第三章 忍んでいないのは忍者じゃない、NINJAだ! その4

「おはよう、敦史」

 大騒ぎだった週末を終え、今日からまた学校が始まる。

 今日も迎えに来た亜理紗ちゃんと光二を見送っていると、向かいの家から敦史が出てきたので朝の挨拶をした。

 んだけど……。

「あ、あれ? 敦史?」

 挨拶をしたのに、敦史は険しい顔をしたまま返事を返してくれなかった。

 武道を嗜む敦史が、今まで挨拶を欠かしたことなんてない。

 けど、実際に今返事を返してもらえてない……。

 え? あ、あたし……なにかした?

 そんな不安に駆られていると、敦史は一旦後ろを向き、大きく深呼吸をしてからもう一度あたしを見た。

「おはよう麻衣」

 ようやく返事を返してくれた。

 けど……今のなんだったの?

「う、うん。どうしたの?」

「いや、別になんでもない」

「そ、そう……」

 うう……本当になんでもないんだろうか?

 今まで、あんな反応したことなんてなかったのに……。

 メッチャ気になるけど、なんでもないって言われちゃったし、これ以上追求するのも怖いしなぁ。

 そんなことを悶々と考えていたから、なんか変な雰囲気になっちゃって珍しく終始無言で通学路を歩いていた。

「麻衣ちゃん、敦史君、おはよ……どうしたの? 二人とも」

 途中で合流した絵里ちゃんも、あたしたちの妙な雰囲気を感じ取ったのか、会うなりどうしたのかと聞かれた。

「え? あ、いや。別になんでもないよ?」

「そうなの?」

 絵里ちゃんはそう言うと、敦史を見た。

「ああ、別になんでもない」

「そう、ならいいけど……」

 そうは言いつつも、ちょっと腑に落ちない感じだな絵里ちゃん。

 あたしもだよ……。

「そうだ、絵里ちょっといいか?」

「ん? なに?」

「いや、今日の放課後のことでな」

「ああ、委員の集まりね」

「そう。ちょっと頼みたいことがあってな」

「うん、いいよ。なに?」

「実は……」

 あ、また二人で難しい話してる。

 今話してるのは、クラス委員会議の話かな?

 あたしは、今まで一度もクラス委員なんてものに選ばれたことがないから、二人の話は全く分かんない。

 絵里ちゃんは昔から頭がいいし、優しくて面倒見もいいからよく委員長に推薦されてた。

 淳史にいたっては生徒会長だ。

 なので、あたしは二人の会話に入っていけない。

 それでなくても、淳史と絵里ちゃんが二人で話す内容は難しいことが多くて、二人が話し出すとあたしは蚊帳の外に追いやられた錯覚に陥ってしまう。

 なんか……やだな……。

 朝から淳史の態度は気になるし、絵里ちゃんと二人で話してるのを見てモヤモヤしていると、救世主が現れた。

「おーっす!」

「おっす裕二!」

 一人で勝手に疎外感を味わっているところに、同士が現れた。

 思わず大声で挨拶しちゃったよ。

「お、おう。なに? 朝からテンション高いな麻衣」

「そう?」

「なに? なんかいいことでもあった?」

「べつに?」

「なんだよー、俺にも教えろよー。仲間はずれは良くないぞー」

「だから、ホントになんでもないって」

 あー、裕二の相手すんのってホント楽でいいわー。

 裕二は基本バカだし、あたしも同じくバカだから気負わなくて済む。

 朝から憂鬱だった気分が一瞬で吹き飛んだ気がした。

 敦史と絵里ちゃんは、裕二に軽く挨拶したあと、また二人で話し始めてしまったので、あたしは裕二と二人で他愛もない話をしながら歩いていた。

 すると、裕二がこんなことを聞いてきた。

「なあなあ麻衣、今日暇?」

「今日かあ」

 あたしはそう言いながら、チラリと前を歩く二人を見た。

 裕二は生徒会に剣道部の部活もあるから基本放課後は一緒にいない。

 絵里ちゃんも、今日はなんか委員会があるみたいだし。

「特に予定はないなあ」

「じゃあさ、放課後カラオケ行かね?」

「お、いいねえ! しばらく行ってないから熱唱しちゃうよ?」

「おっけーおっけー、じゃあ放課後迎えに行くわ」

「分かった。けどなに? 急に」

「いやあ、今日遊ぶ予定だった奴が急な用事ができたって昨日連絡あってさあ。今日暇なんだよね」

「あたしゃ穴埋め要因かよ」

「いいじゃん、どうせ暇だったんだろ?」

「まあね」

「それに、幼馴染なんだからさ、たまには遊びに行こうぜ」

「まあ、それもそうだね」

 そう言いながらもう一度前を歩く二人を見た。

 昔は放課後よく四人で一緒に遊んでいた。

 それが中学に入った頃から、部活だの委員会だので一緒に遊ぶことが少なくなった。

 幼馴染なんて、そんなもんなのかな? なんて思いもするけど、朝は毎日こうして一緒に登校してる。

 仲が悪くなったわけじゃないから、たまには四人で遊びに行きたいなあ。

 そんなことを思いながら、登校し、学校に着くころには、カラオケで何を歌おうかな? なんてことを考えてた。 


 いつもながらに退屈な授業が終わり、ようやく放課後になった。

 授業が終わった解放感と、今日これから久々のカラオケに行くことで、あたしのテンションは密かに上がっていた。

「じゃあ、麻衣ちゃん。私、委員会に行くから今日は先に帰ってて」

「ん、おっけー」

「じゃあね」

「はーい、委員会頑張って」

 そう言って絵里ちゃんを委員会に送り出したあと、すぐに裕二が話しかけてきた。

「おーい麻衣、もう行ける?」

「おー、もう大丈夫だよ」

「そんじゃ、行こうぜ」

「うぇーい!」

 カラオケが楽しみすぎて、変なテンションになってしまった。

 そんなあたしを見て気になったのか、友達が話しかけてきた。

「あれ? 麻衣っち、裕二君とどっか行くの?」

 この子は、あたしをあの合コンに誘った子、由利ちゃんだ。

「んー、カラオケー」

「へえ……二人で?」

 ん? なんか変な目してない?

