13 教官失格

 仁が教官としての責務を果たそうと力強く頷いたその日の夕方。

 

「俺は、教官に向いていない……」


 カビが生えそうな程に湿気の高い空気を纏った仁の姿があった。

 そこには戦場で名を馳せたエースの雄々しさなど欠片も無い。

 ただ己に失望した人間がいるだけだった。

 

「ちらっと見た限りでは悪くなかったと思うが……」

「模擬戦は……それなりに上手くできたと思います。訓練生達の隙を上手く突いて課題を見つけられたかと」

「上出来じゃないか」


 そう、そこまでは仁も自信を持っていた。

 意外といけるじゃないかと。

 

「それでその後、模擬戦のデブリーフィングを行っていたのですが……」


 ◆ ◆ ◆

 

「ここでの7番機の動きは少し遅れたな。ライフルにしろ、ダガーにしろ直ぐに対応できていれば迎撃は間に合ったはずだ」


 記録された模擬戦の映像を呼び出しながら仁は解説していく。

 アサルトフレームタイプ82、レオパード。

 直線主体の装甲はグレーを染め上げた今となっては旧式の機体だ。

 訓練生の訓練はこの機体で行われていた。

 

 宇宙空間での戦闘。

 デブリを利用した訓練生の不意打ちの場面を見て、仁はその時の驚きを思い出しながら評価する。

 

「この時の待ち伏せは良かったぞ。ASIDも視覚情報に頼る。360度をカバーできない以上、不意打ちは有効だ」

「すみません、教官。質問が」


 訓練生の一人が挙手して仁に問いを投げかける。

 

「この待ち伏せを成功させるには何をすればよかったのでしょうか」

「そうだな。もう少し奥まで引き込むべきだった。仕掛けるのが早かったので囮役との距離が開いていた。囮役が反転して挟撃に出来るとより成功率は上がるだろう」


 引き込む囮役と、待ち伏せする伏兵役の間での連携が重要だと仁は説く。

 普段は単独で突貫する事の多い仁だが、味方との連携も心得ている。

 それが必要な強敵ならば、他人に合わせることもあった。

 

「教官。この時は何故不意打ちに気付いたのですか?」


 別の訓練生がふと気になったのであろう疑問を口にした。

 事も無げに仁は答える。

 

「ああ、後ろを見ていたからな」

「なるほど。全方位のカメラの確認が必要という事ですね」


 アサルトフレームは人型兵器だ。

 しかしその構造まで人型を真似ているわけではない。

 特に感覚器であるセンサー類。

 それらは機体各所に分散配置されている。

 カメラも例外ではない。

 

 その事を指しているのだと思った訓練生は納得の色を浮かべた。

 しかし仁は事も無げに言う。

 

「いや、後ろに目を付けろ。そうすればASIDからの不意打ちは大体避けられる」


 冗談かな、と幾人かが笑った。

 仁の目はマジだった。

 

 やや、空気が重くなったが気にせずに仁は続ける。

 

「隊列を組んでの偏差射撃。これも良い攻撃だった。もう少し敵の回避位置を意識しながら撃つと良い。これも連携が必要だな。追い立てて最後の一人が撃ち抜けば良いんだ」

「あの、教官。とどめの一発をエーテルダガーで切り払われたんですが。見えていたのですか?」

「こちらの射線が読み切られていたのでしょうか」


 訓練生の仕掛けた集中砲火を事も無げに切り抜けた仁の技量の種を暴こうと、質問が行きかう。

 エーテルライフルから打ち出されたエーテル弾は光速の数%に達する速度だ。

 人間の感覚ではまさしく目にも止まらない筈である。

 それを切り払うというのは反射では説明がつかない。

 

「一秒先を見れば良いんだよ。一秒あれば迎撃は出来る」


 普通一秒じゃ迎撃するには足りないという常識的な突っ込みの前に、意味不明な事を言われたと全員の頭に疑問符が浮かぶ。

 一秒先を見るって何だと顔に書いてある。

 

 空気が更に重くなった。

 

 その後は質問も余り出なかった。

 またとんでもないことを言われたらどうしようという訓練生達の防衛本能が働いた結果かもしれない。

 

 ◆ ◆ ◆

 

「という感じでして」

「いや、すまん。私もお前が何を言っているのか分からない。後ろに目を付けろだの、一秒先を見ろだの……」


 視線で冗談だろ、と問いかけてくるが残念な事に仁は大真面目であった。

 

「むしろ逆に、後ろに目を付けずにどうやって不意打ちを防ぐんですか……」

「複数機体のセンサーをデータリンクで統合して相手の位置を割り出せばいいじゃないか」


 至極当然――そして模範解答に仁は目から鱗がお零れ落ちる気分だった。

 

