62. 戦場に向かうソフィア

(ソフィア視点)


 ある日、トムスが執務室に飛び込んできた。体中の毛が逆立っている、興奮しているのか?


<< ソフィア! 精霊王様が復活なされたぞ! いま直轄領の城にいる。俺達精霊もそこに来るようにとのことだ。驚いたな、俺達精霊にも戦えということだ。人間の国はそれほどの強敵なのか。>>


お母さんが復活した! しかも直轄領の城にいる。カラシンさんと一緒なのか?


<< トムス、カラシンさんは、カラシンさんは無事だよね。>>


お母さんに直接聞きたいが、私の念話では直轄領まではとても届かない。


<< 自分で聞いてみたらどうだ。例の魔道具を使えば出来るだろう。俺が魔力を送ってやるよ。>>


 そうだ、その手があった。あの魔道具はこの執務室に置いてある。我家に戻って念話増幅の魔道具を使うより早い。早速、魔道具を装着して、


<< お母さん! お母さん! お母さん! 返事して、>>


と念話を送ると、すぐに返事があった。


<< ソフィアか!? 驚いたな。トムスが言っていた魔道具を使っているのか? 念話増幅の魔道具ではここまで強い念は送れないからな。>>


<< お母さん、そんなことよりカラシンは? カラシンさんは大丈夫なんだよね。>>


<< ハハッ、久しぶりに話をしたというのに早速カラシンのことか...。仲が良いことだ。ああ、無事だぞ。もっとも私が来た時には危ない所だったがな。>>


何!? 危ない所だった? カラシンさんが? 以前カラシンさんがライルさんに殺されそうになった時には目の前が真っ暗になった。もうあんな思いをするのは2度と御免だ。


<< お母さん、私もそっちに行く! ダメと言われても行くからね。>>


<< ソフィア、お前は魔族の女王になったのだろう、その自覚を持て。まったく、マルシもアルトン山脈からこちら側に来なければ殺されることは無かったのだ。お前までそんな危険を冒す必要は...。>>


と言いかけたお母さんがそこで沈黙する。そして再び念話が届いた時には話の内容が180度変わっていた。


<< ソフィア、こっちに来い。ただしラミアの族長から渡されたという魔道具を持ってだ。ひょっとしたら人間の国に対抗する切り札になるかもしれん。強敵と戦うことになるかもしれんぞ、覚悟はあるか? >>


<< もちろん!!! >>


と私は言い切った。御免サマル。もしかしたら私は戻って来られないかもしれない。母親としてはサマルの傍に残るのが正しいのかもしれない。でも私は何かを得るために何かを諦めたくない。サマルと一緒に生き延びるために、カラシンさんや魔族の国の未来を諦めるのは嫌だ。私は欲張りなのかもしれない。私はサマルもカラシンさんも魔族の国の未来も全部欲しい。だから私は行く。いつか大きくなったサマルに誇りをもって自分のしたことを話出来る様に。





(宰相視点)


 今日、待ちに待った知らせが届いた。ファイヤーボールを防ぐ盾を装備した正規軍5万が国境に到着したという。この部隊に城の外にいる魔族の増援部隊の相手をさせれば、いよいよ城攻めに掛かることができる。これまで領地に帰還したいと言う貴族達の要求を押さえつけるのは大変だった。だが、流石に一旦戦いが始まれば貴族達も四の五の言っておられないだろう。


 城外にいる敵の増援部隊の主力兵器がファイヤーボールであることは、逃げかえった略奪部隊の兵士からの聴取で分かっている。しかもエルフを主体とした部隊らしい。エルフは魔力が強いが体力は人間と変わらない。ならばファイヤーボールさえ防げれば勝てる。敵の数が不明だが魔族はもともと人口が少ない。5万以上ということはないはずだ。それに勝つ必要はない。こちらが城攻めをしている間抑え込めれば十分だ。城が落ちた後で城攻めを行っていた兵力も加えて総攻撃を掛ければ確実に勝てるのだから。


