カレーライス

「どうして社長は結婚なさらないのですか?」唐突とうとつに益留が質問を投げかけてくる。その質問の直球ぶりに俺は口に入れたカレーライスを吹き出しそうになる。


「ああ、そうだな・・・・・・、正直言うと一人の生活が気軽だからかな・・・・・・、どうしても他人と同居すると気を使わないといけないだろう」水を喉に流し込み喉に残ったご飯粒を除去する。


「そうですか・・・・・・・、でもずっと一人だと寂しくないですか?」少し上目使いで問いかけてきた。彼女の質問の意図がよく理解できない。


「うーん・・・・・・」俺はバツイチで一度結婚生活を精算している。原因はおいておいて離婚するのにも大変なパワーが必要であった。あの泥沼の状況を思い出すと正直なところ今の気楽な生活を捨てるなど考えられない。



「あれ、上条さんじゃないですか?」突然声を掛けられる。振り返るとそこには見慣れた男の姿があった。少し古ぼけたコートに、あまり手入れしていないような髪型。本当にファッションには無頓着な男である。


「あっ、狩屋さん。奇遇ですね。サボタージュの時間ですか?」俺は少しお道化どけたように茶化す。


「ちょっと人聞きが悪い。上条さんこそ・・・・・・、こんな可愛いお嬢さんと・・・・・・本当隅におけないな」狩屋は右肘で俺の腕を突く。


「い、痛い!そんなんじゃないよ。この娘は俺の店の従業員。益留正美さんだ」


「益留です。宜しくお願いします」益留は席から立ち上がると丁寧にお辞儀をした。


「あっ、恐縮です。俺は狩屋かりや順平じゅんぺいと言います。上条さんとは、夜の飲み仲間です。」狩屋は頭をボリボリと掻いた。彼とは行きつけの飲み屋で意気投合し付き合うようになった。

 初めに彼の職業を聞いた時は少し警戒したが、屈託くったくのないその性格に今は警戒心の欠片もない。


「今日は暇なのかい?」


「そんな事ないですけれど、俺達が暇って事は良い事でしょ?」狩屋は嬉しそうに微笑んだ。


「なるほどね」俺達の話を聞いて益留は意味が解からずチンプンカンプンな顔をしていた。「ああ、この人、殺人とか凶悪犯担当の捜査第一課の刑事さんなんだよ」俺の言葉を聞いて益留は目を見開いて驚く。


「凄い!本物なんですね!刑事さんなんて私ドラマでしか見た事ないです!」益留は頓狂とんきょうな事を言う。


「まあ、一応は本物なんですが、最近はそんなに大した事件も無いので空き巣やひったくり犯の手伝いをしています。血とか見ないでいいので、正直言うと俺にはこっちが向いてるような気がしますよ」狩屋の背中を同僚のような男性が軽く叩く、それに答えるように彼は頷いた。「それじゃあ、失礼します。また今度例の店で!もしよかったら益留さんも一緒に!」狩屋は軽く手刀を切ると店を出て行った。


「気さくな方ですね」益留が狩屋の出て行ったほうを目で追いながら呟いた。


「ああ、いつもあんな調子さ。職業柄、相手のふところに入っていくのが上手なんだろう。益留君とならちょうどお似合いかもしれないな」肘を机についてあごを乗せる。


「私はもう少し年上の人がタイプなんです・・・・・・・」なぜか彼女は顔を真っ赤にして、カレーライスをスプーンですくって小さな口に流し込んだ。


「ふーん、益留君は、ファザコンなんだな・・・・・・・」俺も同じようにカレーライスを放り込む。


「本当に鈍感どんかんなんだから・・・・・・・」彼女は小さな声で何かを呟いた。


「えっ、何か言った?」聞き逃した言葉をもう一度リクエストする。


「もういいです!こっちの話です!」なぜか怒ったように彼女は顔を横に向けた。

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