 あ……そっか。

 由利ちゃん、あたしが淳史のこと好きなんだって知ってるんだっけ……。

 それなのに裕二と一緒に遊びに行こうとしてるから、おかしいと思ってるのかも。

「まあ、裕二は幼稚園からの幼馴染だからね。一緒に遊びに行ってもおかしくないっしょ?」

「あ、そうなんだ。幼稚園から? 凄いね」

「まあね。ちなみに、淳史と絵里ちゃんもそうだよ」

「へえ! そうなんだ。なんかいいねえ」

 あたしが由利ちゃんと話しをしてると、裕二も会話に参加してきた。

「お、なんだったら由利も一緒に行く?」

「あー、行きたいのはやまやまなんだけど、今日は無理なんだー」

「えー、なに? デート?」

「えっへっへ。実はそうなんだ」

「うぇ!?」

 冗談のつもりで言ったのに、まさか本当だったとは!

 っていうか、彼氏いんのに合コン参加してたの?

「この前の合コンで知り合った大学生の人なんだけどさあ」

 おっと、あの合コンで彼氏ができたのか。

 でも、あの大学生の中から彼氏って……。

「え……それって大丈夫なの?」

「大丈夫って、なにが?」

「えっと……変なことされてない?」

「されてないよー。彼、すっごい優しいし。大学生で大人だから、なんてゆうか余裕? みたいなのあるし」

「そ、そうなんだ……」

 あたしにとっては最悪な思い出しか残ってないから、参加してた人みんなあの人みたいなんだと思ってたよ。

 そんなあたしの様子に気付いたのか、由利ちゃんは苦笑していた。

「あー、確かにあのとき麻衣っち、変なのに絡まれてたもんねえ」

「……あの印象しかないから、参加者みんなクズばっかだと思ってた」

「あー、あはは。そういえば、彼が麻衣っちに謝っといてって言ってた。嫌な思いさせてゴメンって」

「謝るくらいなら、最初から参加させないでよ……」

 アイツが参加しなければ、女子の人数が足りなくなることもなかったし、あたしもあんな目に合わずに済んだ。

 それに、ネルにあって魔法少女になることもなかったのに。

 あたしが愚痴をこぼすと、由利ちゃんは少し真剣な顔になった。

「例のあの人が幹事だったんだけど、まさか相手高校生なのに居酒屋予約してるとは思わなかったって。それに、まさかあんな態度に出るとは思わなかったらしいよ? 普段は大人しい人だって言ってたし、それに……」

 由利ちゃんは、そこで言葉を切ると小声で言った。

「ほら……例のアレの、最初の感染者らしいし……」

「あー……」

 ギデオンに取り憑かれた悪魔憑き。

 具体的な理由を知らない世間一般では、悪魔憑きになった人のことを感染者と呼んでいる。

 それにしても、そうか。

 普段からそういう人だから、ああいうことになったと思っていたけど、そうじゃないんだ。

 そういう願望があっただけってこと?

 それだと、誰がギデオンに取り憑かれてもおかしくないってことか。

「それにしても、麻衣っちはよく無事だったね?」

「え? あ、ああ。あたし、速攻で逃げて帰ったから……」

 思わず考え込んでいたところに、由利ちゃんから声をかけられたから、咄嗟に嘘を言ってしまった。

 ホントの事話すわけにもいかないし。

 由利ちゃんは、そんなあたしの嘘に納得した顔をした。

「そっかー。それじゃあもしかして、麻衣っちに逃げられたから暴れ出したのかもねー」

「あ、あはは。そ、そうかもねー」

 なんでズバリ言い当ててんのよ。

 由利ちゃん、怖っ。

「あ、そろそろ行くね。カラオケ、楽しんできてね」

「うん。由利ちゃんも、デート楽しんでね」

「はーい、裕二君もまたね」

「おう」

 由利ちゃんはそう言うと、さっさと教室を出て行ってしまった。

 さて、それじゃあたしたちもそろそろ行こうかと思っていたところで、裕二に声をかけられた。

「麻衣、お前……」

「なに?」

 その顔は凄く真剣だ。

 なんだろ?

 不思議に思っていると、裕二は凄く悔しそうな顔をしながら言った。

「……なんで俺も合コンに誘ってくれなかったんだ!」

「……」

「ああ! 俺も合コンしてえっ!」

「……はぁ」

 なんでコイツは、こんなに残念なんだろうなあ……。

「あたしだって別に参加したくてしたわけじゃないよ。由利ちゃんが女子の人数が足りないっていうから、人数合わせで行ったの。裕二が来たら、また女子足りなくなるじゃん」

「それもそっか」

 軽っ。

 さっきの真剣な顔はどこいったのよ。

「そんじゃ、そろそろ行こうぜ」

「……あー、そうね」

 はぁ、もう。裕二のことで深く考えるのやめよ。

 心配とか、同情するだけ損だし。

 とりあえず、今日はカラオケを楽しむか。

「あ、そうだ。俺も友達誘って合コンしよ」

「勝手にすれば?」

 そんな会話をしつつ、あたしと裕二はカラオケ店に向かうのだった。

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