 都合の良いことにエルフの部隊は城の近くまで来ていた様だ、早速増援部隊と戦闘になったと報告が入った。こちらも城への攻撃を実行に移す。神の力を用いて、堀に掛かる跳ね橋を釣り上げていた鎖を引きちぎり橋を下ろすと同時に、ファイヤーボールで橋に続く城門を吹き飛ばした。


 待ち構えていた攻撃部隊が橋を渡り城内になだれ込む。更に神の力を装着した部下に橋の上に防御結界を張らせる。これでチェックメイトだ。城内の敵は多くて1万。恐らくはもっと少ない。いくら魔族が強くても数の差は圧倒的だ。不満タラタラだった貴族達も、この戦いが終われば領地に帰還して良いと伝えたので張り切っている。後は時間の問題だ。願わくば、後で隷属の首輪を装着させ谷底の道の占拠に向かわせる捕虜を出来るだけ多く確保したいが、残念ながら敵の戦意は高そうだから降伏する者は少ないかもしれない。ならば、エルフの兵士の方で必要数を確保できるか考えてみる必要があるな。エルフとの戦いは順調だと報告を受けているから、出来る限り生け捕りにしろと伝えておこう。


 余裕をもって戦いを眺めていたのもそこまでだった。突然城の方で閃光が走り、堀に掛かっていた橋が飛散する。バカな!? あの橋には強力な防御結界を張らしていた。破壊できるわけがない。何が起こった??? とにかく橋が無ければ城内に入れない。だが手はある。大量の土嚢を放り込んで堀を埋めるのだ。橋が架かっていた部分だけで良いから数日で可能だろう。何なら神の力で土嚢を運んでも良い。どうやったのかは知らんが、橋を落としただけでは時間稼ぎにしかならんさ。おれはただちに土嚢を大量に作る様に命令を出した。


 だが、数時間後、今度は国境で待機していた見張りから緊急の伝令が来た。農民の義勇兵と思われる集団が周り中からこちらに迫っているという。数は多すぎて数えきれないらしい。


 多すぎて数えきれないだと? 何をバカなことをとその時は思ったが、翌日になって視認できる距離まで近づいた農民達を見て驚いた。確かに数えられない、まるで雲霞の様に見える。少なくとも100万以上...いや、もっと居る。来た方向から考えて、ボルダール伯爵領の農民ではない。我が国の農民達か? だとすると貴族達の領地で反乱を起こした奴等か? まさか無謀にも農民が軍隊と戦いに来たと言うのか?


 農民達はこちらに近づくや、そのままわが軍に襲い掛かって来る。動きがバラバラなことから誰かの指揮の下で動いているのではないのだろう。それでも意外なほど強い。貴族の私兵達はもちろん、我が国の正規兵すら押されている。碌に鎧も来てない奴らに軍隊が蹂躙されて行く。こんなバカな...やつらは卑しい農民だぞ。俺達貴族に頭を下げることしか能のない弱者だ。なぜ、兵士と互角に戦える???


 くそ、だがまだだ、俺には神の力がある。これがあれば戦況をひっくり返すことも可能だ。神の力を装着した部下100名を戦場に走らせる。すぐにあちこちで巨大なファイヤーボールが農民達の群を攻撃し始めた。大爆発を起こすファイヤーボールに沢山の農民達が吹き飛ばされ、それを見た周りの者達が逃げ惑う。味方の兵士達の志気も復活し、逃げる農民達を追撃し始めた。


