魔王と冒険者 その1
両足が地面に着地した感覚を覚えてから目を開ける。
「転移成功か……っと、な、なんだこれは……」
転移には無事に成功したのであるが、とんでもない量の人間が吾輩の目に映し出されたため、驚いて声を上げてしまう。
恐らく大通りに出たのであろうが、それでも見たことのない人間の数である。
どうやらかなり文明の進んでいる世界に来たらしく、周囲には高層建築が立ち並んでいる。
あちらこちらから聞き慣れない音が耳を刺激し、ハッキリと言ってうるさい。
「なあ、あれ見てや。なんかのコスプレちゃう?」
「え、めっちゃ本格的やん。すご」
転移の魔法陣にはあらかじめ言語が通じる魔法が組み込まれている。
そのため、人混みの中からこちらを見ている女性二人組の言葉の意味は、何となく理解できた。
ともかく吾輩が周囲から好奇の視線を向けられているのは確かなようである。
行き交う人間の多くが黒髪という中で、赤髪に角が二本というのは明らかに浮いている。
何なら服装ですら、全身黒の礼服にマントであるから場違いもいいところであった。
「クソ……外見と服装を人間と同じにする魔法もあらかじめ魔法陣に組み込んでおくべきだった……」
とりあえず人目を避けるために物陰を探して移動する。
こんな往来のど真ん中で姿を変えればそれこそ大混乱となるであろう。
「あの人、魔法陣とか言ってたんやけど、ガチすぎない?」
「そこまで気合入ってると、ちょい怖いわ」
という失礼な会話が後方から聞こえてきたが振り返ることはない。
何とか人目が少ない場所に移動してから外見と服装を魔法で変える。
街中の看板に起用されている男性たち数人を参考にしているのだから、好奇な目で見られることはないだろう。
「黒髪の吾輩も悪くないな……」
近くの建物のガラスに映る自分の姿を見て自画自賛してしまう。
やはり魔王としての素晴らしさが滲み出てしまうのだろう。
実際、先ほどから女性たちが「イケメン」だの「かっこいい」だの言ってこちらへ視線を送ってくる。
「しかしこれはこれで視線を集めて面倒だな。いくつかのバリエーションは用意しておくべきかもしれぬ」
そんなことを考えながら少々、街を散策する。
どうやらこの世界には魔法を使う者がいないようであるが、それを補うように科学技術が進歩しているようだ。
正直なところ、魔法と大差ないことをかなり実現しているように思える。
さらに、剣や弓といった武器を持っている者もおらず、持っているのは質の良さそうなバッグ類である。
服装も農作業や戦闘向けの動きやすいものではなく、装飾や模様を優先した露出も多めなものとなっている。
「ほう……この世界なら何か楽しみが見つかりそうだ」
見たこともないものばかりで、久しぶりに心が躍っていた。
これならもう少し早く、物騒事が少ない世界を選んで転移すればよかったかもしれぬ。
何かいいものはないかと街を散策していた吾輩の耳に、聞き慣れたある単語が飛び込んでくる。
「もうすぐ冒険者の三月度投票結果が発表されるぞ!」
冒険者だと?
これだけの科学力があるのにそんな奴らがこの世界にもいるのか?
だとしたら側近の奴は魔法陣の設定を間違えたのではないか。
「何度聞いても忌々しい言葉だ……」
冒険者という職業は何故かその名称に反して、やれ採取だの、やれ護衛だの、やれ討伐だのを生業としている。
もちろん、探検など本来の意味での冒険をメインとしている者もいるにはいるが。
人の依頼をこなして生計を立てているせいか、やたらと正義感が強い奴が多く、我々魔族にとっては厄介な存在である。
そして、戦闘経験豊富な冒険者は高確率で勇者だの英雄だのになっている。
「にしては変だな……この世界には吾輩のような強い魔力の存在は感じないぞ?」
ザッと地上の魔力を探ってみるが、魔族やモンスターらしき気配は見当たらない。
当然、吾輩のように人類にとって討伐するべき巨悪も存在していない。
こんな世界では勇者や英雄はおろか、冒険者すら必要ないのではないか。
もしかすると、本来の意味である探検家としての冒険者が多数いる珍しい世界なのであろうか。
不思議に思っていると、街中をせわしなく歩いていた人々がある一ヶ所に集まり始めた。
全員が全員、視線を上げている。
どうやら建物にはめ込まれた大型のガラスに注目しているようだ。
大型ガラスには様々な映像が目まぐるしく映し出されている。
「おい。あれは何だ? これから何が始まる?」
あれがなにがしかの情報伝達用の機器であることは理解できたが、詳しく知るために近くにいた中年くらいの男性に問いかける。
「あれはどう見ても街頭ビジョンやんか……」
中年男性に思いっきり不審な顔をされる。
どうやらこの世界の人間なら知っていて当たり前のことを聞いてしまったようである。
しかし、魔法陣に組み込まれていた魔法が間違っていたのか、先ほどからどいつもこいつも吾輩の理解できる言語と少しズレがある。
大方の意味は通じるのだが、どうにも語尾やイントネーションがおかしい。
