第四章 幼馴染クライシス その5

 麻衣ちゃんが泣いてる。

 私を抱きかかえて、私のために泣いてくれている。

 ああ、私はなんて馬鹿なんだろう。

 麻衣ちゃんをこんなに悲しませるなんて。

 大事な親友を、一番大事な幼馴染を泣かせるなんて。

 そう言葉にしたいのに、身体が動かない。

 言葉が出てこない。

 そうしてる間も、麻衣ちゃんは私をずっと抱きしめてくれていた。

 ずっと私のために泣いてくれていた。

 抱き締められていた私の心に、温かいものが流れ込んでくる気がした。

 心が、温かいもので満たされる気がした。

 麻衣ちゃん。

 私の大好きな麻衣ちゃん。

 ごめんね、ありがとう。

 私の心を救ってくれて。

 私の心を温かいもので満たしてくれて。

 本当にありがとう。

 そこで目が覚めた。

「……夢?」

 ……なんて夢を見たんだろう。

 麻衣ちゃんを泣かせるなんて。

 でもきっと、あれは夢だけど夢じゃない。

 私の勘違いだったとはいえ、麻衣ちゃんを拒絶してしまった。

 それなのに、麻衣ちゃんは私の心配をしてくれた。

 あれは夢じゃなくて、本当に麻衣ちゃんは私のために泣いてくれたんだと、不思議とそう思えた。

 謝ろう。

 拒絶してしまったことを、恨んでしまったことを謝って、また仲良くしてと言おう。

 そう思って身体を起こそうとしたら……。

「ひぎゃあっ!!」

 全身を焼けるような痛みが襲った。

「い、痛いい!!」

 なにこれ?

 全身が痛い!

 私の声を聞いたお父さんとお母さんが、慌てて襖を開けて部屋に入ってきた。

 襖?

 え? なんで? ここ客間なの?

「絵里! 気が付いたのか!」

「大丈夫!? 絵里!」

「だ、大丈夫じゃない……なにこれ? 全身が痛い」

「えっと……あのね……」

 それからお母さんから聞いた話は、とても信じられないものだった。

 私が悪魔憑きになってしまったこと。

 その際、部屋の窓を壊してしまったので私の部屋が使えないこと。

 そんな私を、世間で魔法少女と呼ばれる人が助けてくれたこと。

 悪魔憑きになった人は、その後地獄の筋肉痛に苛まれることを教えてくれた。

 え、じゃあこれ筋肉痛なの?

 尋常じゃないくらい痛いんですけど?

「魔法少女さんは、明日になったら病院に行くようにって言っていたから、明日は病院に行くぞ」

「う、うん」

「本当にもう、心配させて……」

「ご、ごめんなさい、お母さん」

「それで? 筋肉痛以外は大丈夫なのか?」

「うん。特にそれ以外は」

「そうか。それなら今日はもうこのまま寝なさい」

「はーい」

 お父さんに言われて私はそのまま布団に横になった。

 お母さんの話を聞いて、私はちょっとだけ残念に思っていた。

 そっか、私を助けてくれたのは魔法少女さんなのか。

 麻衣ちゃんじゃなかったのかと。

 それでも、私はなぜか確信があった。

 私の心は今、前みたいな苦しい感情ではなく、温かいもので満たされている感じがしている。

 なんだか、心が救われたような気になっている。

 身体を救ってくれたのは魔法少女さんかもしれないけど、心を救ってくれたのはきっと麻衣ちゃんだ。

 そんなはずはないのに。

 お母さんは、魔法少女さんが私を抱きかかえて連れて帰ってきてくれたと言っていたのに。

 なぜか私の心を麻衣ちゃんが救ってくれたのだと、信じていた。

 なぜだろう。

 分からないけど、そんな確信があった。

 あ、でも、ちょっと待って。

 魔法少女さんは、なんで私の家を知ってたんだろう?



 翌日の朝、普段は魔法少女としてのエゴサーチなんてしないけど、絵里ちゃんの件がネットにバレていないかと思い、朝食を食べながら調べてみることにした。

 ママに行儀が悪いと怒られたけど、一刻も早く知りたかったからその小言を無視してスマホを見ていた。

 幸いなことに、昨日は別の地方で起こった悪魔憑きの事件のことがニュースになっており、絵里ちゃんのことは一切載っていなかった。

 そのことにホッとしたのも束の間、別の記事を見つけて朝食を食べている手が止まってしまった。

 そこには、昨日の深夜からあたしのことを悪く書いている記事に対し、擁護するコメントがあり、そこからその記事主との舌戦が繰り広げられたという記事だった。

 しかも、そこに記事主を応援する奴が現れたり、擁護している人をさらに擁護する人が現れたりと、ネット上が一時騒然としたと書かれていた。

 これ……絵里ちゃんのおばさんだよな……。

 あぁ、やっぱりこうなったかぁ。

 批判する側も擁護する側も、基本憶測でものを言っているので、結局結論なんか出ないしヒートアップするだけなんだよね。

 それが分かってるから、魔法少女にしては年増だの、今どきリアルであんな格好をしていて恥ずかしくないのかなどの批判的コメントにも一切反論してこなかったのに……。

 でも、これはおばさんの純粋な好意だからやめてくれって言うのもどうかと思うし、そもそもあたしが言うと、なんで麻衣ちゃんが? と疑われるかもしれないしなあ。

 スマホを見ながら苦悩していたら本格的にママに怒られたので渋々ネットサーフィンをやめて朝食をとる。

 そんなとき、スマホにメッセージの着信を知らせる通知音が鳴った。

 画面上に現れたのそ送り主を見ると、絵里ちゃんからだった。

 あたしは、再び朝食の手を止めメッセージを開いた。

「麻衣! いい加減にしなさい!」

「これだけ! 絵里ちゃんからだから!」

 ママにそう言いながらメッセージを開くと、そこに書かれていたのは、今日も学校を休むという連絡だった。

『ごめんね麻衣ちゃん。なんか、今日朝起きたら体中が痛くって……パパが仕事を休んで病院に連れて行ってくれるっていうから、病院に行くね。だから今日も学校はお休みします』

