高校生の俺が24歳の社会人を拾った話

加藤 忍

第1話 12月24日

 冬の寒い町ではいつものようにイルミネーションがキラキラと光輝いている。しかし今日に限ってその光は一段と強さを増す。


 12月24日、カップルのほとんどが一緒に過ごして、イチャつく夜。それを見て妬んだり、愚痴を言ったりする人が増える日でもある。


 俺もどちらかと言えば後者だ。彼女はいない。一緒に過ごす人もいない。


 だから今日もいつもお世話になっている喫茶店の運営に力を貸している。


晴太せいたくん、このトレーの品を5番テーブルに」


「わかりました。5番ですね」


 カウンターの前で注文の品を準備している女性オーナーの美智子みちこさんからトレーを受け取ると店の奥のテーブルに向かった。


 この店のテーブル席には入り口から順番に番号が振られている。カウンター席が8つ、テーブル席が6つ。決して大きな喫茶店ではないが常連さんが多く、それなりに繁盛している。


「お待たせしました。ホットコーヒー2つとチョコレートケーキ、本店限定の愛のミルフィーユです」


 5番テーブルに座る俺より年上のカップルに商品名を言いながら品を置いていく。男性がチョコレートケーキ、女性がミルフィーユらしい。


 本店限定の愛のミルフィーユはパン生地がいちごと抹茶で層を作っていて、上には生クリームとハート型のチョコレートが乗っている。


 美智子さんと俺で考えた今時インスタ映えしそうな商品。メニューに入れて一週間ですでに100個も売れたらしい。そして今日もその記録を更新し続けている。


「すみませーん、お会計いいですか?」


 出口近くのレジに立っている男性の声が聞こえる。


「はーい、ただいま」


 テーブルに2人の注文したものが分かるようにレシートを置く。


「ごゆっくり」


 軽く頭を下げてレジの方に向かった。


「お待たせしました」


 レジに立つと会計皿に注文が書かれたレシートが置かれていた。そのレシートを取ってレジに打ち込む。


「ホットコーヒーとカフェラテ、チーズケーキとカップケーキで1270円になります」


 目の前の男性に伝えると男性は財布から1500円を出した。それ以上出さないと分かるとそのお金を会計皿から取る。


「それでは1500円からお預かりします・・・230円のお釣りです、ありがとうございました」


 カップルが出ていくまで頭を下げていると美智子さんが呼ぶ声がした。


「晴太くん、外の看板を反対にして来て」


「わかりました」


 レジの横を通り店を出る。



 外は凍えるほど寒く、店の中とは比べものにならなかった。


「さぶっ!」


 早く店に戻りたい一心で店のドアにかけられたオープンと英語で書かれた木に看板を裏返す。クローズになったことを確認して店に戻る。


 この喫茶店の運営時間は朝の9時から夜の8時まで。朝と夜はそれなりにバタバタするが、昼間は近所のママさん達が集まるだけで人は多くない。むしろ空っぽに近い。


 店を閉めた今、残っている客から追加注文がない限りはレジのみなので店に入ってレジの前に立って時間を待つことにした。




「ありがとうございました」


 最後のお客様が出て行くと店はさっきの賑やかさとは一変して静寂になる。聞こえて来るのは美智子さんが使われた食器を洗う水の音だけ。


「今日もお疲れ様、テーブルの台拭いてくれる?」


「はい」


 お湯で濡らしたナフキンを美智子さんがカウンターに置いてくれたのでそれを受け取ると奥のテーブルから拭いて行く。吹き終われば店の奥からモップを持って来て床を綺麗にする。集めたゴミは掃除機で吸い込む。その間に彼女はキッチンを綺麗にしていた。


「晴太くん今日も助かったよ」


 そう言いながら彼女はトレーの上にコーヒーと今日が期限であろうケーキを二つ持って来た。ショートとチーズ、どちらも美味しそうだ。


 彼女はこうして時々まかないを出してくれる。彼女は1人暮らしでこの店の二階に住んでいる。1人だと寂しいから、と俺をこの店に留めることもしばしば。そんな自称20代の女性だ。本当の歳は知らないが30はいっていないだろう。



「好きな方を取っていいよ」


「ではチーズの方をいただきます」


 俺たちはカウンター席の揃って座った。彼女が持って来てくれたトレーからコーヒーとチーズケーキを寄せる。彼女はそのままトレーを目の前に置いた。


「晴太くんももうベテランだね」


 彼女はショートケーキを一口入れながらそう言った。


「そうですか?」


 俺もコーヒーを飲んだあと言葉を返す。コーヒーは苦く、でもミルクや砂糖がなくても十分美味しかった。


「そうだよ、半年前に来た時は接客がぎこちなくて、大丈夫かなって心配してたんだから」


 昔を思い出しながら彼女は頬を緩める。


「そんなこともありましたね」


 そんな彼女の言葉に笑って返す。


 半年前、高校2年の夏休みの初めにここのバイト募集の紙を見てバイトを始めた。面接は美智子さんの質問1つで終わった。


「面接で一番最初の質問が「お金欲しい?」って言われて「はい」って言った後に合格とか言われた時の驚きは今も忘れませんよ」


「だって本当に人が足りなかったし、募集の紙を出したあとなかなか人来なくてもうダメかもって思ってた時に晴太くんが来てくれたからもうこの子でいいやって思ったんだもん。質問なんてもうどうでもよかったし」


