29.暗躍王子と俺様王子

 王宮の部屋を出てエドワール王子と歩いていると、官僚が彼に話しかけてきた。急ぎの相談のようで、王子はちょっとごめんねと言って彼と話す。そうしている様子は普段の俺様王子とは違い、この国の未来を担う王子然としてちょっと見直した。


 近くで聞いてしまうのは悪いかなと思って少し離れたところで待っていると、城の侍従たちが話している声が聞こえてきた。


「エルランジェ嬢の聖女検証はもうすぐですね」

「建国祭前にするものですから神殿は大忙しみたいですよ」


 そう、ついにジネットが聖女になる。

 建国祭期間中がハワード侯爵とノアにとっても決戦の時期となるだろう。


「そういえばセドリック様はまた外出されていましたわ」

「あの事件以来塞ぎこまれていたからひと安心ですね」

「でも大事なお兄様のことですからきっと今もお辛いでしょうに」


 セドリック・リュドン・フェリエール。


 攻略対象ではないが登場人物で、物語の鍵を握る人物だ。


 第六王子である彼は王位継承権からは程遠く、貴族派に唆されてしまいエルランジェ家が討伐した魔術集団と手を組んで建国祭で事件を起こす。そこから、物語はクライマックスになるのだ。


 侍女たちが話す”お兄様”とは第五王子の事だろう。

 幼い頃に眠ったきり起きないそうだ。第五王子と第六王子は母親が同じであるためその繋がりは強く第六王子に何らかの影響を与えたのかもしれない。


 外出しているとなると、きっと今、彼は暗躍しているんだ。


 そうとわかっているのに何もできないなんて、改めて自分の力の無さを思い知る。何の情報も持ち合わせていない。ただ漠然と、彼が堕ちてしまうことを知っているのみ。


 お話が終わった王子殿下が顔を覗き込んできた。


「俺の異母弟が気になる?」

「あまりお話を聞きませんので」

「シャイで出てこないからね。でも、純粋でいい奴だよ」


 そう言って微笑む彼は、本当にお兄さんっぽい。


「待たせてごめんね、シエナちゃん」

「いえ、お忙しいのに送っていただきありがとうございます」

「レディーをお送りするのは当然だからね」


 おお、いつもの数倍増しで王子らしい!


 ちょっと感激していると、ロッシュ様がが通り過ぎていくのが見えた。慌てて声をかけると、彼はこちらを見て瞠目した。そして、私の隣に居るエドワール王子を見て一瞬表情を強張らせたがすぐに王族への挨拶をした。


 恐らく、見知った人の隣に王子殿下が居て驚いたのだろう。


「初めまして第一王子殿下。ジェラルド・ロッシュと申します」

「初めまして。シエナちゃんの知り合いなんだ?」

「ええ、王立図書館によく来ていただいていたんです」

「ふーん?」


 エドワール王子はロッシュ様に興味津々だったが、ロッシュ様は急いでそうだったので、私たちは早々に分かれて再び王宮の廊下を歩く。


「シエナちゃんも隅に置けないねぇ」

「そう言う間柄ではありませんからね?」

「わかってるよぉ。でも、ディランはこれを聞いて焦るだろうなぁ」

「気を付けます」


 そんなことは微塵もあり得ないと思うのであるが、私はひとまずそれらしく答えてその場をやり過ごした。


「それにしても、ジェラルド・ロッシュ……ジェラルド・ロッシュねぇ?」

「お名前をお聞きしたことがあるのですか?」

「いや、全然?だから逆に気になるんだよね」

「はぁ……?」

「この城の中に俺が知らない人間が居るのが嫌なのさ」


 国王陛下が自分に素っ気ない侯爵に構ってもらいたがるように、息子のエドワール王子は自分が知らない人に興味を持つ性質タチがあるのかもしれない。


「もしや全員のお名前と顔を把握していらっしゃるのですか?!」

「まあね。そうじゃなきゃ欲しいときに使えないだろ?」


 感激を返して欲しい一言である。


 国の未来を背負うから家臣になる者をを覚えているのかと思いきや、上手く使うために覚えると答えるとは、やはり彼は俺様王子様だ。



 





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