第10話 つきまとわれて……

「俺、こんな大金を手に入れたのは初めてだわ」

「ルギー、また口調が戻ってるよ」

「お、おぅ。アタイ初めてよ」

「それはそれでやっぱり気持ち悪い」

「じゃあどうしろってんだよ」

「もう口調はそのままで『俺』とだけいわなければいいよ」


 素材回収屋を出た俺たちは、その足で大通りを引き返しながら出店を除いては欲しいものを買って歩いていた。

 弱めの魔物素材で値下がり中とはいえ、かなりの量を換金したのでこの町で豪遊するには十分なお金を手に、次に俺たちは今夜泊まる宿を探すことにした。


「あんまり高級な宿は逆に気を遣うんだよね」

「そうなのか?」

「うん。僕も勇者パーティと同行してたから高い宿に何度も泊まったけど気疲れしちゃった」


 村での勇者たちの様子から、俺は村までの道中エルモだけ安宿に泊まらされたりしていたのかと思っていたがそうでもないようだ。

 そう口にするとエルモは微妙な表情を浮かべる。


「僕には宿であの人たちのお世話をするって役目もあったからね。だから別の宿じゃなくて同じ宿に泊まる必要があったんだよ」

「つまりパシリにされてたのか」

「うん。マッサージとかそういうのは宿で頼めたんだけどね。必要な物資の買い物とか、宿では手に入らない物とか情報収集とか色々雑用があったんだ」


 優しくて気の弱かったエルモのことだ。

 あの勇者一行に都合良く使われまくったに違いない。

 一瞬あいつらも実は良い奴なのではと思ったがやはりクズはクズだったようだ。

 今度どこかで顔を合わせたらもう一度殴ってやろう。


「出店のおばちゃんが言ってた宿はここかな」


 話をしている内に、美味しい串焼きを売っていた出店のおばちゃんに教えてもらった、この町で中クラスの宿屋の前に着いた。

 三階建ての綺麗だがきらびやかさは無い。

 だが田舎の村人でしかない俺にとってはそれでもかなり豪華な宿に見えた。


「これで中クラスなのか。村の宿なんてただの空き家なのに」

「それと比べちゃだめだよ。町の宿屋は最低クラスでもあれよりまともだよ。まぁそれでもお金が無い人は馬小屋とかに泊まるらしいけど」

「馬小屋はさすがに嫌だな」


 俺は目の前の宿を見上げながら呟く。


「とりあえずチェックインだけして明日からの旅の準備をしに行こうよ」

「そうだな。手続きは任せるよ。俺はさっぱりわからんからここで待ってるわ」

「わかった。それじゃちょっと待っててね」


 そう言って手を振って宿の中に入っていくエルモを見送った俺は、ゆっくりと振り返り歩き出す。

 宿から少し離れた路地。

 その路地に入った俺は「おい、いつまでくっついてくるつもりだ?」とそこにいた男たちに向けて声を掛けた。


「なんでぇ、気がついてやがったのか」


 路地の奥の暗闇から数人の男が顔を出す。

 先ほど素材回収屋で俺のことを気持ち悪い目で見ていた奴らだ。


 あの後俺たちが人混みの中で買い物を続け、この宿にたどり着くまで交代交代で俺たちの後を付けていたのだ。

 その間も時折気持ち悪い視線を感じていた俺は、エルモが側を離れたのを幸いにこいつらを始末することにしたわけである。


「一人でのこのこやってくるなんて。お前もしかしてスキモノなんじゃねぇのか?」

「そんなエロい体してんだ。きっと持て余してるんだろうぜ」


 などと頭が痛くなるような勘違いを続ける男たちに痛くなった頭を押さえながら俺は告げた。


「寝言は寝てから言え。お前ら一度くらい自分の顔を鏡で見たことがあるのか?」

「ああ?」

「何だとてめぇ」


 俺の簡単な挑発に憤る男たち。

 二年前の俺ならそれだけでおしっこをちびって土下座し許しを請うていただろうほどの迫力だ。

 だが、今の俺は勇者すら相手にならないほどの力を手に入れている。

 目の前のごろつき程度が発する圧力などそよ風ほどにも感じない。


「エルモが帰ってくるまでに終わらせないとあいつ五月蠅いから」

「何を終わらせるって?」

「終わる分けねぇだろうが。お前はこれからずっと俺たちと……へぶっ」


 ドガッ。


 近寄ってきた男が突然後ろに吹っ飛んで壁に衝突して崩折れる。


 男たちの一人が気持ち悪い顔を近づけてきたのでつい無意識にその顔面を軽く叩いてしまった。

 死んだかな?

