46. ソフィリアーヌに取り入るギルドの支配人
(国王視点)
ボルダール伯爵領を魔族の国に譲ってからもうすぐ半年になる。あれから魔族の国では我が国との交易を準備が整っていないことを理由に中断しているため、以前の様に簡単に商人に紛れて間者を送り込むことが出来ない。ボルダール伯爵領はアルトン山脈側を除き人間の国に囲まれているから国境線は長い。当初は夜間に暗闇に紛れて間者を送り込むことは簡単だろうと考えていたが、すべての間者が捕らえられて送り返されてきた。どうやら何らかの魔道具で国境を監視している様だ。ボルダール伯爵の監視のために昔から伯爵領に住まわせていた少数の間者は残っているが、大した情報は入って来ない。注目すべき情報は、税が収穫量の3割になり農民達が喜んでいると言う事くらいだ。身分証と言うのを入手できるまで、情報を集めるために自由に動き回ることが難しいらしい。悔しいが交易が再開されるまで我慢するしかない。
もっとも、魔族の国との対話は継続している。お互いに遠距離通話用の魔道具を設置し定期的に連絡を取り合っている。オーガキングの話ではボルダール伯爵領は王の直轄地とし王の代行官に任命された人間が統治しているとのことだ。なるほど、オーガキングはバカではなさそうだ。アルトン山脈を越えて西に来ては不味いと気付いているのだろう。
だが、オーガキングをボルダール伯爵領へおびき出すことが出来なければ動けない。もっとも、これについても宰相の作戦が進行中だ。あいつの悪知恵は一流だ、任せておけば大丈夫だろう。クーデターを企てていた連中も簡単に始末してくれたしな。
(冒険者ギルドの支配人視点)
トーマスの奴が俺達を裏切って姿を消してから3ヶ月が経った。勿論すべてのギルド支部に指名手配を掛けたが引っかからない。本人が言っていたように魔族の国に隠れているのだろうか。何とか口を封じないと、あいつの口から国王側にクーデターの計画が漏れたら俺達が危うくなる。
魔族の国に刺客を送りたいが、魔族の国は人間の国との交易を一時的に中止していて中に入ることが出来ない。このままでは不味い。いっそのこと、ソランディーヌ抜きでクーデターを決行するかと悩む。クーデターが終わった後に王位を巡って争いになるかもしれないが貴族同士で勝手に殺し合いをすればよい。ぐずぐずしていたら俺が王国側に捕まって殺されかねないのだ。
くそ! トーマスの奴め。あいつが裏切らなかったら、今頃は俺がこの国の実質的な支配者になっていたと言うのに...。王女とは言え、たかが小娘ひとりのことにこだわりやがって、そんな青臭いことを言っていたら国を変えるなんて出来やしない。どんなことをするにも表に出せないことがあるものだ。
あの知らせが届いたのは、そんな風に悩んでいた時だった。王都に近い町の支部からソフィアと名乗る金髪の女性冒険者がギルドを訪れたと連絡が入った。金髪の女性冒険者がギルドを訪れたらすぐに連絡を入れる様に手配してあったのだ。金髪に青い目で背が高くスリムな身体。話し方のイントネーションが少しおかしい。年齢は20歳くらいに見えたそうだ。すべてトーマスから聞いたソフィリアーヌの特徴に一致する。これは間違いないかもしれない。幸い女の現れた町はここから近い。おれはすぐにギルドの本部を飛び出した。
目的のギルトに到着し、早速対応した職員に話を聞くと、その女は薬草採取の依頼を受注して行ったらしい。伴も連れずにひとりだったと言う。昨日のことなので、今日くらいに薬草を持って報酬を受け取りに再度ギルドを訪れても不思議ではない。おれは、何時その女が戻って来ても対応出来る様にギルドで待つことにした。
運の良いことに、さほど待つまでもなく俺が待機しているギルドの一室にギルドマスター自身が、お目当ての女性がギルドに戻って来たと知らせに来た。ここのギルドマスターはクーデターの仲間ではないから、うかつなことは言えない。俺は何食わぬ顔で、
「その女性に少し頼みたいことがあるんだ。すまないが、後でその女性をこの部屋に連れて来てくれないか。」
と依頼した。
女を待っている時間はとても長く感じられた。もし、その女がソフィリアーヌであれば俺の勝ちだ。クーデターを成功させ、ソフィリアーヌを女王に祭り上げて、俺は陰でこの国を取り仕切る。ソフィリアーヌは魔族の国ならともかく、人間の国では頼れる者はいないはずだ。いやソランディーヌやカラシンとか言う冒険者がしゃしゃり出て来るかもしれないが、そいつらは事故に見せかけて消せばよい。ソフィリアーヌを孤立させ、俺しか頼る者がいない様にすればこっちの物だ。小娘のひとりくらいどうとでも操れるだろう。
