Humble Ramble 〜謙虚な少年は異世界を彷徨す〜

西順

第1話 異世界召喚は間違いだらけ

 慎ましく生きてきた。


 ペコペコ頭を下げて、他人と争わないように、目立たないように生きてきた。

 親からは「お前は頭が悪いんだから、困った事があったら素直に周りの人に聞くんだよ」とよく言われて育った。

 そんな俺の処世術が慎ましく、自分が一番の弱者であると自覚し、へりくだって生きるというものだからか、ともすれば、いや、確実にそういう人間は周りから一段下に見られるものだ。

 俺もご多分に漏れず、そういう扱いを周りから受けてきた。



「加藤スマン! 掃除代わってくれ! 今日、サッカー部のレギュラーが決まる大事な日なんだ! 遅れる訳には行かないんだよ!」

「……分かったよ」


 これが嘘だと俺は理解している。この男子がサッカー部で部活動に精を出しているのを見たことが無い。だが断れない自分がいた。


「加藤くんゴメン! 今日塾で模試があるの。早く行って予習しておきたくって」

「……分かった。掃除は俺がやっておくよ」


 これも嘘だ。この女子は前にも俺に同じ嘘を吐いていた。その日、俺はこの女子が下校中に彼氏らしき男と腕を組んで歩いているのを見掛けている。


 嘘だと分かっているのに、身体に染み着いた性分とは残念なもので、俺はなんだかんだと言い訳する同級生たちの言い分を受け入れ、その日も独りで放課後の教室掃除を終わらせ、夕暮れで赤く染まる帰り道をとぼとぼと歩いていた。


「……見つけた……!!」


 帰り道の商店街でのことだ。多くの人が行き交う中、全身を覆う若草色のマントにフードを目深に被った『誰か』に、そう声を掛けられたのは。

 黄昏とは、『かれ』から来ていると古文の先生が話していたなあ、と俺が『誰か』を目の前にして、そんな事を思っていると、その『誰か』はツカツカツカと俺の眼前までやって来ると、170の俺より頭ひとつ低い場所にある顔から、青い眼光で何かを訴えるように俺の目を覗き込み、驚きと困惑で身を固める俺の手を両手で握りこう言った。


「助けて下さい! 勇者様!!」


 俺の手を握った『誰か』もとい『少女』がそう発すると、俺と『少女』を中心に、幾何学模様が描かれた円が突如地面に出現する。

 と思ったら、それは青白く光だし、俺と『少女』は光に包まれた。



 眩しさに目を瞑ってもなお眩しいその時間は、1分とも1時間とも長くとも短くとも感じる不思議な時間で、やっと光が納まったと目を開けると、そこは石壁に囲まれた窓も照明も無い、それでいて薄明るい部屋だった。