 いや、流石にあの程度では死なないよな?


「て、てめぇ!!」


 突然の出来事に呆然としていた他の男たちが、仲間が殴られたことに熱り立つ。

 そのうちの数人は既に武器に手を掛け、今にも斬りかかってきそうな雰囲気を漂わせ始めた。


「ごめんごめん。なんつーか気持ち悪かったからつい殴っちゃったよ」


 その軽い言葉を挑発に取ったのか、男たちの殺意が膨れ上がる。

 まぁ、挑発なんだけどな。


「優しくしてやろうと思ってたんだけどよ。油断してたとはいえ仲間をやられたんじゃあもう手加減できねぇ」


 さっきから一番最初に口を開くこいつは、もしかしたらこの一団のリーダーなのだろうか。

 そう見れば他の奴らよりガタイが一回り大きい事に気がつく。

 俺にとってはどっちも毛ほどの誤差もないが。


「手足切り取って散々おもちゃにしたあと組織に売っぱらってやらぁ!! てめぇら、顔以外はバラバラにしてかまわねぇ。死なねぇ程度で回復してやればいい」

「オオオオオ」

「ウゴォォ」


 リーダーの言葉を受けて何故か喜びの声を上げる手下どもに俺の背筋に怖気が走るのを感じる。

 それと同時、数人の男たちがそれぞれの武器を構えて躊躇無く襲いかかってきた。


 人を傷つけることに一切の迷いが無いその動きから、こいつらが今まで何人もその手に掛けているであろうことがわかる。

 魔王軍が暴れ、乱れていた世界の中、こういう連中はさぞ生きやすかっただろう。

 だが、その時代はもう終わったのだ。


「お前らはそろそろ狩る側じゃなく狩られる側になったことを知るべきだな」

「なにを言ってる!」


 俺はその言葉には答えを返さず一気にギアを上げる。

 次々振り下ろされなぎ払われる攻撃を軽いステップで躱すと、リーダー以外の両腕と両足を次々と破壊していく。


 ゴッ。

 ガッ。

 グシャッ。


 一瞬で路地裏に十人ほどのボロ雑巾が出来上がる。


 この場に立っているのはたった二人。

 俺とリーダーの男だけだ。


「ヒイッ」


 男の足下にゆっくりと広がる水たまりに少し顔をしかめながら俺はゆっくりとその男に歩み寄る。


「き、貴様。それ以上俺に近寄るんじゃねぇ!! もし俺に何かあったら組織の連中が黙っちゃいねぇぞ!」


 片手に持った切れ味の悪そうな短剣を震わせながら男は強がりを口にする。


「組織? なんだそりゃ」

「へっ、知らねぇなら覚えておくがいい。俺たちは王国を牛耳る裏組織の末端に過ぎねぇ。これ以上俺たちに逆らうってならお前ともう一人の女はずっとこの先俺たちの組織に追われ続ける事になる。それでもかまわねぇって言うのか?」


 しゃべっている間に落ち着いてきたのか、リーダーの男はだんだんと最初の頃のような下卑た笑いを浮かべるようになっていた。

 だが、俺はその男の脅しのような言葉に、ただ一言「別に構わねぇけど?」と頬をかきながら答えるのみだ。


 いくらこいつらの組織とやらが大きかろうと、魔王軍より強く強大なわけではなかろう。

 俺たちはその魔王軍を倒した勇者パーティすら既に倒しているわけで。



「まぁ、それでもこの先ずっと付きまとわれて後手後手に回るのもめんどくさいな」

「なんだと?」

「いや、どうせ付きまとわれるならさ、先にその組織とやらをぶっ潰してやればいいと思ってな」

「お前、何を……」


 俺は不思議な生き物を見るような目をした男にこう告げる。


「これから先は楽しい楽しい懺悔の時間だ。素直に口を割ればちょっとは楽にしてやるよ」


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