尹緯1  豪傑宰相    

尹緯いんい。字は景亮けいりょう天水てんすいの人だ。

若い頃から大志を抱いており、

家の仕事には見向きもしなかった。


身長は 190cm 近くにもなり、

その長身を支えるだけの、

イカツイ体つきをしていた。

豪快にして豪壮そのものと言った

性格だったが、一方では読書も好む。


特に史書で、列伝のうち宰相が

立身出世を遂げるシーンに至ると、

本を閉じ、毎度嘆息していたという。


356 年、尹氏は苻堅ふけんの支配下にあったが、

族人の尹赤いんせきが苻堅と対抗していた

姚襄ようじょうに降服してしまったため、

苻堅のもとにいた尹氏はみな

禁錮処分とされ、立身の道を断たれた。


そのため尹緯はだいぶ歳が行ってから

ようやく吏部令史にまでなったのだが、

なにせ、その性分は明らかに豪傑。

上役である吏部郎たちにとっては

たまったものではない。

忌避されるようになっていった。


383 年近くになると、怪しげな星が

突如ふたご座近くに現れる。

「王者が忌むことが起こる」前触れである。


これを尹緯、苻堅の敗北が近いと読んだ。

そして凄まじく喜ぶのだが、

ややもすると今度は天を仰ぎ、いきなり泣く。


情緒不安定にもほどがある。

なので側にいた友人の桓識かんしきは、

いったいどうしたのだ、と尋ねた。


尹緯は答える。


「天の兆しからすれば、

 新たな覇王の勇躍のときが近い。

 ならば、このおれが覇王を助ける日が

 近づいてきた、ということだ。


 しかしそれは、おれに苦難が降りかかる、

 ということでもある。

 怖いのだ、苦難に挫け、わが才を

 活かしきれなくなるのが。


 だからいま、おれの胸中には

 喜びと恐れがないまぜなんだ」




尹緯,字景亮,天水人也。少有大志,不營產業。身長八尺,腰帶十圍,魁梧有爽氣。每覽書傳至宰相立勳之際,常輟書而歎。苻堅以尹赤之降姚襄,諸尹皆禁錮不仕。緯晚乃為吏部令史,風志豪邁,郎皆憚之。堅末年,祅星見於東井,緯知堅將滅,喜甚,向天再拜,既而流涕長歎。友人略陽桓識怪而問之,緯曰:「天時如此,正是霸王龍飛之秋,吾徒杖策之日。然知己難遭,恐不得展吾才志,是以欣懼交懷。」


尹緯、字は景亮、天水人なり。少きに大志有り、產業を營まず。身長八尺、腰帶十圍、魁梧にして爽氣有り。書を覽、傳の宰相の勳を立てたる際に至れるの每、常に書を輟じては歎ず。苻堅の尹赤の姚襄に降ぜるを以て、諸尹は皆な禁錮し仕えず。緯は晚きに乃ち吏部令史と為り、風志は豪邁にして、郎は皆な之を憚る。堅の末年、祅星の東井に見ゆるに、緯は堅の將に滅ばんとせるを知り、喜び甚だしかれど、天に向いて再び拜さば、既に流涕し歎ぜること長し。友人の略陽の桓識は怪しみて之に問わば、緯は曰く:「天時、此くの如きなれば、正に是れ霸王が龍飛せるの秋にして、吾れ杖策の日に徒らん。然れど己が難に遭ぜるをも知り、吾が才志の展ぜるを得ざるを恐らば、是を以て欣懼交ごも懷きたる」と。


(晋書118-31_術解)




キャーイケメン! イケメンよっ! きおつけて、近付いたらはらまされてしまうのだわっ!!!(錯乱)


あ、はい。有事には凄まじいリーダーシップで引っ張ってくれそうですが、平時には近づきたくないですね。断固として。

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