 そのメッセージを見て、あたしは「ああ、やっぱりな」と納得してしまった。

 あたしにはそのことが分かっていたけど、それを言ってしまうとなぜ知っているのかという話になるので、なにも知らない風を装って返事を返した。

『ええ!? 大丈夫なの!?』

 それだけ書いて送信した。

 そしてこれ以上スマホをいじっているとママが本気で怒るので、すぐに朝食にとりかかった。

「絵里ちゃん、なんだって?」

「なんか、今日も学校休むって」

「ええ? 大丈夫なの?」

「今それを書いて送ったとこ。もうすぐしたら返信が返ってくると思う」

「そう。でもあなたは先にごはんを食べなさい。返事をするのはそれからよ」

「はーい」

 ママとそんなやり取りをしているうちに、絵里ちゃんから返信が届いた。

『うん。なんか、すごく非道い筋肉痛みたいな感じなんだ。ちょっと身体を動かすのもしんどいくらい痛い』

「なんか、非道い筋肉痛みたいだって」

「そうなの……ママ、あとでお見舞いに行こうかしら?」

「いいんじゃない? あたしも帰りに寄ってみるつもりだし」

 そんな話をしていたが、あたしは早く返信をしたいので急いで朝食を食べて出かけることにした。

「それじゃあ、行ってきます」

 そう言って、家を出た。

 丁度そのときうちに着いた亜里砂ちゃんと挨拶をしたあと、あたしはすぐに絵里ちゃんに返事をした。

『それって大丈夫なの? 変な病気だったりしない?』

 それを送信したとき、向かいから敦史が出てきた。

「おはよう麻衣」

「あ、おはよー」

「朝っぱらから、なにしてるんだ?」

「ああ、絵里ちゃんから、今日も学校休むってメッセージが来たから、そのやり取り中」

「そうなのか……絵里、大丈夫なのか?」

「なんか、原因不明の筋肉痛らしくて、絵里ちゃんは大丈夫って言ってるけどね」

「そう……か」

 敦史も絵里ちゃんのことが心配なんだろうな。

 ちょっと声が落ち込んでる。

 なんとか元気づけてあげたかったけど、こういうときなんて言っていいか分からない。

 どうしようかと思っていると絵里ちゃんから返信が届いた。

『うん。本当にただの筋肉痛みたいなんだ。だから大丈夫だよ』

『そっか。それでも、ちゃんと病院で見てもらってね』

『うん、ありがとう』

 それで、絵理ちゃんとのメッセージのやり取りを一旦終了した。

「なんか、大丈夫みたいだけど、一応病院行くって」

「そうか、なんともないといいな」

「うん」

 いつもの騒がしい登校とは違って、今日は妙にしんみりしながらの登校になった。

 当然、いつもの場所に絵理ちゃんはいない。

 その場所を通り過ぎ、またしばらく歩いていると裕二が合流した。

 裕二は、いつもの様子ではなく、なんだか落ち込んでいるように見えた。

「どうしたの? 裕二」

 あたしがそう聞くと、裕二は若干泣きそうな顔になってこちらを見た。

「昨日さ、心配だったから絵理んちに行ったんだよ」

「あー、うん」

 あのあとか……ってことは。

「そしたらさ、絵理、具合悪くて寝込んでるって言われて、会わせてもらえなかったんだよ……」

 そりゃそうだろうね。

 悪魔憑きが浄化されたあと、気を失ってたんだもの。

「ああ! 本当に非道い病気だったらどうしよう!?」

 そう言って裕二は真剣に苦悩している。

 しょうがない、一応慰めてやるか。

「今さっきまで絵理ちゃんとメッセージのやり取りしてたんだけどさ」

「マジで!? なんて言ってた!?」

 うおう、裕二の食い付きが半端ない。

「ち、ちょっと非道い筋肉痛みたいで、大事を取ってもう一日休むってさ」

「筋肉痛!? なんで具合悪くて寝込んでたのに筋肉痛になるんだよ!?」

「知らないよ、そんなこと……」

 本当は知ってるけど。

「心配なんだったら、今日、学校が終わったらお見舞いに行く?」

「そうする。今日は誰になにを誘われても見舞いに行く!」

 凄く意気込んでいる裕二を見て、敦史もその意見に便乗してきた。

「そうだな。俺も、今日は生徒会を抜けさせてもらうか」

「え? 大丈夫なの敦史?」

「ああ。別に問題ない」

「じゃあさ、三人で一緒に行こう! なんか買って行った方がいいかな?」

 敦史のその台詞に、急にテンションが上がる裕二。

 やっぱりあたしたちは四人一緒じゃないとね。

 まあ、本当はあたし一人で行って、絵理ちゃんの心の闇っていうのを聞き出したかったんだけど、それはゆっくりでいいや。

 すぐに話してくれるとは思えないし、みんなでワイワイやってる方が絵理ちゃんの気も紛れると思うしね。

 こうして、あたしたちは授業が終わったらすぐに絵理ちゃんのお見舞いにいくことになった。

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