出石蕎麦

 俺はなぜか舞鶴道を車で飛ばしている。助手席には益留が座っている。俺達は出石、宮津の天橋立の観光日帰り旅行に来ている。

 事の発端は先日昼休みに事務の百合子と益留の他愛の無い話からであった。

「お客様が天橋立の股のぞきが綺麗って言っていたんですけど何の事なんですかね?」益留は引渡し物件の鍵をクレンザーで磨いている。賃貸物件で鍵の交換をしない場合もあるので、せめて綺麗な鍵を入居者に渡したいという彼女の心遣いである。

「益留ちゃん天橋立知らないの?有名なのに」事務の百合子が驚いたように口を開いた。

「ええ、知らないです。そんなに有名なのですか?」益留は少し恥ずかしそうな顔をした。まあ、今の若者達はワザワザ天橋立を見に行く事などないであろう。

「天橋立って言ったら日本三景の一つよ。不動産の営業マンなら天橋立位知ってないと恥ずかしいわよ。なんなら今度の休みにみんなで行ってみる?」百合子はテンションを上げる。

「えっ、いいですね!みんなで旅行ですか!?」益留は嬉しそうに立ち上がる。

「あっ、俺は無理。彼女と約束あるから」大西がパソコンの入力を続けながら呟く。契約書と重要事項説明書を作っているようだ。

「それじゃあ三人で行きましょう。ねっ社長」突然休日の予定を決められて驚く。

「今度の火曜日か……」俺はスケジュールを確認するふりをしながら如何にして断ろうかと思案していた。

「大丈夫ですよね!!」なぜか百合子の額に軽く血管が浮き出ているように見えた。そんな顔をするとシワが残っちゃうよ。とは言えず渋々ながらであるが承諾することになってしまった。「あっ、それから社長!車出してくださいね!」当然のように彼女は要求する。

「えっ、俺の車で行くの!?」せっかく海の幸が食べられるだろうに酒が飲めない。

「だって電車つかれるんだもの」確かに電車で移動はなかなか面倒くさい場所である。

「はいはい、解りました」

「返事は一回ね」

「はい……」

「やった!」益留は満面の笑みで喜びを表した。


で、待ち合わせの場所へ車で移動する。俺の車は国内自動車の別ブランドで黒塗りのセダンである。前は軽自動車であったが従業員より社長なのだからもう少しいい車に乗ってほしい、夢がないと言われ背伸びをしてこの車を購入したのだが、駐車場を契約し直しとか税金も高いし、燃費もやはり軽自動車のほうが経済的であった。確かに乗り心地は良いが俺は前の軽の方が似合っていたような気がする。

「あれ岡田さんは?」待ち合わせの場所に益留の姿しか見えなかった。百合子は遅れているようだ。そうこうしていると俺のスマートフォンの呼び出し音が鳴る。

「はいもしもし上条です。……あっ岡田さん……えっ、えっ、えっ……解った……お大事に……」俺はスマートフォンの通話停止アイコンを押して通話を切った。

「岡田さんどうされたんですか?」益留は心配そうな目をしている。

「突然熱が出たそうだ。どうする、止めとくか?」なんだかちょっとホッとしたような気がする。

「えー……」益留は随分と楽しみにしていたようで泣きそうな顔になっている。

「うーん、俺と二人で……、いいのか?」こんな若い娘と丸一日会話が持つのか不安であった。

「もちろんです、やったー!」よっぽど天橋立が見たかったようで彼女は飛び上がって喜んだ。彼女に助手席に座らせると車のエンジンを始動して京都の宮津市に出発した。


「お昼はどうしますか?」なんだか益留はとても楽しそうである。昼食の場所も百合子が選んでいるものだと高をくくっていたので何も考えていなかった。

「そうだな……、益留君はソバは大丈夫かい?」最近の若者は食べ物アレルギーが多いと聞く。先日接客した若い女性は野菜と魚が食べられないと言っていた。でもそれは単なる食わず嫌いなのでは無いのかなと思いながら物件の案内をした。

「私、お蕎麦大好きです!何処か美味しい所あるのですか?」彼女は相当嬉しい様子で弾けるような笑顔を見せた。

「ああ、どうせ宮津のほうに向かうなら途中で出石によって出石蕎麦たべてみたいなって思ってさ」出石蕎麦とは何枚かの小皿に盛られた蕎麦をザル蕎麦のようにつゆに浸して食べるものだ。この小皿を何枚食べれるかで何か特典を貰えたりする見せもあるようだ。そのつゆの中にとろろ芋が入っており美味しい。そして最後に残ったつゆに蕎麦湯を入れて飲むのがまた美味しいのだ。その説明を聞いて益留は目をキラキラさせていた。

「じゃあ、スマホで出石蕎麦の美味しい店を探してくれよ」ハンドルを握りながら彼女に店探しを依頼する。

「了解です」彼女はそういうと可愛らしく敬礼をしてから検索を始めた。


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