第29話 女の子の声

「さて、やるぜえ」

「どれから行く?」


 ユキタカが訊ねる。


「オレちょっとアレ不安。時計」


とエジマ。


「ああ時計ね」


 カラセはじゃかじゃかと音を出す。時間のことではなくて、曲のタイトルのことだとハルはようやく気付く。


「んじゃアレ、一度通してみるか。どっか変?」

「あのサビからギターソロへつなぐ部分の、降りてくところのリズムがさ」


 こうだろ、とエジマはベースラインをどどどど、と示す。うん、とカラセとヤナイもうなづく。


「だけどさ、オレこの方がいいと思うんだけど」


 そう言ってエジマはほんの少し違うラインを示す。


「うーん…… よく判んねぇな…… あそこからやるか。サビのとこ」

「オレあそこからじゃきついって」


 ユキタカは顔をしかめる。


「じゃその4小節前から」

「OK」


 カウント4、でインストが4小節流れた。カラセのギター音はあまり歪んでいない。どちらかと言うと、良く伸びる系統の音だった。そしてヴォーカルが入る。その入る直前に、ユキタカが思いっきり息を吸い込んでいるのがハルにもまほにも判る。かなり彼にとってはぎりぎりの音域らしい。

 サビを歌い終わってインスト。単調なリズムでベースが降りていく。あ、こうゆう感じって好きだな、とまほは思う。


「……と、こうだったよな」

「うん」

「そこんとこを…… ってやりたいの」

「んじゃもう一度」


 同じ部分からもう一度、始まる。またあのやや苦しそうな声が聞こえる。


「うーん…… オレ前の方がいい」

「オレも」

「前の方がすんなり曲がつながるよ」


 だろうな、とハルも思った。サビの様子からすると、あんまり凝ったラインで行くより、あっさりと流してしまうほうが耳障りがいい。

 歌メロとギターのラインはそう悪くない。馴染み易いメロディだ。ただ、一歩間違うと「歌謡曲」だったが。

 そんな調子で、三曲を二時間かけて何度も繰り返した。



「どおだった?」


 カラセとヤナイは、解散後近くの茶店でハルとまほを前にして訊く。


「どおだったって……」

「良かった?」


 ハルとまほは顔を見合わせて、


「曲は…… 好きだなあ」

「うん」

「結構分かりやすいし」

「だあね。こんなんでしょ」


 まほはサビの部分をさらっと流した。ヤナイはほお、と言う顔になる。


「いい声だねえ」

「……」


 まほはむっとする。カラセは駄目駄目、と隣に座る友人をつつく。彼女が誉められるのが苦手というのは、この間でよく判ったから。


「何でだよ? だっていい声じゃん。オレそおいうのは嘘つかんのよ?」


 それはオレも同じだけどさ、とカラセも言いたかったが、


「正直に言いすぎるってよく怒られたけれどさ、おかげでハルさんの妹も最初はずいぶん泣いたよ?」

「へ?」


 ハルはいきなりその話題が出たので面食らう。


「最初なんて、誰だって下手じゃん」


 あ、ドラムのことか、と納得する。


「だけど負けるの嫌いだったからさあ、出来るまでやるのよ、あの子は」

「でしょうね」

「で、誉めると『だから言っただろ』ともの凄く得意気な顔になるのが良かったね」

「そうだったね」


 その点についてはカラセも同意する。だが彼はマホの話は打ち切りたかった。だが、ヤナイはそんなカラセの気持ちには関わらず続ける。


「いつぐらいからあの子やってたの? ドラム」

「去年の夏くらいからかな」

「へえ」

「それで秋の終わりくらいには結構上手くなってたよ。熱心だったからね」


 よくそんな時間あったものだ、とハルは思う。まほは何のことかよく判らない。ただハルの表情を追っていた。自分と同じ名の、おそらくは自分が身代わりにされているだろう彼女の本当の妹。


「どうしてあの子ドラム始めたんだろ……」

「あれ、知らない? お姉さんなのに?」

「うちはプライヴェイトって奴に異常に厳しかったの」

「ふーん」


 ヤナイは太い眉を寄せる。そして吸っていいか、と断ると煙草に火を点けた。横を向いて煙を吐き出すと、


「何か知らないけれど、時々苦しそうに叩いてたよ」

「苦しそう?」

「見た感じだからさ、どうにも言えないけれど」


 でかい手だ、とまほはヤナイにふと視線を移した時思った。


「そう突っ込んでいちいち聞く? 本人が言いたがらないこと」

「……」

「だからこれはオレの見た感じ。結構いつも細いスティックでぱらぱら、タム回しの難しいところとか聞きに来たりしていたんだけど、時々、何も言わずにただスタジオ借りて、太いスティックでひたすら8ビートの基本リズムを延々一時間叩いているようなことがよくあったから」

「あの子が」


 それでか、とハルは最初に「おまけ」で来たスティックが細いの太いの両方だったことを思い出す。


「そう」

「あのさあ、ここでその話はもうよしとこうよ。ねえまほちゃん? 他の曲も歌える?」

「うーん…… うろ覚え」

「オレまほちゃんの声好きだけどなあ」

「……」

「だーかーらー、んー…… 時々オレとヤナイだけで合わせるような日があるんだけど、そんときにちょっと歌ってみない?」

「え?」


 今度はハルの方が問い返す。


「何で?」

「うーん…… 時々思うんだけどさ…… うちの曲って、曲はいいって言う人多いんだけど」


 口ごもるカラセにヤナイが引き継ぐ。


「もしかしたら、女の子の声の方が合うような曲なのかもしれないかなって思う時もある訳よ。もちろん、んなことユキタカには言えないけどさ」

「別にあいつが悪いって訳じゃあないのよ? ただ、合ってない曲作っているんだったら、オレも方針変えなきゃならないでしょ」

「合う曲を作るの?」


 ハルは訊ねる。そう、とカラセはうなづく。そういうものだろうか、とハルは首をかしげる。


「どうする? まほちゃん」

「あたしはいいけど」

「そう言ってるけどね」

「ありがたい」


 顔一杯に笑みをたたえ、ここはオレがおごるね、とカラセは伝票を掴んだ。基本的にハルはおごられるのは嫌いだが、こういう際ならまあいいか、と思った。

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