「そうか、その手が」

「いや、あんた訓練校時代に教わっただろ? 忘れたのかい」


 初耳の様な顔をする仁に、恩師の冷たい視線が突き刺さる。

 視線を逸らしながら仁は曖昧な口調で言った。


「そういえばそんな記憶がうっすらある様な、無いような……」


 単機で突出し、囲まれることの多い仁には使えない方法でもある。

 そも、足並みを揃えれば解決する話ではあるのだが、大抵の場合仁のワントップの方が効率的に進められるのだから仕方ない。

 

「うーん。どうも話を聞いてると、アンタのはいつの間にやら我流が過ぎて行けないね」


 と言うよりも、トップエースの戦い方など他の人間が容易く理解できるものではないというべきか。

 文字通り見ている世界が違う。

 

「とにかく、その二つは戦技教練では禁止だよ。そんなヘンテコな動きするASIDはいないからね」


 これまでに数多く交戦してきたミミズ型は非常に動きとしては単調だ。

 問題は数が多い事と、群れとなると入り混じっている大型種が厄介と言うことくらいだろうか。

 

 そしてそのいずれも仁の駆るレオパードの様な変態的な機動は取らない。


「しかし、今襲撃のある人型はかなり手ごわいとか」

「ああ。正規兵にもそれなりに被害が出ている様だよ。今のところは押し返せているけどね」


 ここ最近船団を襲撃する人型ASIDは、ミミズ型とは大きく違う。

 情報部の分析ではまず間違いなく知性と呼べるだけの物があるとのことだった。

 

 果たしてそれがどの程度かは未だハッキリとはしていないが、戦術を理解し襲ってきていることは間違いないという。

 

「我々防衛軍は船団憲章によって対人戦闘を放棄しています。従来型を相手取る訓練をしていただけでは来月で卒業する訓練生には心許ないかと」


 母星は既に滅んだ。

 生き残りは宇宙に逃れた者だけだ。

 激減した人類を、身内同士の争いで滅ぼす愚を犯す程、人間は馬鹿ではなかった。

 

 ASIDという脅威がいる以上、武力の放棄は叶わない。

 それでも、人と人が争うことが無いように。

 対人兵器と対人戦闘への備えだけは放棄された。


「自分との訓練がその一助となれば思いまして」

「逆に自信を喪失しそうだからもうちょい手を抜いておきな。人型にだってあんたみたいな出鱈目は居ないよ」


 リアクター出力に十倍近い開きはあれど、戦闘技術に関してはそこまでとびぬけた物では無いらしい。

 と言っても、仁と比較すれば大抵の相手は御しやすいという事になってしまうが。

 やはり単純に、敵個体の戦力がミミズ型とは比べ物にならないという事の様だった。

 

 ミミズ型の出力などそれこそ50ラミィあれば良い方だ。

 クイーンタイプともなれば1000ラミィ近くにも達するが、そんな物は大きさ的にも艦隊の出番である。

 

「さて、今日の業務はこれで終了だけどどうする?」


 手でジョッキの形を作る。

 飲んでいくかと言う誘いに仁は首を横に振った。

 

「いや、すみません。子供が待ってるので」

「ああ。なるほど……ってちょっと待ち! あんた結婚してたのかい!」


 教え子に先を越された!? とショックを受けた顔をしている。

 

「ああ、いえ……」


 結婚という言葉にどうしても令の事を思い出して、声が暗くなる。

 

「ちょっと縁がありまして。引き取ったんですよ」

「なるほどね……じゃあ無理に誘う訳にも行けないね」


 朝まで飲もうと思ったのに残念と肩を竦める。

 仁は恩師の新たな一面を知った。

 

 そうしてジェイクの店へ行き、澪と夕食を食べて家路に着く。

 

「よし、澪。今日はどうだ? ピカピカするか?」

「うーん……何かしそう!」

「よし。そうか」


 それなら今日は眠れなさそうだと仁は溜息交じりに思う。

 澪の勘は本当によく当たる。的中率は八割越えである。

 大昔には気象予報士と言う職があったらしいが、澪の様に勘の鋭い人間だったのだろうと仁は考えていた。

 

「ねえ、じん。教えて欲しいことがあるんだけど」

「良いぞ? さあ、先生に何でも聞いてごらん」


 ちょっと教官として失敗した直後だったので、澪の問いを喜んで迎える。

 自信を取り戻したかったのだ。

 

「あのね、あしっどって何?」


 その問いに、仁の表情は不自然に固まった。

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