18. オーガキングに助力する精霊王
(ボルダール伯爵視点)
完全に貧乏くじだ。オーガキングが現れた時に、ここの領主をやっているなんて...。先日、軍の調査隊からオーガ100匹の群を発見したとの報告が入ったと思ったら、今度は開拓村を30匹のオーガが襲ったそうだ。オーガキングの出現は間違いないだろう。
魔族達がオーガキングに率いられて人間の国に攻め込んでくるとしたら、アルトン山脈の唯一の切れ目にある我が領地を目指すに決まっている。最初の戦闘は我が領地で勃発する。何とかしないと、由緒あるボルダール伯爵家も滅亡しかねない。何しろ魔族の恐ろしさは300年前の記録に詳細に記載されている。エルフ、ドワーフ、アラクネ、ラミア、オーガ、それぞれが恐ろしい力を有し、人間の軍隊を圧倒したという。人間が唯一勝っていたのはその人数だけだった。だが、当時の王はそのアドバンテージを最大限に生かした。徹底的に消耗戦を仕掛けたのだ。たとえ、人間側の損失が、魔族の10倍であろうと、人間の人口が魔族の100倍であれば最終的には勝てると踏んだのだ。そして、それは事実だった。人間は魔族に勝利した、ただし、膨大な犠牲を払ってだが...。
あれが来たのはそんなことを考えている時だ。突然部屋に伝令が駆け込んできたのだ。
「お知らせします。東の空にドラゴンが8体現れ、こちらに向かっております!」
ドラゴン? 何を世迷い事を...。とは思ったが、窓から東の方向を覗いて腰を抜かしそうになった。伝令の言葉通り、8体の黒い影が朝日を浴びながらこちらに向かっているのが見えた。目的地は間違いなくこの城だろう。
ドラゴンは城に到着すると、上空を旋回した後、中庭に着陸した。ドラゴンの背には魔物の森に住む魔族が乗っている様だ。その内に、ひと際大きなドラゴンに乗っていたオーガが地面に降り立ち、こちらを向いて大声を出した。
「おれは、まぞくのおう、マルシ。じょうしゅに、あいたい。」
これを聞いて、儂の周りにいた側近や兵士が一斉にこちらを向く。馬鹿者共め、儂が城主だと分かってしまうではないか。くそっ、どうすれば良い...。待てよ、あのマルシとかいうオーガがオーガキングならば、千載一遇のチャンスではないか。オーガキングを殺せば戦争は回避できる。いくら魔族が強くても、相手は10匹足らずしかいない。今なら勝てる! まずは、逃げられない様に、あのドラゴンから引き離す。
儂は嫌がる兵士を伝令として、無理やりオーガキングの元に送り出した。兵士に儂が客室で会うと言っていると伝えさせて、オーガキング達を屋内に招きいれる。ドラゴン達はあのサイズでは城の中に入れないから、置いて行かざるを得ないはずだ。頼む成功してくれ...。
神に祈りが通じたのか、オーガキング一行は素直に兵士に続いて城の中に入って来る。やったぞ!
兵士は予定通り、大広間にオーガキング一行を招きいれた。あのオーガキングの巨体が入る部屋はあそこ以外にはない。その後、兵士はひとり大広間から出て来た。良くやった! 後で出世させてやるぞ!
儂が合図すると、城中の兵士が槍を持って部屋の出入り口を取り囲む。チェックメイトだ。そう思ってにんまりとした途端、儂の身体が宙に浮きあがった。そして、天井近くまで浮き上がったまま、大広間を目掛けて飛んで行く。
「誰か! 伯爵様を止めるのだ!」
と側近が叫ぶが、天井近くを行く儂に手が届くものはいない。その内、大広間の扉が勝手に開き、儂は中に飛び込んだ。兵士達が続けて入って来ようとするが、見えない壁がある様で部屋に入れない。
「じょうしゅ、あえてうれしい」
と声がかかる。恐る恐る視線を上げると、儂はオーガキングの目の前に立っていた。そんな馬鹿な!
「まず、あいさつ、する。おれ、マルシ、まぞくのおう。よろしく。」
「ボ、ボルダール伯爵だ。」
と何とか応じる。心臓がバクバクいってやがるが、精一杯の威厳を保つ。大広間の扉は全開状態になっており、兵士たちから俺の姿は丸見えなのだ。貴族としてのせめてもの意地だ。
「きよう、ここに、きたの、せんげん、のため。おれ、まぞくのくに、つくった。アルトンさんみゃく、から、ひがし、おれの、くに。まぞくのくに、みとめれば、せんそうない。にんげんのくに、と、なかよくする。」
なんだと、魔族の国を認めれば攻めてこないのか?