「そうか。それで、何が始まる」
「なにって、三月度の投票結果や」
「何の投票結果だ?」
「何のって、冒険者に決まってるやん」
やはり先ほどの『冒険者の三月度投票結果』というのは聞き間違いではなかったようだ。
しかし、政治家を投票で選ぶというのは聞いたことがあるが、冒険者の投票など初耳である。
「なぜ冒険者に投票がある」
「兄ちゃんほんまに言うとんか? ワシのことバカにしとんちゃうやろな?」
中年男性は眉間にシワを寄せて、先ほど以上に不審そうな対応をする。
まあ確かに吾輩だって人間に「魔王ってなんだ?」「魔法ってなんだ?」「魔族ってなんだ?」と当たり前のことを執拗に聞かれれば腹も立つ。
だが、ここで引き下がるわけにはいかない。
「おい、目を見ろ」
「はっ? な、なんや気色悪い」
「いいから目を見ろ」
男の瞳をジッと見つめるなど趣味ではないが仕方がない。
そのまま、魔力を込めていく。
「……よしそうだ。……貴様は吾輩の質問に何でも答えてくれる。そうだな?」
「ええで。なんでも聞いてや」
よしよし。
この世界でも洗脳の魔法がちゃんと掛かるようだ。
さてさて、何から聞こうか。
まずは言語のズレについて聞いた方がよいだろうか?
『さあ! 皆さんお待ちかね! 一月から三月までの活躍に応じて、先月末に投票してもらった三月度の投票結果の発表だ!』
吾輩が迷っている間に、街頭ビジョンには黄色い派手な服を着た男が登場して話し始めていた。
どうやら冒険者の投票結果発表が始まるというのは本当らしい。
何はともあれ実際に見るのが早そうである。
周囲の人間と同様に吾輩も街頭ビジョンを注視する。
『さてさて、今回の注目はもちろんこの人! 昨年の年間王者、
司会の男が言った通り、ひとりひとりの名前を読むのも難しいくらいのスピードで、リストアップされた人名が画面の下から上に向かって流れていく。
それから上位になるごとに長い時間を割いて順位発表がされ、10位辺りから演出も派手となる。
結局、司会の男の煽り文句の通り、常盤永久なる男が三月度投票で1位に輝いた。
加賀敏夫なる男は2位となっていた。
結果発表に立ち止まっていた人々は大いに沸き上がり、そしてしばらくすると通常の生活へ戻るため解散した。
これほど急に熱の冷める祭りというのも珍しいものだ。
「どこか落ち着いて話せる場所はないか」
捌けていく人波を見つつも、中年男性に問いかける。
「ほなあそこやな。ついて来てや」
言われるがままに男性の後ろをついて行く。
どうやら飲食店へと連れ込もうということらしい。
そこはガスバーガーという名の、パンに様々な具材を挟んだものを主に販売している店であった。
何がよいかわからなかったので、男性のおすすめを頼んでもらう。
注文後に適当に空いている席へと座って、少し前座となる会話をする。
洗脳の魔法を掛けた中年男性は名前を
この世界では日々の生活が忙しいため、先ほどのように一時的に盛り上がったあとに、サッと解散することもザラだという。
「さて、色々と聞かせてもらおうか」
出来上がった商品を持って戻って来た三郎に改めて問いかける。
「何が知りたいんや?」
「全部だ。まず、この国は何という名前だ?」
「日本や」
「ニホンか。この国に王はいるか?」
「うーん。難しい質問するなぁ。確かにおるのはおるけど、特殊な立場のお方やからなぁ……」
「なに? どういうことだ?」
それから吾輩は色々と聞き出す。
この国の通貨単位は『エン』ということや、四十七個の行政区画に分かれていること、ここが『カンサイ』という地域である等々である。
それからしばらくは『ハンバーガー』をお代わりしながら話を聞き続ける。
ある程度この国のことを聞いたところで、いよいよ吾輩は一番知りたかったことを聞き出す。
「この世界の冒険者とはなんだ?」
「そんなもん潜って屠れるスターに決まってるやろ!」
「潜って屠れるスター?」
吾輩の記憶にある冒険者といえば、お使いをしたり、護衛をしたり、討伐をしたりと多様な仕事をしている、言わば命がけの便利屋のような奴らだったはずだ。
それが『潜って屠れるスター』とは何とも記憶とかけ離れている。
『潜って』という部分に探検家としての冒険者と近いところがあるような気もしなくはないが、それとも合致はしないようである。
やはり、この世界の冒険者は独自の存在なのであろう。
「潜って屠れるということはダンジョンが存在するのか?」
ともかく吾輩の知っている知識とのすり合わせをしていく。
何でもよいから理解の取っ掛かりが必要である。
「あるで。ここと関東に一個ずつ。冒険者はそのどっちかに潜るんや」
「なるほどな……」
確かに言われてみれば、魔王たる吾輩ほど強い魔力は感知できないが、そこそこの魔力なら地下二ヶ所にあるのがわかる。
吾輩の思っているようなダンジョンで間違いなさそうだ。
となると、冒険者はダンジョンに潜って人々の生活を守っているのか?
