第二章 新天地へ
第8話 準備~新天地へ~
「さて、これから何処に行こうか」
「そうだね。この国では勇者たちは英雄だからね。それを叩きのめした僕たちはあまり町には近づかないほうが良いんだろうけど」
「別に町の奴らが襲いかかってきてもどうってことは無いだろ」
「それはそうだけどさ。でもなるべく勇者たち以外には手を出したくないんだよね。僕らが迷惑を被ったのは彼らだけだしさ」
「たしかにな。それ以外の人たちに手を出すのは筋が通らないってか。でも相手が襲いかかってきたら反撃くらい良いよな?」
「だからそうならないように町は避けた方が良いって話」
エルモはあれほどの地獄を見た修行を終えても優しさを失っていない。
何という精神力だろうか。
こういうことに関しては男より女のほうが強いのかもしれない。
一方俺はさすがに少し性格的に歪んでしまったと自覚している。
そうでなければ勇者相手にあんな態度は取れるはずはない。
しかし、今となっては何故キュレナにあれほど執心していたのかさっぱりわからない。
もしかしたらあいつの『聖女』の力にはサキュバス並の魅了力でもあるのか?
そう考えると俺も、あのいけ好かない勇者も被害者なのか?
いや、あいつのことを少しでも被害者だなんて思ってはいけないな。
それは俺とエルモのあの修行が全て嘘になってしまう。
それにキュレナに惚れたのは『聖女』の力が発現する前だったわけだし。
「一応僕の魔法を使えば見かけを変える位は簡単だけど?」
「ああ、あの変身魔法か。前にそれでゴーレムの目をごまかしたっけな。変身する時に体がむずむずするのが気持ち悪いんだよなぁ」
一度だけダンジョンの下層で当時はまだ勝てなかった巨大なゴーレムの目を掻い潜るために魔物に変化した事があった。
その時に体験した体の全てが作り替えられていくような感覚は今思い出しても気持ち悪くなる。
「じゃあ町には寄らずにどこか人がこなさそうな良いところを探す?」
「まぁ食料なら何年分か洞窟から持っては来たし、無くなっても自分たちで狩るか育てれば問題ないだろうけどさ」
俺は腰に巻いたウエストポーチをポンポン叩きながら答える。
これは一見ただの小さめのポーチだが、その実は無限に物を収納出来る収納バッグなのだ。
洞窟の中で見つけた賢者オリジの本に作り方が書いてあった。
材料は洞窟の奥のダンジョンでそろったので、エルモが時忘れの洞窟内の時間で数年掛けて作り上げた物である。
「けどあの部屋にあった本とかは入れてこなくて良かったのか?」
「うん。もうあそこにあった本の内容は全部覚えたからね」
「すげぇなエルモは」
「でも僕は魔法の力しか使いこなせないから」
「俺なんて殴る蹴る位しか出来ないぞ。一応他の武器も一通り使える様にはなったけどさ。魔法も肉体強化系しかなんでか覚えられなかったしな」
「ルギーは理論とかよりも実践で身につけるタイプだからね」
生きていくために必要なのはまず食料。
あとは服と住み処だ。
そのうち食料はポーチに大量に放り込んできた。
服に関しては実はそれもエルモが簡単に作成できるまでに彼女の裁縫技術は上がっていた。
元々そういうことが好きだったとエルモは笑っていたが、俺は知っている。
勇者パーティーに捨てられて俺の家に転がり込んできたばかりの頃、俺の服のボタンを付け直そうとして自分の指に何度も針を刺していた姿を。
だが、その後途方もない時間修行に明け暮れていた間にエルモの裁縫技術はみるみる上がっていったのだ。
実は賢者オリジは知識に関してはかなり雑食だったのか、裁縫関係の本もあそこには豊富に揃っていたのだ。
最初こそどうしてそんなところに裁縫の本があるのか不思議だったが、後にエルモが魔法の勉強をしていてわかったことがある。
どうやら装備や服に魔術的な物を仕込む時に服に直接魔物から採れた素材を縫い込んだり、魔方陣などを刺繍したりする事に使うためらしい。
今俺が着ているこの服も一見普通に見えるが、実はダンジョンの奥地で見つけたダークスパイダーという巨大な蜘蛛の魔物が吐いた糸を使っていて、エルモが防御の魔法を縫い込んだと聞いている。
多分だが、あの俺の軽い膝蹴りだけで砕けた勇者の『聖なる鎧』なんかよりよほど丈夫だと思う。
というか伝説の武具と聞いていたが、もしかしてあれは贋作なのでは無かろうかと俺は思い始めていた。
いくら俺が強くなったと言っても、偶然当たったような蹴りで砕ける時点で怪しい。
「しかし貯金全て持って来たけどこれだけじゃ心許ないな」
「町にいけば素材回収屋があるはずだから、そこでダンジョンで倒した魔物の素材を売ってお金にすればいいよ」
「そうだな。それじゃあ気は乗らないけど早速変化の魔法を掛けてくれるか」
「わかった、ちょっと待ってね」
俺たちはいったん足を止め街道脇の木陰に移動する。
辺境の村に向かうこの道は、元々人の行き来はかなり少ないので気を遣う必要も無いとは思うのだが、変化する所を万が一にも見られるわけには行かない。
