第6話 決闘

「俺はお前に……勇者タイガに決闘を申し込む!!」


 その怒号に一瞬凍り付いたように広場に集まった人々に静寂が訪れた。

 だが、それも長くは続かない。


 広場に集まった村人か、はたまた凱旋パレードの中の誰かかわからないが、一人がぷっと吹き出すと一瞬で伝播し広場中が嘲りに満ちた笑いに包まれた。

 魔王を倒し、今や世界一の強者である勇者タイガに一介の村人が決闘を申し込んだのだからその反応は仕方が無いことかもしれない。


「ははっ、君が魔王を倒した勇者である僕に? 冗談だろ?」

「やめときなさいよルギー。この前は思いっきり手加減してくれたけど、あれからもっともっと強くなったタイガの攻撃を受けたら貴方こんどこそしんじゃうわよ?」


 二人の目があからさまに俺を見下す。

 ふざけるな。

 俺はこの日のために何度も命を捨てて来たんだ。

 今更後に引ける訳がない。


「決闘の場所はそうだな。他の人を巻き込まないようにこの村の外にある草原でどうだ?」

「本当にやる気なのか? やめておいた方がいいんじゃ無いか?」

「なんだお前、勇者のくせにまさか俺と戦うのが怖いんじゃないだろうな」


 完全に雑魚を見るような目の勇者を、俺は内心のおびえを隠しながら煽る。

 大丈夫。俺は強い。

 エルモの言葉を信じるんだ。


「ふんっ、俺がお前ごとき村人を恐れるなんてあるわけ無いだろ。ただ人を殺すと色々面倒なんだよね。勇者のイメージとか大切にしたいしさ」

「人から婚約者を奪っておいて今更イメージなんて気にしてるのか。おめでたい頭をしているんだな勇者ってやつは」

「なんだと!!」


 俺の安い挑発にまんまと勇者が乗ってくる。

 こいつは今まできっと勇者という看板と力のおかげで散々甘やかされてきたに違いない。

 だからこんなあからさまな挑発にも簡単に乗ってしまう。


「そこまで言うなら相手にしてやろう。あれから二年か……少しは強くなってる事を期待するよ」

「その期待は裏切るつもりは無い」


 そして勇者の指示で聖騎士たちが動き出す。

 決闘の場所はこの村を出て少し歩いたところにある平原だ。


 そこで俺と勇者は向かい合う。

 キュレナと聖騎士たち、それに野次馬の村人たちは少し離れたところからその様子を見ている。

 エルモは最初の計画通り先回りして近くの木陰に隠れて防御壁を展開する用意をしているはずだ。


「あんなに離さなくても一瞬で終わるのに」

「あまり近くだとお前がぶっ飛ばされた時に巻き込まれるじゃないか」

「この国で最強の勇者である俺をぶっ飛ばす? 面白い冗談だね」

「言ってろ。直ぐにわかる」


 俺はそれだけ口にすると拳を腰だめに構える。

 それを見て勇者がさらに馬鹿にした笑い声を上げた。


「あはははっ、まさか君本当に拳だけでかかってくるつもりかい?」

「お前には拳だけで十分かと思ってな」

「しかも防具すら着けてないよね。まさか素早く動くために付けないのかい?」


 勇者はそう言うと胸を張って自らがまとう鎧を見せつける。


「それなら俺も武器を使わないってハンデ以外にこの聖なる鎧も脱いだ方がいいかな」

「その必要は無い」

「そうかい。まぁどうせどれだけ素早く動こうが僕に指一本も触ることすら出来ないだろうから一緒か」


 俺はその軽口に返事は返さず、決闘開始の合図を待つ。

 開始の合図は聖女であるキュレナが光の球を放ち、その光が消えた瞬間が始まりだ。


「だんまりか。まぁいい、こんな茶番は早く済ませよう。キュレナ、いつでもいいぞ」


 勇者は片手をあげキュレナに合図を送る。

 キュレナはその合図を受けるとゆっくりと両手を挙げその手に光の球を生み出し空へ放つ。


「君、キュレナにずっと付きまとってたんだって? 彼女は無理矢理親同士に決められた婚約をずっと嫌だったって言ってたよ」

「……」

「自分には他に好きな人が居るってことも言ってたな。でもそれは多分嘘だね。僕が見る限りこの村に彼女に釣り合うような男はどこにも居ない」

「……」

「なのに勘違いして付きまとって。そういうのを僕の居た元の世界では『ストーカー』って言うんだ」

「……」

「さて、せっかくだから彼女がこれから安心して俺との結婚生活を送れるように君を再起不能になるまで叩きのめしてあげるよ」

「……」

「これは正式な決闘だ。殺さない限りは外聞も悪くはならないだろうしね。だから簡単に死んでくれるなよ」


 俺は無言で勇者の言葉を聞き流す。


 魔王を倒した勇者の力は侮れない。

 あれだけの修行をした今、簡単に負けるとは思わない。

 そして簡単に勝てる相手ではないのも確かだ。


 最初の一撃。

 それを躱されれば終わりだ。

 それくらいの気持ちでなければ勇者などに戦いを挑むなんて馬鹿げたことは出来ない。


 ふと勇者の背後の木陰からエルモが心配そうな顔でこちらを見ているのが目に入った。

 既に彼女の張った防御結界が展開されているのがわかる。

 しかしその事を俺以外の誰も気づいていないようだ。


「よそ見しているなんてずいぶん余裕じゃないか」


 思考が横道に逸れかけた瞬間だった。

 勇者が突然俺に向けて拳を放ったのだ。

 いや、突然では無い。

 エルモに意識を取られている一瞬のタイミングで運悪くキュレナが放った光が消え、決闘が始まったのだ。


「しまっ……」


 多分彼としては初手でそれほど力も入れていない挨拶代わりの一撃に違いない。

 だが、それでも世界最強と呼ばれている勇者相手にこのミスは致命的だ。

 俺は自分の間抜けさに歯がみしながらもその拳になんとか反応しようと意識を集中させた。

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