「お帰りなさいませ、セルルカ姫様」


 部屋に居たのは、跪いて頭を垂れる、『少女』と同じ若草色のゆったりしたローブを纏った数名の人間。

『姫様』と呼ばれたのは当然俺と居る『少女』の事だろう。


「この方が勇者様なのですね?」


 ローブの一団の先頭、白髪痩身の孫がいてもおかしくない見た目の男が、興奮の熱がこもった声で姫様に尋ねてくる。


「ええ、そうです。この方こそ、我らが求めていたこの世界の救世主となられる勇者様です」


 家臣であろう痩身の男に頷きながら、姫様が目深に被っていたフードを外すと、そこに瞳と同じ真っ青の髪がさらりと現れた。

 地球人ならあり得ない髪色だが、西洋風の整った顔立ちと相俟って、美しい、と素直に思えた。

 そんな俺の視線に気付いた姫様が、にこりと微笑み返す。

 うん。かわいい。

 いや、それは今は置いておくべきだった。それより、


「あの、勇者っていったい?」


 まさか俺の事じゃないよなあ? と不安になるが、


「貴方様の事です」


 姫様は当然の事のように、俺に手を差し向けながら応えてくれた。


「いやいやいや! ちょっと待ってください! 俺は只の一般人で、力も強くなければ頭も良くない、凡人ですよ!?」


 俺が全力で否定した時、頭の中で鐘が鳴った気がしたが、今はそれどころではない。


「いえ、貴方様は勇者様です」


 姫様は俺の否定を更に否定し、腰のポーチから水晶球を取り出し、俺に近付ける。


「ほら、このように勇者を探し出す水晶球(オーブ)が反応、…………反応、してない!?」


 青ざめる姫様にどよめくローブの一団。


「ああ……、ああ……どうしましょう。間違えて違う人を連れてきてしまったのだわ」


 口元に手を当て、水晶球と俺を交互に見返すが、結果に変わりはないらしく、落胆の息を洩らす姫様。

 しかし、そうして落ち込んでいたのも束の間、姫様は顔を上げると、


「私、もう一度行って、今度こそ本物の勇者様を連れて帰ってきますわ!」


 そう言うと部屋の中央の魔方陣らしき物の上に乗ると、姫様は光に包まれ、次の瞬間にはその場からイリュージョンの如く消え去っていた。

 残されたローブの一団に呆ける俺。

 そう、俺は見ず知らずの場所にいきなり連れて来られたかと思ったら、その場に放置されてしまったのだった。


「あの魔方陣に乗れば、俺でも地球に帰れますか?」


 分からない事があれば素直に聞く。の精神でローブの一団の偉い人だろう痩身の男に尋ねる。

 そしてまた頭の中で鐘が鳴るのを感じながら、男の返答を待つと、


「いえ、あの魔方陣は転移魔法のスキルを有するセルルカ姫様のみに使えるもの。貴方に転移魔法のスキルがなければ、発動は致しません」


 とすげない返事が返ってくるだけだった。

 俺、これからどうすればいいんだろう。と途方に暮れていると、痩身の男が、


「ここに居ても埒が明きません。この事態はこちらの不手際です。一度王にお伺いを立て、貴方の今後を考える事に致しましょう」


 そう言われて、見知らぬ土地で他に頼れる者もいないので、その案に乗って俺は、ローブの一団の最後尾に付き従って魔方陣のある部屋を後にした。



 謁見の間は思っていた程豪奢なモノではなく、玉座に向かって絨毯が敷かれている程度の石造りの部屋のだった。

 その代わり、脇を固めている騎士か兵士は皆全身鎧で、手に持っているのは小銃の先端にナイフが付いた銃剣だった。


(少しちぐはぐな気はするけど、ここではそれが当たり前なのだろう)


 俺は玉座に座る姫様と同じ真っ青の髪をした王様に跪き、痩身の男が俺の横で、今回のあらましを奏上しているのを聴きながら、そうやって眼だけは周りに張り巡らせていた。


(それに鎧がかなり傷んでいるように見える。姫様も言っていたけど、どこかと戦争状態にあるのは確かなようだ)


「ふむ、分かった」


 痩身の男の話を一通り聞き終えた王様は深く頷いた後、額を押さえて嘆息した。

 そうやってひとしきり何やら考え込んだ後、王様は俺に顔を向けると、


「我が娘がとんでもない事をしでかしたようだな。あれは一度決めると突っ走ってしまうところがあって私も手を焼いている。今回の補填は王として、親としてきっちりとさせてもらう。娘がお主の世界から帰ってくるまでの間、この城の一角に部屋を割り当てよう。そこで生活の保障はしよう」


 確かに姫様はうっかり屋なようだが、対して王様はしっかりした親にして王様であるらしい。しかし、


「失礼ながら王様。発言をしても宜しいでしょうか?」

「……聞こう」

「この国は今、どこかと戦争状態にある様子。そのような状況で、城に使えぬ子供一人置いて養うのも大変なのではないでしょうか?」


 騎士や兵士の疲弊ぶりや飾り気の無い謁見の間、この国が金に困っているのは明白だ。俺一人の食い扶持を捻出するのだって大変だろう。


「だからと言って子供一人を城から放り出したとあっては外聞が悪い。それともお主は城を出て見知らぬ土地で一人生きていけると申すか?」


 そうなのだ。謙って格好いい事言ってみたものの、結局一人で生きていけない俺は、王様の好意にすがる以外選択肢が無い。ダサい事この上なかった。と、


「王様」


 そこに痩身の男が助け船を出してくれた。


「発言を許そう」

「彼の者は勇者ではありませんでしたが、我らにとって何ら有益でないと確定した訳ではありません。まだ、ステータスもスキルも見ておりませんから」

「ふむ、確かにな。有益であるなら、余り危険な事はさせられぬが、後方で支援ぐらいはさせられるか。おい、あれをもて」


 王様に言われて兵士の一人が謁見の間から出ていった。

 それにしてもステータスにスキルか。まるでゲームの世界だな。

 などと思っていると、兵士が手に水晶球を持って帰ってきた。姫様が持っていた水晶球と少し色が違う。

 王様にお伺いを立てた兵士が俺の元にやって来ると、その水晶球を俺に近付ける。



ステータス


NAME:加藤 高貴


LV:5


HP:50


MP:50


STR:10


VIT:10


AGI:10


DEX:10


INT:10


スキル


謙虚LV5



「見事なくらい一般人だな」


 王様の一言と共に、恐らく僅かの可能性に賭けていただろう周りの騎士や兵士たちからも落胆のため息が洩れる。

 それほど期待薄と言うことなのだろう。

 何も悪いことしてないのに、何か悪いことしたみたいで居たたまれない。


「それで、その謙虚と言うのは何だ?」


 王様に尋ねられた水晶球を持ってきた兵士も、曖昧な表情で「分かりません」と答えるのがやっとだった。


「少年よ、お主のその気持ちだけ受け取っておこう」

「……はい」


こうして俺の異世界生活一日目は幕を閉じた。

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