第18話 突然の襲撃者
「しかし魔王が倒されてまだ一月くらいしか経ってないのに、もうそんな状態になってるのか」
「きっとここ森だけじゃないゴブよ。魔王様がこの地を支配する前の状況に戻ったと集落の長老も嘆いていたゴブ」
魔王が崩御し、群雄割拠で無秩序な土地となったというこの元魔王領。
聞けば聞くほど魔王討伐に加担していた各国がこの地に手を出さない理由がわかってくる。
この森にいるエルフですら、普通の人間が倒そうとすれば莫大な損害を受けることだろう。
魔王軍として他国に侵略戦争をふっかけてきていた状況なら損害を無視してでも戦わねばならなかったろう。
だが、それを推めていた魔王が倒され、他の国への侵略を目指す勢力が消えた今では完全に割に合わない。
「それでエルフ族にゴブリンたちは支配されて、それからどうなったの?」
「最初は皆反抗したゴブ……。だけど全く歯が立たなかったゴブよ」
ゴブリンたちは突然襲いかかってきたエルフになすすべもなく集落の半分を壊滅させられ、従順に成るしかなかったのだという。
だが、それでもゴブリンたちの中にもそれを良しとしない者たちがいた。
「それで、エルフの寝込みをみんなで襲う計画が立ち上がったゴブ。でも自分はそれには反対したゴブ。勝てるわけがないゴブ」
それでも一度盛り上がった機運は止められない。
計画に消極的だったゴブローが配置されたのは後方支援部隊であった。
そして決行の夜。
「それでその襲撃は上手くいったのか? って、上手くいってたらお前がこんな所まで逃げてきてるわけないか」
「襲撃は始まる前に終わってたゴブよ」
「どういうことだ?」
「誰かがエルフに襲撃の事を密告していたゴブ。突撃部隊は待ち伏せていたエルフたちにあっという間に蹴散らされてしまったゴブよ」
密告。
つまりゴブリンの群れの中にスパイが紛れ込んでいたということなのか?
はたまた密告することによって自分だけエルフに優遇してもらおうと思った奴がいたのか。
まぁ、今はそれはどうでもいい。
「そんな状況でよく逃げられたな」
「仲間が逃がしてくれたゴブよ」
エルフたちに計画がばれていたと皆が気がついてすぐ。
ゴブローと同じく後方支援に待機していた彼の幼馴染が、彼に逃げるようにと背中を押したらしい。
嫌々ながらもゴブローが作戦に結局参加したのも、その幼馴染が作戦に参加することになっていたからとか。
「最後に『自分のせいで巻き込んでごめんなさいゴブ』と言って近くの川に背中を押して突き落としたゴブ」
川はかなり急流だったらしく、死を覚悟したとゴブローは身震いさせた。
「その幼馴染ってやつ、かなり過激だったんだな」
「僕とは大違いだね」
「そ、そうだな」
急激な川の流れに流されたゴブローだったが、しばらく流された後、なんとか岸に這い上る事が出来た。
そこからは一心不乱にエルフの探知圏外を目指して走り、そこで俺と出くわしたのだそうだ。
「それじゃあその幼馴染も、襲撃したゴブリンたちも今頃は……」
「エルフたちは命までは取らないと思うゴブ」
「そうなのか?」
「貴重な労働力ゴブをみすみす手放すとも思えないゴブ……そうであってほしいゴブ」
「希望的観測だね」
エルモの容赦ない感想にゴブローの表情があからさまに曇る。
もう少しこう言い方があるだろうと思いつつ俺はゴブローの頭をぐりぐりとなでてやる。
「なにするゴブか」
「いや、まぁそんなに落ち込むなよ。もしお前の言ってることが正しけりゃまだ全員生きてる可能性があるって事だろ」
「希望的観測でしかないゴブ」
「諦めたら希望すらなくなっちまうだろうが。なぁエルモ」
「うん、そうだね。ルギーほど諦めが悪くなれとは言わないけどね」
俺はゴブローの頭から手を退けると立ち上がる。
そして「それじゃあ明日にでもエルフの里とやらに行ってみるか」と告げる。
「どういうことゴブ?」
「ん? いや何、エルモとお前とどっちの意見が正しいのかって気になっただけだぞ。べ、べつにお前のために見に行ってやるわけじゃないんだからな」
「ルギーってば……」
何故か俺の言葉に「やれやれ」といった風に首を振るエルモに俺が文句を言おうと口を開き駆けた瞬間だった。
「キャアアアアアアアアッ」
突然テントの外からレートの悲鳴が飛び込んできたのだ。
その悲鳴が耳に届いた瞬間、俺とエルモはすぐに外へ飛び出す。
「なんだあれは」
テントの外。
簡易的に作った調理場の側にレートが倒れているのが目に入った。
一見すると気絶しているようではあったが、体に傷は負っていないようでほっと胸をなで下ろす。
「ゴブローのために結界を弱めたままなのを忘れてたよ」
レートを気遣う俺の横で、そう呟くエルモの視線の先にそいつはいた。
「本では知ってたけど、実物はもっとえげつねぇな」
浅黒く細い体。
その体に似つかわしくないほどに長く伸びた手足。
噂に違わぬ長い耳と、その耳元まで裂けた口。
白目しかない目は何処を見ているのかわからない。
「ああ、俺たちの飯が」
「もしかしてレートが作ったご飯を、全部食べちゃうつもりかな」
そんな化け物が、レートが作っていたであろう料理を次から次へその醜く裂けた口の中に放り込んでいく。
かなりの量を喰ったのだろう。
その細い体は腹の部分だけ異様に盛り上がっていて――
「だ、大丈夫ゴブか?」
俺たちの後に続いてテントから恐る恐る顔を出したゴブローだったが。
その醜い化け物を目にした途端に大きく目を見開くと、突然体を震わせ。
「ヒィィィッ。エルフッッ!?」
そんな恐怖に満ちた悲鳴を上げたのだった。
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