しかし、そうなると吾輩の知る冒険者と大差ないことになるが。
「スターというのはどういうことだ?」
一番気になるところである。
確かに強い冒険者が人気者となることはあったが、あのように投票を大々的にするようなことはなかった。
活動を援助する支援団体を形成するくらいのものである。
「なに言うとんねん。冒険者はダンジョンでの戦いを見せることで楽しませてくれるエンターテイナーやん」
「うむ……詳しく聞かせよ」
そこから三郎が語った内容は、吾輩の常識とはかけ離れすぎた信じがたいものであった。
この世界の冒険者は人々からの依頼を受けて活動するような職業ではなく、ダンジョンに潜ってモンスターと戦う様子を映像で公開して人々を楽しませる職業なのだという。
そして、三月、六月、九月、十二月の三ヶ月おきに、その期間で楽しませてくれた冒険者は誰なのか投票をするのだという。
十二月には年間得票数による年間順位も同時に発表されるそうだ。
冒険者はその投票順位に応じた賞金が貰えるというシステムらしい。
「ワシの推しはもちろん
「推し?」
三郎は嬉しそうな笑顔を見せながら、少し前に『スマホ』という名前であると教えてもらった道具の画面を見せてくる。
そこには槍を構える女性の画像が映し出されていた。
腰のあたりまで伸ばした黒髪に、切れ長の目をしている。
鍛錬を積んでいるのか体躯のバランスは良さそうである。
昔戦ったことがある女騎士のような、いかにもプライドが高そうな雰囲気を醸し出している。
「これがワシの推してる冒険者の美咲ちゃんや。去年の年間順位は3位やったけど、女性冒険者では一番上やったんや」
どうやら『推し』とはお気に入りの冒険者のことを指しているようだ。
なるほど、投票をすると言っていたからにはこの国の人々には応援する特定の冒険者がいるのだろう。
ただ、画面に映る女性は『美咲ちゃん』というような年齢には見えなかったが、指摘して気分を害するのも可哀想なのでやめておく。
「あんたも推しの冒険者を見つけたらどうや?」
三郎がスマホを差し出してくる。
「これは?」
「冒険者の公式サイトや。冒険者の一覧も見れるし、投稿動画もここで再生できる。あと、投票もこのサイトでできるんや」
「ほう。便利なものだ」
表示されていた冒険者一覧を習った通りにスクロールして閲覧していく。
昨年の年間順位に応じて並べられており、上から三番目に曽根美咲が表示されている。
三十四歳か……。
それでも吾輩が今まで転移したことのある、どの世界の三十四歳よりも若々しく美しい。
三郎が夢中になるのも分からなくない。
「ほう……」
しばらく冒険者一覧を流し見していると、全冒険者349人の中でも下の方、340人目の女性冒険者に目が留まる。
周りの冒険者たちが着飾った写真や一生懸命にポーズを取った写真を載せているなか、その写真だけは普通の服装で正面を向いており、全く気取った気配がない。
よくわからないが心が動かされる。
「この女冒険者に会いに行きたい。どこにいる?」
「いやー、そこまではワシにはわからん。少し行ったところに冒険者の事務局があるからそこに行けば何かわかるんやないか?」
「そうか。色々と世話になったな三郎」
「いやいや、ええんや」
何か褒美をやりたいところだが、今の吾輩には何の手持ちもないな……。
「三郎、この恩はいつか返そう。では、さらばだ」
「きぃつけるんやで」
三郎に見送られながら吾輩は新しい楽しみの予感に突き動かされるようにガスバーガーを後にした。
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