 彼女の暴露話に苦笑いが出る。あの質問に本気で考えていた俺がバカらしくなってきた。


「でも良かったの?実家に帰らずクリスマスをバイトに使っちゃって」


「いいですよ、両親もそこまで帰って来いとは言いませんから。正月も帰るかどうかはまだ決めてませんし」


 会話をしているとケーキはあっという間に姿を消した。今日の夕飯はケーキだけでいいかなとも思うが流石に足りないだろう。


 時間を見るともう9時を過ぎてもうじき10時になろうとしていた。会話もいいところで終わっているので切り上げることにした。


「そろそろ帰ります。夕飯も作らないといけないので」


「そっか、もうそんな時間なんだ。食器は私が洗っておくから着替えて来て」


「ありがとうございます」


 彼女の気遣いに甘えて食べた皿を置いて俺は更衣室に向かった。



 更衣室のロックカーは3つ置かれているが俺しかいないので他は空になっている。


 着慣れたタクシードに似た上下黒い服を脱ぐと私服に着替え、中に入れていたショルダーバックをかけると更衣室を出た。


 出る前に店の方に顔を出した。


「美智子さん、お疲れ様でした」


「お疲れ様、おやすみ」


「おやすみなさい」


 挨拶を終えると店員用の裏出口から店を出た。外は看板を裏返すとき以上に冷え込んでいた。店の周りは寒さのせいか人通りもかなり減っている。


 時給1000円とわりと高い給料をくれる喫茶店ルミナスから徒歩15分ほどで俺の住んでいるマンションに着く。


 いつも帰る見慣れた住宅地はほとんどが電気を消していて、唯一の明かりが電灯だけだった。


 懐中電灯を持っていない俺は電灯の明かりを頼りにマンションに向かっていた。


 そんなとき、2つ前の電灯の下に黒い塊が置かれているのが目に入った。目を凝視するが動いている様子はない。


 あまり気にせず近づくとそれが足を抱えて座っている女性であることがわかった。こんなに寒いのに短いスカートから足を出して、スーツの上には何も羽織っていない。


 何か変なことに巻き込まれる気がした俺は早足で女性の前を通りすぎることにした。相手は他人。俺には関係ない。


 そう思いつつも少し通り過ぎてから足が止まる。自分の中の善意が見捨てるなと言ってくる。声をかけろと訴えてくる。それは次第に彼女を無視するという考えを完全に打ち払ってしまった。


「はぁ」


 星の見えない空を見上げて息を吐く。口から白い煙のようなものが出て来て、次第に消えて行く。


 俺は振り返り女性の前に立った。


「大丈夫ですか?」


 女性の肩を軽く叩く。スーツは完全に冷えている。少し触っただけなのに手の先が凍りそうになる。この人はいつからここにいるのだろう?


 女性は顔を上げず、自分の足をさらに寄せた。


「放って置いてください」


「そう言われてもな〜・・・」


 そうですか、と言えるなら最初から声をかけないだろう。放って置けないから声をかけたのだから。


「お姉さん、ずっとここにいると凍え死ぬよ?」


「それでもいいです」


「・・・」


 かける言葉が出てこない。なんて声かけてもこの女性は動こうとしない気がした。警察を呼ぶべき?呼んでどうにかなるのか?


「お姉さん、家はどこ?」


「・・・ないです」


「職場は?」


「・・・ないです」


「・・・」


 家はない、職場もない?この人ってどうやって生きて来たの?そんな疑問を目の前の女性にするのは今はダメだろう。多分色々追い詰められているのだろう。そんな人をさらに暗い思いにさせたくない。


 どうする?どうすればいい?


 頭の中で必死に考えた。勉強でもバイトでも使ったことのないぐらい頭を回転させる。そして出た答えは1つだった。


「家に来る?」


 社会人の男性が夜中に1人でいる女子高生と出会うシュチュエーションは漫画や小説で読んだことがあるし、実際に起きている事例もある。じっくり考えたがやはりこれは・・・。


 自分でどうなんだろう?と思いつつも女性の反応を待つ。


 すると女性はゆっくりと伏せていた顔を上げた。目は赤く腫れ、鼻筋には涙が流れていたようで水気が残っている。顔を上げた女性はとても整った顔立ちをしていた。


 女性が反応したのでそのまま話を続けることにした。


「俺、マンションで1人暮らしなんだ。だから、まぁ良ければ来る?」


 俺は少ししゃがんで女性に手を差し伸べる。女性は顔を晒したが何も言わずに俺の手を握った。

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