宅建士のお仕事

「ただいま・・・・・・」狩屋との昼食を終えて店に戻る。


「おかえりなさい!トンテキの店はいかがでしたか?」益留が笑顔で聞いてくる。気が付けば俺はトンテキを一口も口にしていなかった。


「ああ、美味しかったよ」


「今度、私も連れて行ってくださいね」彼女は軽く頬を染めておねだりをする。


「了解」俺は軽く目の前で手刀を切った。


「だから!それは入居者の負担だって!!」大西が大きな声で電話の受話器に叫んでいる。


「なにかあったのか?」電話の向こうの相手に聞こえないように聞いてみる。


「入居者が部屋のエアコンが壊れたって言うんですけど、その設置されているエアコンは前の入居者の残置物なんですよ」大西は受話器の口の部分を手で塞いだ。


 賃貸借物件の中の設備には、機器が故障した場合の責任負担を重要事項説明書と契約書で明確にしている。まず給湯器や備え付けのガスコンロなどは基本的に故障した場合の費用負担は貸主、エアコンなど所有権を貸主が放棄したものは残置物といって、修理・取替・撤去・処分費などの費用は借主負担とする場合がある。この場合、退去する時にその機器が無くなっていたとしても、貸主は文句を言う事は出来ない。


 この設備の責任負担を明確にしておかないで契約をするとトラブルになることが多い。今、大西が対応しているエアコンの故障などは典型的なものだ。契約の時に契約書・重要事項説明書の説明をキチンと聞いていない入居者によくある事である。


 ただ、不動産業者にも問題がある事も多々ある。

 37条書面(契約書)への記名・押印、重要事項説明書の記名・押印と説明は、国家資格の宅地建物取引士の資格を持った者の独占業務である。それ以外の者がこの業務を行うと宅建業法違反の対象となり罰金の支払いが必要になる場合もある。それを、押印だけ宅建主任士にさせて無資格者が説明を行う業者もいるようである。

特に、人の出入りの多い賃貸不動産会社には、無資格の営業マンが多いのが現実である。


 当、上条賃貸ハウジングの営業マン、大西・益留そしてもちろん俺も有資格者であることをここで言っておく。


「やっと納得してくれました・・・・・・」大西が疲れ切った顔をして受話器を置いた。


「いいか、大西。感情を声に出してはダメだぞ。受話器の向こう側では、お前が思っている何倍にも相手は感じているものなんだよ。とにかく腹が立っても冷静に対応する練習をするんだ。いいな」たまには、社長らしく従業員を指導する。


「はい、解かりました」大西が返答をする。こちらの言ったことを素直に受け止められるところが彼の良い所だ。


 俺は契約書の保存している棚の前に移動して、メゾン・ド・リープ 203号室の前入居者の契約資料を手に取った。

「ミイラ・・・・・・、干物・・・・・・、如月遥・・・・・・か」入居時に提出された如月遥の写真が可愛く微笑んでいた。

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