 良し! 勝った! と思った途端、空から沢山の雷が降り注いだ。それも明らかに神の力を装着した俺の部下を狙っている。雷は周りの兵士ごと神の力を装着した部下を一瞬で黒焦げにして行く。驚いて空を見上げると沢山のドラゴンが上空を舞っていた。ドラゴン達は、神の力を装着した俺の部下を一掃すると、そのまま城の城壁に着陸する。40匹は居そうだ。くそ、騙された。今の今までドラゴンが現われないから、ドラゴンを操ることが出来るのはオーガキングだけだと踏んでいた。流石に100人の部下が同時に神の力を使うには、ひとり当たりの魔法兵の割り当てを少なくせざるを得ない。ひとり当たり80人程度だ。これでは、人間や魔族相手では無敵でもドラゴンの相手ではなかった様だ。


 神の力は無くなった。農民達も再び兵士に対して攻撃を開始し始め攻守が逆転している。兵士達が攻撃しなくなった城からは、まるで堀の上に透明な橋がある様に魔族達が続々と堀の上を歩いて対岸に渡り戦いに参加して行く。結界を張って橋替わりにしているのだろう。結界にそんな使い方があったとは気付かなかった。


 ここまでか...。おれは負けるのか? こんな訳の分からない状況で挫折するのか? いや、考えろ、考えるんだ。最後の最後まであきらめるな。俺は王になるのだ。今までだって絶望的な状況を何度も乗り越えて来たじゃないか。そうだ、神の力は無くなったわけでは無い。まだここにひとつある、そして魔法兵も無事だ。ならば手はある。





(ソフィア視点)


 私は今飛行魔法で空を飛んで直轄領の城に向かっている。小さい時からどれだけ練習してもどうしても出来なかった飛行魔法が今は簡単に出来る。


 一緒に空を飛んでいる精霊達は10人。全員が大きな雁の姿を取っている。トムス同様私を小さい時から可愛がってくれた精霊達だ。ドラゴンの姿で飛ぶのが一番速いのだが、雁の姿なのはお母さんの指示だ。ドラゴンの姿では大きすぎて魔道具の首輪が装着できないからだ。魔道具を装着して、周りの精霊達から魔力を供給してもらいながら飛行魔法で飛んで来いと言われた。理由を聞いたら「練習だ。」とだけ返って来た。練習? 飛行魔法の? それとも魔道具を使いこなすための? 正解は分からない。


<< 皆ありがとう。自分で空を飛べるなんて思わなかった。夢みたい。>>


と私が念話で伝えると。


<< ソフィアは小さい頃から一生懸命練習していたからな。ご褒美だ。>>


と精霊のククムが返してくれる。ククムの年齢は1,000歳、私の次に若い。精霊の中では子供と言っても良い。


 飛行魔法で空を飛ぶのは最初は難しかった。落っこちそうになるたびにトムスが助けてくれた。難しいのはやはり魔力を送ってくれる側の精霊と、魔力を受け取る私のタイミングを合わせることだ。タイミングが狂うとたちまち落っこちることになる。だが、その内に精霊達と念話で言葉を伝えるのではなく、精神を繋げれば良いのだと気付いた。考えていることを相手に読まれてしまうことになるが、別に隠すことは無い、相手の考えていることも分かるが、精霊達も気にしていない様だ。これなら私がいつ、どれだけの魔力を欲しているのかわざわざ伝えなくても分かってくれる。その内にまるで自分の魔力で飛んでいる様な錯覚を覚える様になった。直轄領に向かう精霊は私と一緒に飛んでいる10人だけでなく、先発隊が出発している。こちらはドラゴンの姿で飛んで行ったことと、私が族長達と話す前に出発したから、もうそろそろ到着するのではないだろうか。


 出発前にお母さんが復活したこと、私もこれから直轄領の城に向かうことを通信の魔道具を通じて族長全員に伝えた。お母さんが復活したことに族長達は歓喜したが、私がアルトン山脈を越えて直轄領に向かうことについては、予想通りエルフの族長にに強く反対された。


