黄色いシマシマの缶バッチ

「この缶バッチあげる」


 そう言って、彼女は黄色いシマシマの缶バッチを差し出してきた。それにはなにか黒いものがついていて、ひょっとすればそれは彼女が仕込んだいたずらかもしれないと、触れないようにしておいた。


 たしか、前も彼女はぼくにものをくれた気がする。本当にずっと前のことだから、記憶はおぼろげだけど、小さな本だったと思う。文庫本にも満たない、手のひら大の手作りされた本。素直に受け取ったところまでは覚えているのだけど、そこから先はあんまり覚えていないんだ。


「またいたずらでも仕込んだの?」


 ぼくはめんどくさそうに彼女にたずねる。我ながら完璧な調子の憎まれ口だった。きっと、極めることができたなら、憎まれ口の大スターにだってなれるだろう。


「ひみつ」


 彼女はいつもこうなんだ。例えぼくが憎まれ口をたたいたところで、彼女からしてみればいじらしい子供の仕草くらいの認識でしかないんだ。ただ、面白いことに、ぼくの方でもそんな彼女をいじらしいと思っている。ぼくらは、互いに互いをいじらしい存在と考えているんだね。


 手元の缶バッチから、まだ彼女の温かさが感じられる。ぼくはその温度がもたらす幸福感に折れて、黒いものに手を触れる。それは立体的なシールであって、つまむとすぐにはがれてしまった。


「裏を見てみて」


 そう促す彼女に従い、シールの裏側を覗くと、短な言葉が書かれていた。それは簡単な言葉なんだけど、教えてあげることはできない。その愛らしいやりかたで伝えられた言葉を、誰にも知られたくないからだ。それに、きっとぼくはこのことを忘れてしまうだろう。ぼくさえ忘れることができれば、彼女の言葉は、ずっとひみつのままにできるだろうから。

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