第17話 12月31日
ドライヤーを買い終えた俺たちはすぐに1階に降りた。
今日の目的は主に日用品や食材の買い物。鞄の中にはエコバッグが畳んで入れてある。
列になっているカートを一つ抜くと、少し離れたところにあるカゴを彼女が持って来てくれた。
買い物の準備が終わると最初に日用品売り場に向かった。
「何がなかったっけ?」
日用品売り場に来たものの、ドライヤーと鍵のことばかり考えていて、何がなかったか忘れてしまった。
1人で頭が悩ませていると、横にいる彼女がポケットから小さく折られた紙を取り出した。その紙を広げると、箇条書きで書かれた彼女の字が出てきた。
「えーっと、ボディーソープとティッシュペーパー、ラップですね」
「そうだった。村上さんありがとう」
彼女に礼を言いながらそれらがあるところに向かった。
ボディーソープ置き場に来ていつもの安い商品を手に取る。それをカゴに入れる前に手を止め、横に立っている彼女の方を見る。
「今使っているものでいい?」
「どうして私に聞くのですか?」
「一応ね、体に合ってないものを使うとかぶれたりする人がいるらしいから」
あまり見ることはないが、商品の説明欄に注意事項として書かれている。かぶれや肌荒れなどが起こるらしい。安いものだから仕方がないのだろうけど。
「私は大丈夫ですよ。シャンプーとかも今使っているもので構いません。・・・あの、コンディショナーも買ってもいいですか?」
コンディショナー?なんだっけそれ?と、普段使わないものだからそれがなんなのかすぐに思い出せなかった。
「あ、コンディショナーね。いいよ、好きなの持って来て」
「わかりました」
そう言って普段見ない棚の方に歩いて行く。俺はついて行くことなくその場で待つことにした。
棚を上から下に見ていく彼女は、棚の真ん中あたりで顔の動きを止めた。その視線の先の商品を手にすると、まっすぐ戻って来た。
「カゴに入れて」
カートまで戻って来た彼女にそう言うと、頷いて持って来た物をカゴに入れた。俺は値段など気にせず、次の場所にカートを押した。
ティッシュペーパーとラップを入れ、俺たちは食品コーナーにいた。
年末ということで、食品売り場はかなり混んでいた。いつもの二倍?はいるだろう。特にオードブルが用意された場所に人が群がっていた。
しかし、俺らはそれを買うつもりはないのでスルーする。
鶏肉から始まり、牛乳、卵と着実にカゴに入れて行く。
「そういえばパンもなかったよね?」
「はい、私が食べたのが最後でしたから」
彼女に確認を取りながらパンのコーナーに向かう。
オードブルのある場所から離れたコーナーはそれほど混んでおらず、スムーズにカートを動かせる。
食パンが大量に陳列された場所に着くと、いつも買っている安い6枚切りを二つ入れる。
「あとは刺身と野菜類だな」
買う物を確認してカートをそちらに向けたとき、後ろから彼女以外の誰かに名前を呼ばれた。
「晴太くん?」
とても聞き覚えのある・・・いや、昨日も耳にした聴き慣れた声に俺は振り向く。
真後ろではカートにカゴを二つ乗せて、軽く手を振っている美智子さんが立っていた。
彼女は俺だと確信を持つとカートを押してやって来た。
「晴太くんも買い物に来てたんだ」
「美智子さんこそ、よくここに来るんですか?」
「たまにね。いつもは商店街で買い物するんだけど、みんな休んじゃってて仕方なく」
「そうですか、商店街の店もほとんどが自営業ですからね。年末は仕事したくないですよね」
美智子さんといつもしているような雑談をしていると、俺の横にいる村上さんの方に目がいった。
「それで晴太くん、こちらの女性は?」
会話の輪から外れていた村上さんはその質問に困惑した顔をした。
俺たちの関係を他人に説明するのは難しい。恋人でも家族でもない他人、そんな人と一緒に買い物に来ているのだ。
村上さんにカゴの一つでも持たせていれば、買い物途中に出会った知人で通せたかもしれない。
しかし彼女は手ぶら。カートは俺が持っているし、買ったドライヤーもカートに掛けている。
あまり嘘をつくのは好きではないが、こういった場合は仕方がない。
俺は彼女の顔を見ながら紹介した。
「美智子さん、こちらは俺の姉の幸です。で、この人は俺のバイト先のオーナーの美智子さん」
村上さんはその嘘を耳にして俺をチラッと見た。しかしすぐに美智子さんの方に視線を戻した。
「初めまして、秋原幸です。弟がお世話になってます」
「瀬戸美智子です。こちらこそ、晴太くんにはよく助けて頂いています」
親と教師の初顔合わせの時のような挨拶が目の前で交わされる。
本当の姉のような態度で対応する村上さん。その嘘を嘘と思わせない演技に、美智子さんは完全に信じ込んでいるようだ。
「晴太くんにお姉さんがいたなんて知らなかったな」
「言っていませんでしたから」
言っていないのではなく、いないのだから話題に出るわけがない。
「お姉さんさんは今、晴太くんの住んでいるマンションに?」
「はい、そうです」
「仲良いんだね」
自然と笑顔を作る美智子さんに対し、村上さんは作り笑いを返す。その笑顔はどこかぎこちない。
「それじゃあ晴太くん、またね。良いお年を」
「美智子さんこそ、良いお年を」
互いに手を振りながら、美智子さんは俺たちが来た方向にカートを押して行った。
「「ふぅ〜」」
俺たちは風船の空気が抜けたように息を吐いた。
「ごめんなさい、知り合いに嘘をつかせてしまって」
「しょうがないよ。それに、いつかはつかないといけなかった嘘だから」
一緒に出かけていれば、いずれはこうなると思っていた。早かれ遅かれつかないといけない嘘を今言ったに過ぎない。
「それより買い物を続けようか」
「そうですね」
美智子さんの姿が完全に見えなくなったあと、彼女とは逆の方向に向かった。
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