「ソフィア様危険です。マルシ様と同じ目に会う可能性があります。ソフィア様にもしものことがあれば魔族の国は大変なことになります。ここは慎重になるべきです。精霊王様がソフィア様にアルトン山脈の西に来いと言うとは信じられません。マルシ様の時には決して行ってはならぬと仰せになったと言うのに...。ご命令は撤回願えないのでしょうか?」


と開口一番言われる。


「バカな事を言うな。精霊王様が助力してくださると宣言されたのだろう。精霊王様が味方してくだされば我が軍は無敵だ。人間の軍隊など精霊王様にかかれば子供も同じ。しかも、ソフィア様は精霊王様の配下の精霊様方と一緒に直轄領に向かわれるのだ。何を心配することがある。我らもありったけの兵を送って精霊王様と共に戦うのだ。」


とオーガの族長が楽天的な発言をする。


「しかし、精霊王様は一度人間に敗れたとおっしゃっているのだろう。だからこそ配下の精霊様方を呼び寄せられるのだ。油断はならん。」


「人間の新兵器というのは、それほどの物なのですか? とても信じられません。」


「マルシ様がお亡くなりになった時は、ソフィア様と言う後継者が居られたので我が国は全種族が纏まることが出来ました。ですから、ソフィア様がどうしても直轄領に行かれるのであれば、ソフィア様の後継者を決めておくべきです。ですが、失礼ながらサマル様ではあまりに幼すぎます。皆を纏めることが出来る者に後継者になっていただく必要があります。」


「ならば族長の誰かと言う事になるが...。」


「それはマルシ様の後継者を決める時に議論しました。族長の誰かが後継者に成れば、種族間で軋轢が生じます。マルシ様や精霊王様の御子であるソフィア様だからこそ皆が認めたのです。それ以外の者では王は勤まりません。」


「いや、蒸し返しになるかもしれぬが、もともとこの国はマルシ様がお作りになった。ならばマルシ様と同じオーガの儂が後継者になるのが自然だろう。」


「オーガの族長、何を言いますか! それならソフィア様と同じ人間である、人間族の族長が次の王になってもおかしくないですよね。」


「人間の族長だと、それは無理だろう。人間は魔族の仲間になってからの歴史が浅い。皆がついて行かぬ。」


「それならオーガなら付いて行くとでも言うのですか? マルシ様以前のオーガ族は乱暴者として他の種族から嫌われていたのを覚えておられませんか?」


「種族の数からいえばエルフ族です。エルフの族長で良いのではないですか?」


「それはダメだ、エルフは弱すぎる。」


「ならば、その次に多いのはアラクネ族ですね。それならどうですか?」


と言う感じで話が延々と続く。早くカラシンさんの元へ向けて出発したいのにと焦りが募る。


「それなら後継者は私でどうだ? もっともサマルが大きくなるまでの繋ぎだがな。」


「お母さん?」


突然通話の魔道具から聞こえたのはお母さんの声だ。


「「「「「「精霊王様!」」」」」」


と族長達の声が被る。お母さんは城にある遠距離通話の魔道具を使っている様だ。


「皆、苦労を掛けた。長い間留守にして済まなかった。」


とお母さんが謝ると、しばらく沈黙が訪れた。


「精霊王様が謝罪なされるとは...。」


とドワーフの族長が口にする。


「すべては慢心していた私の落ち度だ。だから責任をとる。これ以上人間の国に勝手はさせん。そのためにはソフィアが必要なのだ。」


「しかし、ソフィア様は精霊王様の御子とはいえ人間でございます。ソフィア様を卑下するわけではございませんが、人間や魔族が精霊様の力を凌駕するとは思えません。」


「人間は私に勝ったのだ、侮れんぞ。」


とお母さんは冗談の様に言う。実際私が精霊に勝てるわけが無い。それとも、あの魔道具を使えば精霊の力を凌駕すると言う事だろうか?


そう言うわけで、うやむやの内に私は直轄領に行けることになった。もちろん、いざという時はお母さんが魔族の王になると宣言したことも理由のひとつだろう。

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