「……クソっ」
廊下に出て堪え切れなかった悪態が仁の口から吐き出された。
一方、執務室の中では少佐が一枚の映像を映し出していた。
「ここで死なれては困るのだよ、東郷。まだこんな前哨戦で、な」
荒い解像度の映像。
対比物が無いため分かりにくいそこには――仁が目撃した超大型種の姿があった。
◆ ◆ ◆
「良いか、常に数的優位を確保しろ。そして突出しない。追撃っていうのは一番危ない。どうしたって一方的に攻撃していると冷静さを失うからな」
その翌日の教練はいつも以上に熱が入っていたと仁も自覚していた。
それがつい昨日の少佐との交渉の決裂が影響しているのは言うまでもない。
来月には任官となり、前線に配備される四回生の訓練生達。
その姿が今の仁には妬ましく、頼りない。
仁は戦場に立てない。
だからせめて少しでも鍛えたいと仁は思ってしまうのだ。
僅かでも生き残る可能性を上げたい。
その為なら恨まれようとも厳しい訓練を与えると決意していた。
三回生と四回生合同の部隊訓練。
数回の交戦でデータの揃ってきた人型ASIDの襲撃を想定した防衛作戦の訓練だ。
多対一を常に維持しろと仁は口を酸っぱくして言う。
初陣のパイロットで一番多いのは戦場の空気に充てられたりで一人突出してしまう事だ。
必然、それは一対多の構図へと早変わりする。
そうなれば未熟なパイロットでは数十秒と持ちこたえられない。
死因で最も多いのはそれなのだ。
連携を崩すな。
一人になるな。
常に隊を維持しろ。
基本であり、同時に仁が真っ向から破っていることを説くことは滑稽さを覚えずにはいられない。
だがその教えが訓練生達を守ると仁は信じていた。
――彼らはエースにはなれない。
その確信があった。
後ろに目を付ける。
一秒先を見る。
はっきりと言えば、荒唐無稽な話だ。
だが、その荒唐無稽な話を感覚で理解できる人間だけがエースと呼べる領域に足を踏み入れられる。
ある程度以上の戦果を挙げているパイロットは、その感覚を持ち合わせていた。
少なくとも仁が会った事のあるパイロットは皆そうだ。
そんなエースでさえ命を落とす。
感覚を持ち合わせていない訓練生達ならば撃墜の可能性は更に高まるのだから。
「火力を集中させろ! バラバラの反撃では人型のコーティングは突破できないぞ!」
部隊としての連携を磨く。
それがパイロットとしての正しい姿だ。
「隊列は互いに回避運動を取れるだけのスペースは確保しろ! 団子になっても敵は待ってくれない!」
自身も仮想敵として、人型ASIDの操作を行う。
幸いと言うべきか。
そのサイズはアサルトフレームと大差がない。
仁の培ってきた操縦感覚は十全に反映できた。
訓練生達の部隊を蹂躙するかの如き勢いで突っ込んでくる姿は飢えた狼の様だった。
当初の戦技教官として適切な指導を与えるなどと言う考えは頭から吹き飛んだ。
余りに苛烈な訓練に訓練生達も振り落とされそうになる。
その度に仁は吠えた。
「この程度で音を上げるならパイロットなんてやめてしまえ! 戦場に出てもすぐに死ぬだけだ!」
従来のミミズ型ならばまだしも。
人型相手ならばこの程度では足りない。
もっと、もっと強くならなければ初陣も乗り越えられないだろう。
例年以上にしごき倒す。
四回生まで耐え抜いた中からも脱落者が出る程の厳しい教導。
「やり過ぎじゃないか、東郷」
恩師から、そう言われた。
そうかもしれないと仁も思う。
それでも折れるわけには行かない。
「……ここで折れる様な奴なら最初から戦場に出ない方が良いです。いつか、味方を巻き込んで死ぬ」
それは戦場に立った仁の哲学と言ってもいい。
まして、今の訓練生達にそれなりに安全な戦場で経験を積ませることが出来るか分からない。
ある程度、ふるい落としをしなければ危険だろう。
「恨まれるだろうね」
「別に構いませんよ。それで死人が減るなら」
第二船団の増援が来るまではまだ時がある。
向こうも向こうで防衛線力の補充やらで直ぐに飛んでくることは出来ない。
何よりも距離がある。
一時的な救援なら兎も角、常駐するとなればそういう問題もあるのだ。
増援部隊が来る前に死なない様に。
今仁が考えていたのはそれだけだった。
「……?」
ふと、仁は見慣れぬ人影に気付いた。
「……近頃、見ない顔が目立ちますね」
訓練校内は人の出入りが限られているので、部外者は目立つ。
バッヂから正規の手続きを踏んで入ってきているのは分かるが――。
「確かにねえ。何だろうね」
その理由が分からずに二人して首を捻る。
数日後に仁は後悔する。
例えこの時に気付いていたとしても何もできなかった。
それでも気付けるだけの材料を与えられていたのに気付けなかったことを悔いた。
自分の決断が裏目に出るとは、考えていなかったのだ。
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