ついにドアがノックされた。返事をするとギルドマスターが問題の女を連れて入室した。スリムな身体に金髪に青い目、聞いていた通りの外観だ。トーマスの奴はソフィリアーヌを母親であるソランディーヌによく似た美人といっていたが、確かに美人ではあるが、俺はソランディーヌを見たことが無いので似ているかどうかは分からない。女は少し怯えている様に見える。依頼を達成して報酬を受け取りに来たら突然見知らぬ男が待つ部屋に通されたのだ。警戒されても仕方がないだろう。
「ありがとう。内密な話なのでしばらくふたりだけにしてくれないか?」
と俺がギルドマスターに言うと。彼は軽く礼をして部屋から出て言った。部屋の扉が閉まると同時に俺は女性の目の前で跪き、
「ソフィリアーヌ様、お目に掛かれて光栄でございます。ご安心ください、私は味方です。」
と口にし、俺の言葉にどう反応するか全神経を集中して観察する、女は、
「あ、あの、なんのことでしょうか? ひとちがいではないですか?」
と少しイントネーションのおかしい言葉で返してきた。初対面の男に正体を明かすとは思えないから、この反応は予測済みだ。
「人違いでしたか、これは、私としたことが大変失礼しました。」
と言って深々と頭を下げる。女が返って良いか尋ねて来たので、「もちろんです。ご迷惑をおかけしました。」と礼儀正しく応じる。女が出て行くと、俺はギルドの通信の魔道具で知り合いに連絡を取った。
その夜、この町の宿に宿泊している俺の元を、昼に連絡をとった俺の知り合いの手下が3人訪れた。俺の知り合いは闇社会の大物だ。金さえ出せば大っぴらに言えないようなことでも引き受けてくれる頼りになる奴だ。俺の部屋を訪れた奴らに依頼内容を伝えた。後は待つだけだ。
それから3日後、町に滞在していた俺に、先日の男達が依頼を達成したと報告に来た。俺は黙って約束の金貨100枚を渡す。それから更に1日待ってから、男達から聞いた町の近くの山の中にある小屋を訪れた。少々不安にさせた方が助けられた時のありがたみが上がるからな。
鍵の掛った小屋のドアを壊して中に入ると、先日ギルドで出会った女が縛られて床に転がされている。おれは、驚いた振りをして駆け寄りながら声を掛けた。
「やはりあなたがソフィリアーヌ様でしたか! お助けに参りました。もう大丈夫です。」
女は猿轡を外されると、
「あなたは、だれ?」
と涙目で尋ねて来る。
「私はこの国のギルドの支配人をしておりますカールと申します。先日も申しましたが私はソフィリアーヌ様が王位に就くことを願っている者のひとりでございます。国王側の者がソフィリアーヌ様を攫ったとの情報を入手しお助けに参りました。」
「奴らが戻って来るかもしれません。すぐにここを離れましょう。」
と俺が続けて言うと女は素直に従った。俺は女を連れて待たせてあった馬車に乗り、王都にあるギルドの本部に直行した。馬車の中で再度女に跪き、
「ソフィリアーヌ様、どうか私をお仲間にお加え下さい。先王様の無念を晴らすために全力を尽くします。」
と言うと、
「本当に力を貸してくれるのですね。」
と言う。これはソフィリアーヌ本人で間違いないと俺は確信を持った。
「もちろんでございます。国王打倒のお仲間に加えていただければ幸いにございます。」
と俺が返すと、ソフィリアーヌは悲しそうな顔になり、意外なことを言い出した。
「仲間はいません。オーガキングが私を愛人にしようとしたので、ひとりで魔族の国から逃げて来たのです。どうか私を助けて下さい。」
と言うのだ。オーガキングがソフィリアーヌを愛人にしようとしたのか。王なんてどこの国でもよく似たものだ。」
「カラシン様はどうなされたのですか?」
と尋ねると、
「カラシンとは別れました。だって私をオーガキングに差し出そうとするんですもの。見損ないました。もうあんな人はどうでも良いです。」
と答える。ということは本当にソフィリアーヌはひとりの様だ。これは好都合だ! たったひとりで魔族の国から逃げ出してきたとすれば不安で堪らないに違いない。うまく誘導すれば、俺達のクーデター計画に引き込むのは難しくない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます