魔王と冒険者 その6
ダンジョンや冒険者という外側についてはある程度理解できた。
なれば、次は目の前の娘が低迷している原因を探るとしよう。
「冒険者が強くなる仕組みや稼ぐ仕組みはわかった。ならお前はなぜそれをしない?」
強くなる方法があるならそれをすればいいのだ。
むしろ、それを実践してなくて340位にいるなら上等なのではないかとも思えてしまう。
まあ、若い女性ということで応援してくれる人間もいるのかもしれない。
「うぐぅ……あんな……」
先ほどまでのハキハキとした態度から一変して声が小さくなる。
「ああ、どうした?」
「一回だけ動画を上げたことがあるんやけどな」
「うむ」
「再生数は200回ちょっとくらい……やったかな?」
再生回数が少ないことで恥ずかしがっているのか。
確かに動画再生の画面を見ると凄まじい再生回数の動画が並んでいて気圧されてしまうのは分かる。
だが、初心者が上げる動画など、どれもこれもそんなものであろう。
何も恥じる必要はないと思うが。
「内容としては豪快に負けてもうたやつなんやけど……。それで恥ずかしくなってすぐに動画を消してもうた。それから動画を上げてへんねん」
「なに? 初心者冒険者なぞ全員が負けるものだと言ったのはお前ではないか」
吾輩がそう言うと志保は更に言い辛そうにもじもじとし始める。
しかし、志保が強くなれない原因は間違いなく動画を上げていないことであった。
200回再生だろうが10回再生だろうが、動画を上げて、再生数を稼いで、ポイントを得て、装備を整える。
これが強くなる導線のはずである。
「そうなんやけどな……」
「どうした?」
「上げとった動画をクラスの子が見たみたいでな。話してるうちに売り言葉に買い言葉で、もっと凄い動画上げたるわ! って宣言してしもうて……」
「まさかと思うが」
「それ以来、動画を撮っても撮っても納得できへんくて、気が付けばこうなってしもうたねん」
なんということか。
そんな凄い動画などレベル1の凡人女学生に上げられるわけがないだろうに。
「つまり再生回数や失敗が恥ずかしいのではなくて、友人に対して意地を張っているわけか」
「うん……だってしょうもない動画上げたら、それこそ恥ずかしいやん! 学校にどんな顔して行けばええんや!」
「それで冒険者を辞めようと思ったわけか」
「学校で冒険者の話題を振られるとしんどいからな。一層のこと辞めてまえば楽ちゃうかって」
思った以上に重症だったようだ。
これほどまでとは。
しかしあれだな。
こんなにも追い詰められた状況というのは、勇者たち相手でも味わったことがないから逆に燃えてしまう。
「ならん」
「はい?」
「この魔王が目を付けたのだ。冒険者を辞めることはならん」
「けど……」
「何のために吾輩が来たと思っているのだ。吾輩が凄い動画とやらを撮らせてやろう」
「ホ、ホンマか⁉」
「ああ、ほんまだ」
でなくては吾輩の楽しみが終わってしまう。
しかし、吾輩の人生において冒険者を励ます日が来るとは思わなかったぞ。
「ちなみにその失敗した動画はどんなものなのだ?」
友人に自慢できる動画を撮るためには、まずは何が失敗だったのか原因を知る必要がある。
よって、失敗した動画の視聴は必要不可欠である。
「一応編集後の動画は保存しとるけど……うぅ……笑わんとってや……」
スマホを操作して公式サイトを閉じると、スマホに保存している動画を見せてくれる。
洞窟のような場所で、背後から志保を映しているものであった。
これは同行者がいなくてはできない視点であるが、どういうことなのか。
まさか、吾輩以外にも志保に目を付けている者でもいるのであろうか。
「これは誰が撮っているんだ?」
「ダンジョン内専用のドローンやで。装備と一緒で中に入ると勝手に出現するねん」
「ドローン?」
「空を飛びながら自動で動画を撮ってくれる機械かな。そのおかげでひとりでも好きな角度から動画撮れるねん。モンスターの後ろ側にドローンを配置して、自分を正面から撮ることで、迫力ある動画を作る人もおるで」
完全に理解できたわけではないが、そういうものだと割り切ろう。
兎にも角にも、誰か別の人間と一緒にいたわけではないならそれでよい。
『ええと……み、皆さん初めまして! 新人冒険者の掛田志保です! 今日は初めてのダンジョンということで緊張しています!』
動画内の志保が話し始める。
が、映像自体は歩き続ける志保の背中だけを映している。
「こちら側を向かないが、お前の動画のスタイルはこういうものなのか?」
「これが最初の失敗や。もちろん最初から最後まで敢えてこの視点で撮る人もおるけど、最初の挨拶からこれはない。てんぱってて、やってしもうた」
確かに顔と名前を売っていかなければならないというのに、これはいただけない。
謎の冒険者という設定なら面白いかもしれないが、公式サイトで名前と顔はバレている。
謎でも何でもない。
『私は私立【ピー】高校に通っていて、【ピー】市に住んでいます。【ピー】年【ピー】月【ピー】日生まれで、好きな食べ物は軟骨の唐揚げです。あ、鶏のです!』
動画内の志保が随分と詳細な自己紹介を始めるが、好きな食べ物しかわからない。
「このピーピー音はなんだ?」
「次の失敗がこれやねんけどな、緊張して何を話していいか分からなくて、アホみたいに個人情報しゃべってもうた。編集でピー音を入れたんやけど、おかげで見にくい動画になってしもうた」
古谷も志保の個人情報を簡単には手渡してくれなかったことから、この世界ではその手の情報管理が厳しいのだろう。
それを暴露しているのだから救えない失敗である。
「それに何だか話し方もおかしいではないか。方言はどうした」
「友達にも言われたわ。自分でも気づかんかったんやけど標準語になってもうてて。何回聞いても気色悪いわ」
まだ動画も序盤なのに先が思いやられるぞこれは……。
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