14.むしろご褒美です

「さてと、作りますか」


 侍女寮の調理場を借りて私はお菓子作りを始めた。


 ボウルに薄力粉、ベーキングパウダー、砂糖、塩、胡桃を入れ泡だて器でよく混ぜる。良い具合に混ざったらバターと牛乳を入れて、パサっと感がすこし残るくらいで止める。


 めん棒で伸ばしてから生地を半分に折り畳み、それを繰り返してから型抜きしてから表面にさっと牛乳を塗る。

 

 オーブンに入れてしばらく待っていると部屋中に甘い香りが漂い始め、侍女のお姉さまたちが扉から覗いてくる。前回騎士団の方たちに作った際に味見をしてもらったので、今回も味見狙いでお姉さまたちが集まってきたのだ。


「シエナさん、今日は何を作っていますの?」

「胡桃入りスコーンです」

「まあ!味見役をさせていただこうかしら?」

「ずるーい!私もいただきたいわ!」

「たくさんできてしまうのでぜひ食べてください。できたてが一番おいしいですし」


 私がお皿にスコーンを並べると、侍女のお姉さまが紅茶とクロテッドクリームとジャムを用意してくれる。


 侍女寮のお姉さまたちは王宮仕えという事もあってか美人さんが多い。そんなお姉さまたちが嬉しそうにお菓子を食べてくれるのを見て心が潤った。


 ハワード候爵は仕事が増えると心配してくれたけど、こうやってお姉さまたちと交流できるからむしろご褒美です。


 が、何か視線を感じて窓辺を見ると、鬼のような形相でこちらを見ているジネットの姿があった。思わず息を呑んでしまう。


「どうかしましたの?」

「ま、窓辺にどなたかいらっしゃるような気が……」


 侍女さんが見てくれたが、誰もいなかったらしい。恐れすぎてジネットの幻影でも見えてしまったのだろうか?


 翌日、私は自分の執務室に魔法でテーブルとソファを出し、ハワード候爵とノアを部屋に呼んでティータイム大作戦を決行した。

 

 テーブルに並べたお菓子を2人とも褒めてくれたのでちょっと得意げになってしまう。


 が、2人はカップとお菓子を受け取ってそれぞれの場所に行こうとするので私は秒で引き留めた。何なのその単独プレー?親交を深めようよ?


 それとも私が目の前にいると羞恥心があり余ってイチャイチャできないってか?夜は私が居ないからその分取り返しているってか?


 ちょっとやけくそになりつつある感情をおさえて私は2人を強引にソファに座らせた。


「まぁさか、司書官さまらと同じテーブルでお茶する日が来るとは」

「不満があるなら床に座って飲んだらどうだ?」

「生憎だが、俺はバージル国王陛下からお茶の嗜みを教わったもんでね。教えを外れた行動はとれないの!」


 確かに、ノアは先ほど紅茶の香りを嗅いだ瞬間にその銘柄を当てていたからそれは本当のことかもしれない。実は、侍女さんがお菓子のお礼で良い紅茶の茶葉をくれたから淹れてみたのだ。


 ノアについては、彼の罪状以外のことは図書塔に左遷されてから調べたのだが、彼はもともと数百年前にこの国を治めていたバージル国王陛下が王太子だったころに魔物討伐で入った森で見つけ拾った子どもで、詳しい出自は本人も分かっていないのだと言う。


 強い魔力を持っており、その力を国のために役立てると言って王宮魔術師団に所属していた。


 バージル国王陛下は我が子のように可愛がっていたと記されていたけど、それならなぜ、彼はあの事件を起こしたのだろうか?


「シエナちゃんどうしたの?」

「え?えっと、バージル国王陛下とはどのようなお話をされていたのかなと思いまして……」

「たいしたことは話してないぞ?例えば捕らえた暗殺者の使い道がなかった時の処理の事とか」


 物騒だ。


「もっと平和な話はしなかったのですか?」

「んー、あとは市井の夜の営みについ……もがっ」


 ひゅんっと風が吹き、気づけばハワード候爵の手がノアの口を塞いでいる。


「フェレメレン、前に報告してくれた本を持って来てくれないか?保有魔力の属性が複数あって並べられない本があるのだったよな?」

「かしこまりました!」


 なるほど、2人きりになりたいという合図ですね。せっかくのティータイムに私ばかりがノアに話しかけて申し訳ございませんでした。


 私は10階に行き、2人が話し合えるようじっくり時間をかけて本を探した。


 あ、でもどのタイミングで戻ろう?さすがに本を探すのに30分かけたら遅いよね?


 迷った末に戻ってみたら顔を真っ赤にしたノアの顎を掴む候爵の姿を目撃してしまいました。タイミング悪かったね。ごめんね。


 まあ、2人に貢献できてよかった。


 るんるん気分で仕事に戻ったその時は、恐怖の手紙が寮の部屋に届いるなんて、まだ知らなかった。

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