「えっと、見かけはどういう感じにする?」
「どうって言われてもよくわかんねぇからお前に全部任せるよ」
「了解。それじゃいくよ」
エルモが目をつぶりその両手を天に向ける。
するとその両手が輝いてそこからドーム状の黒い光が広がる。
元々白魔法の素質があったエルモだが、長い長い修行と賢者オリジの残した数々の書物のおかげで今は失われたと言われる『黒光魔法』を身につけることに成功したのだ。
その力は黒魔法や白魔法、光魔法も凌駕する世界最強の魔法であったと言い伝えられている。
「えいっ」
エルモのかわいらしい声と共に俺の体がゆっくりと変化していく。
彼女の放つ変身魔法は見た物の認識を偽装するだけの物ではなく、本当にその術を掛けた者の体を根本から変化させることが出来る。
むずむずむずむずと体が徐々に中から作り替えられていくのを感じる。
しかし前に魔物へ変化した時に比べるとかなりその気持ち悪さも少ない。
これは人から魔物へではなく、人から人へという同じ種族間への変化だからなのだろうか。
「終わったよ」
「ありがとうよ……って、お前その体はさすがに盛りすぎなんじゃ」
俺は目の前ではにかむように頬を書く長身の美人冒険者の姿に目を丸くしながらそう告げる。
いつもの子供っぽさは影を潜め、完全に別人である。
そして何よりも違うのがその胸部だ。
俺はエルモがある程度の大人になってもその部分の成長は慎ましやかなのを長い修行の間で知っている。
だが、今目の前にあるそれはその現実を無視するかのような大きさで――。
「設定としては旅の美人姉妹って感じで変化させたんだけど」
「美人……姉妹?」
「うん、僕だけじゃ無くルギーも同じナイスバディにしておいたから」
そう言ってエルモは自分の収納ポーチから姿見を取り出し、ドンと地面に置いた。
小さなポーチから人一人分もありそうな姿見が出てくる様は何度見ても異様だが、今俺は目の前の鏡に映った自らの姿に気取られてそれどころでは無い。
「これが……俺?」
「うん。すっごい美人でしょ。あと巨乳だよ」
「いや、まぁ。結婚を申し込みたいくらいには。流石だなエルモ。やっぱりお前は最高だ」
「むぅ……」
変身魔法の出来を褒めたつもりだったのに何故か不機嫌になったエルモに首をかしげつつ俺は自分の胸を触ってみる。
うむ。大きい。とても大きい。
それに服だ。
ダークスパイダーの糸で作られた服は魔力を通しやすく、エルモの魔法に合わせてその姿も自由自在に変わる。
つい先ほどまでは軽装の男冒険者っぽい物だった。
それが今は体のラインがはっきりとわかる少し派手目な衣装に変化していた。
ちなみにエルモの方はどちらかというとかわいらしいデザインで、結構ゆったりした物になっている。
「ルギーは大きくてセクシーさが際立つ服装の方が好きだと思ったから」
何故かそう不満そうに口にするエルモに「別に大きかろうが小さかろうがどっちでもいいけどよ」と返すと、何故かエルモの機嫌が直った気がした。
「まぁこれならさすがに俺たちだってわからないだろうし、さっそく町に行くか。多分今の俺たちなら走って行けば直ぐ付くだろ」
「空を飛んでいけばもっと早いけど」
エルモの魔法を使えばたしかに空をかなりの速度で飛ぶことも出来る。
ダンジョンでもかなり幅広の断崖絶壁をその魔法で飛び越えたりもしていた。
「さすがにそれは目立つだろ」
空は遮る物が無い。
いくらここが辺境だといっても、誰かがふと空を見上げたら一発で見つかってしまうだろう。
俺は見たことは無いが、魔族の中には空を飛ぶ者もいるという。
そんな奴と勘違いされては騒ぎが起きて町でゆっくりと換金と買い物をしていられなくなるかもしれない。
「別にそこまで急ぐ旅でもないしこのまま歩いて行けばいいんじゃないか?」
「ルギーがそう言うなら」
「しかしなんだな。思ったよりじゃまだな」
「何が?」
不思議そうに俺を見上げるエルモに、俺は自分の突き出た胸を下から両手で持つと揺らしてみせる。
ダークスパイダーの糸で織り上げられた服は柔軟性が高く、手の動きに合わせてぶるんぶるんと揺れ続ける。
「胸だよ胸。慣れてねぇから邪魔で仕方ねぇ。なぁ、エルモ」
「何?」
「これ小さくしてくんねぇ? いつものエルモくらいでいいんだが」
「……」
「なぁ」
「……嫌だよ」
「なんでだよ」
「しばらくルギーはそのままの格好決定だよ」
「何怒ってんだよ」
どうやら俺は知らぬ間にエルモの機嫌を損ねるようなことを口にしていたらしい。
ぷいっとそっぽを向いたまま街道に向けて先に向かうエルモの後を俺は慌てて追いかける。
「何か気に障ったことを言ったなら謝るからさ」
「……町に着くまでもうルギーとは口きかない」
「えーっ」
俺は仕方なく揺れる双丘をポーチから出した紐で雑に縛り固定してからエルモの後を追うのだった。
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