「人間の国を征服しないのか?」
「せいふく、しない。おれ、たたかい、きらい。なかよく、したい。」
「おれ、てがみ、かいた。こくおうに、わたす。おれ、へんじ、まつ」
と封書を手渡された。国王宛てだ。おれが一介の地方領主で返答の権限が無いこともお見通しと言うわけだ。
「では、おれ、かえる。へんじ、まってる」
とオーガキングは言うと、扉の方向に歩き始める。扉は開けっ放しだが、扉のあるべき場所に見えない壁の様な物があり、兵士達が武器や手で必死に叩いている。だが、オーガキングが近づくと見えない壁はゆっくりと広がり始め、扉の前から兵士たちがズルズルと押し出されてゆく。オーガキングの一行は扉を潜り、兵士達が押し出されて無人となった廊下をゆっくりと進んで、一番近い出口から城の外に出た。そこにはドラゴン達が待ちかまえていた。オーガキング一行は再び空に舞い上がり魔物の森の方に消えていったのだった。
儂はショックの余り、大広間に座り込んだまましばらく動けなかった。計画は完璧だったはずだ。城には300人からの兵士がいたのだ、魔法使いも10人はいる。どれほどオーガキングが強くても、負けるはずがないと踏んでいた。あの見えない壁は何なのだ。人の身体を覆う結界はあるが、あれほど規格外の大きさで、しかも自由に形が変わる結界など聞いたことが無い。
だが、儂の驚きはそれだけにとどまらなかった。今後の対応を検討していた時、側近のひとりが小さな声で言った。
「あれは...ソランディーヌ様でした。」
「何がだ?」
「オーガキングの周りには魔族の各種族がおりました。オーガ、ラミア、エルフ、アラクネ、ドワーフです。恐らくそれらの種族の代表だと思われますが、それ以外に人間がふたりおりました。ひとりは開拓村の村長です。これは開拓村に行ったことのある複数の兵士の証言が取れております。ですが、もうひとりは...行方不明になっていた先王様の妃、ソランディーヌ様ではないかと...。」
「は? 先王の妃がなぜ魔物の森にいる、しかもオーガキングと行動を共にしているだと? 」
「理由は分かりません。ただ、私に言えるのは、あれはソランディーヌ様だったということだけです。」
(精霊王視点)
魔族の国の独立を手伝ってやることにする。マルシに約束していたこともあるが、平和裏に独立させないとソフィアに危害が及ぶ恐れがあるからな。
まず最初に行ったのは、アルトン山脈を削って、人間の国側と魔族の国側に跨る深い谷を通し、その底に道を付けること。谷の位置はわざと山越えの道と重ねて元の道は消し去った。これで人間の国から魔族の国に来るにはこの谷底の道を通るしかない。道の両側の崖は急だが、表面をなめらかにして更に硬化しておいたから、雨が降っても崖崩れの心配はないはずだ。この道により、山に作る予定だった砦より遥かに防御力が上がった。山中に砦を作るまで出来ないと考えていた独立宣言が出来る条件が揃ったわけだ。
それからマルシの独立宣言の計画を確認したのだが、はっきり言ってお粗末なものだった。人間の国の王に宛てて使者を立てるつもりだったらしいが、魔族が人間の国に入れば殺されるに決まっている。まだ先の事と考えて詳細な計画は立てていなかったらしい。
魔族が使者になるのが無理なら、人間に届けさせれば良い。と言っても開拓村の人間では身分が低すぎて王に謁見するのは無理だろう。ならば、身分の高い人間を味方に付ければ良いのだ。開拓村のアルトン山脈を隔てた反対側はボルダール伯爵領だ。ボルダール伯爵は戦争をしたくないはずだ、戦争が始まれば真っ先に自分が被害者になるのだから。だったらボルダール伯爵に魔族の国の独立の話と、それが認められれば戦争をしないとの話を持っていけば、必死になって国王を説得しようとするだろう。皮肉なことに彼の領地は魔物の森の開拓によって潤い、現在は有力貴族のひとりとなっている。国王に対してもある程度話が出来るはずだ。
あとは、ボルダール伯爵に少々脅しをかける意味で配下の精霊を呼び寄せ、ドラゴンの姿を取らせて、我らをボルダール伯爵の城まで送らせた。もっとも伯爵の方でも何かしようとしていた様だが、そんなもの私が付いているのにさせるわけが無い。出来る限り多くの者の前で、独立宣言の内容と、戦争は避けたいと考えている旨を伝え、王への手紙を伯爵に託して森に引き返した。これで後は待つだけだ。
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