10 学力テスト
きっかけは、4月からの入学の準備をしている事だった。
仁も来週から訓練校に配属となる。
2月からの2か月間は戦技教官として訓練生達を鍛える事が仕事だ。
そうなってしまえば、今ほど自由に時間は使えない。
そんなわけで仁は2か月先の入学の準備をせっせとしているのだ。
「しまったな。学力テストの事を忘れてた」
人的リソースに限りのある移民船団内では、学力次第で飛び級が可能だ。
優秀な人材はガンガン先に進めて船団運営のポストにつけようという考え方である。
それ故に、入学時点での学力測定は重要なのだが、仁はまだ澪に受けさせていなかった。
と言うのも市民登録もされていなかった澪に、真っ当な教育が与えられていたと考えられなかったからだ。
澪には未就学児用の教育プログラムを受講させていた。
好奇心が強いのか、特に文句を言う事も無く。
むしろ楽しんでいる様だったのは仁としても幸いな話であった。
「進捗は……一応全部終わってるのか」
いつの間にやらプログラムは全て終えていたらしい。
これならば受けさせても問題ないかと仁は考えた。
「おーい澪」
「なーに?」
ぬいぐるみをモデルにして画用紙にお絵かきを楽しんでいた澪が仁の呼びかけに顔を上げる。
「ちょっとなぞなぞ解いて見ないか?」
「なぞなぞ? やるっ」
拳を握り締めて気合を入れる澪。
彼女を自室の端末の前に連れて行き、学力テスト画面を表示させる。
操作方法を説明した仁は、澪の邪魔をしない様に部屋を出た。
「全部終わったら呼んでな?」
「はーい」
そう言いながら澪はタッチパネルをひょいひょいと操作していく。
既になぞなぞと言う体の学力テストに夢中になっている様だった。
「あいつ、子供にしては勉強好きだよな……」
何となく子供は外で遊びまわるイメージがあったが、澪は真逆だ。
家で本を読んだり、ぬいぐるみで遊んだりと大人しい。
「絵も良く描いてるし……って何だこれ」
画用紙の上に描かれていたのは妙にリアルなぬいぐるみの姿。
クレヨンだけでよくこんな物書けたなと仁は妙に感心してしまった。
まるで写真である。
テストの時間は全部で2時間。
その間仁も澪を見習って勉強することにした。
具体的には教官職として教える内容のおさらいだ。
「戦技教官……か。あの長老も流石に年か」
丁度と言うべきか。
その任に就いていた者が高齢の為に引退していた。
仁はその後釜という事になる。
仁の代が在校していた時点で訓練校の長老と呼ばれていた。
既に何歳なのかも分からない高齢だったので、不思議はない。
戦技教官の仕事としては訓練生相手の仮想敵として訓練に参加する事になる。
ただこうして思い返すと、それが結構な困難である事を理解させられる。
「訓練生のレベルに合わせて、最適な動きを覚え込ませるように戦闘するってんな事やってたのか、長老」
心得を読みながら仁はうんざりとした表情を作る。
要は、全力で叩きのめしては意味がない。
かといって訓練生が慢心する程手を抜いても意味がない。
常に課題を見つけさせるように、戦いが成立する程度に実力を抑えて戦わなければいけない。
改めて考えると、目の前の敵を叩きのめす事が得意な仁とは合いそうにない。
「教官か……やれんのかね」
どう考えてもミスマッチである。
少佐も一体何を考えているのかと仁は思う。
いや、あの人の思惑は分かっている。
戦場での自殺などさせないと少佐は言ったのだ。
ならば前線から外すのは必然。
ではその後は、と考えたのだろう。
考えて、戦うこと以外に碌に出来ない事に気付いたのだろう。
だったらまだその戦いに関われる戦技教官と言う職を与えた……と言うのが一番しっくりくる。
東郷仁、26歳。
戦い以外では自分ってもしかして役に立たないのではと言う疑惑に気付く。
「いや……流石にそれは。ない、よな?」
口に出してみるが、驚くほどに説得力の無い言葉だった。
逆に、戦闘以外で自分が出来る事を列挙しようとして一発目から詰まる事に気付いてしまう。
「なんてこった……」
思い返せばこの家に来て2週間。
家の中の事は澪と大体一緒にやっていたが……。
「部屋の片づけも掃除も洗濯も、澪の方が役立っている……?」
仁が優位だったのは教えた瞬間くらいで、それ以降はテキパキと家事スキルを伸ばしていた。
将来は良い嫁になるな……と現実逃避。
「……嫁ね」
果たして。
そこまで澪を育て上げる日が来るのだろうかと仁は疑問に思う。
仁は軍人である。
令を喪った事による虚無感は今も胸に穴を開けて。
その洞に引き込まれるように、戦場に立てばきっと無茶な行動を取る。
今は戦場から引き離されているが、何時かは戻るだろうという確信が仁にはある。
何故ならば、それを求めているのが仁自身なのだから。
だからこそ、十数年後。
澪が立派に成長した時に自分が居るかどうかを想像できない。
「気が早すぎるか」
別の可能性としては、澪が記憶を取り戻し、より正しい保護者の元へ行くというのも有り得る。
未登録である事にも何か仕方のない理由があったとしたら。
今考えても詮無いことと仁は首を横に振った。
来るかも分からない未来に思い悩むほど無益な事は無い。
そんなことを考えながらソファーに座っていると何時の間にか転寝をしていた。
この頃も夜間に人型ASIDの襲撃がある。
気を抜くと眠気が襲ってくるのだ。
「じん、じん。このなぞなぞずるい! みおの知らない事一杯聞いてくる!」
その仁の眠りを覚ましたのは、大変にご機嫌斜めな澪の声だった。
定位置となりつつある仁の左側に座ってご立腹の様子である。
「お、なぞなぞは終わったのか澪?」
「終わった。一杯解けなかった」
学力テストの問題が解けなかったのか悔しいのか。
唇を尖らせて頬を膨らませている澪。
その頬を突いて仁はからかう。
「そっかそっか。まあそういうのは学校で勉強する事だからな」
「がっこー?」
「そう。澪くらいの子が大勢集まってみんなで勉強したりする場所だ」
「おー?」
そう言ってはいるが、今一澪は想像できていない様だった。
経緯が経緯なので、澪は幼年学校に通っていない。
自分と同年代の子供が大勢いるというのは理解の外だ。
「よく分かんない」
「だろうな。四月から通う事になるから、それまで楽しみにしてると良い」
「うん」
素直に頷く澪の頭を撫でてやると、嬉しそうに目じりを下げる。
そんな何気ない仕草。
やはり令に似ている。
赤の他人だというのに何故ここまで似ているのか。
どうしても仁は因果関係を見つけ出そうとしてしまう。
「何かテレビでも見るか?」
「んーお絵かきしている」
そう言いながらペンギンのぬいぐるみをテーブルの上に置いて、新しい絵を描き始めた。
どこで覚えて来たのか。
「いいよーかっこいいよー」
などとカメラマンみたいなことを口にしているのが何だか可笑しくて仁の口から笑みが零れる。
折角だから澪の点数を確認しておこうと仁は学力テストの結果を呼び出す。
己の視界に端末画面を表示させる。
ナノマシンによる拡張現実機能。
視線だけで仮想ディスプレイを操作し、結果を呼び出した。
「あ……?」
その結果に絶句する。
「船団共用語、幼年学校卒業相当。社会、幼年学校卒業相当。理科、幼年学校卒業相当」
ここまでは良い。
むしろ、短時間ながら学んだ事を十全に理解している様だった。
年齢に応じた標準の試験から開始され、その時の正答率次第で更に難易度が上がっていく。
澪が言っていた知らない事を聞いてくるという事。
それは六歳――幼年学校卒業の学力があるのが分かったので七歳レベルになったという事だろう。
問題は最後の算数。
「算数(数学)、高等学校卒業相当……?」
何かの間違いではないかと仁は澪の回答を呼び出す。
一科目三十分。通常は二十問も解ければ上出来のハズだ。
だが澪の数学に関しては回答数が凄まじい。
約250問。一つの問いを解くのに7秒程度しかかかっていない。
そして最後の方の設問。
それは確かに、高等数学の問題であった。
正直仁も解けるか自信がない。
それら全てに正解。
数学に関していえば、問題が解けなくなったのではなく、時間が無くなってしまったのでここで止まったというのが正しい。
ご機嫌にお絵かきをしている澪を見る。
その姿はどう見ても六歳児のそれだ。
とても今、高等学校卒業――18歳レベルの数学の問題を解いた姿には思えない。
「澪、お前は……」
何者なんだという問いが口の中で消えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます