第20話 感情とお友達になる

 部屋に帰ると、天使はふてくされた表情で、2ℓのコーラを飲んでいた。駅前で買った美味しそうなタルトをテーブルに並べる。すると、急に天使はボロボロ、涙を流した。

 「もう、あのクソ親父ったらないわよ、まったく!」

「どうしたのよ、あんたらしくない」

「ママ、聞いてよ。あの親父、自分が神様だと思って、いい気になってるのよ。自分が一番偉いとでも思ってるんじゃないの?」

と憤り、地団駄を踏んだ。

 「まあ、神様なんだから一番偉いのは仕方がないんじゃない。それより、どうしたのよ?」

 私はお皿の上のタルトをフォークで小さく切り分ける。そっと口に運ぶと、甘さがじんわり広がっていく。思わず笑みがこぼれてします。

 ところが、天使ときたらそれを鷲掴みにすると、一息に口の中に突っ込み、もぐもぐと口を動かした。

「あら、ママ。なかなか美味しいじゃない?」

と言って、ペットボトルのコーラで口をゆすいだ。

 「とにかく聞いてよ、ママ。神様ったらさ、私に何をやってんだ、もっと早く仕事をしろ~、早く帰ってこい~って言うわけ。こっちだって、一生懸命やってるって言うの!ただ、お客様の出来が悪いから仕方がないじゃないの。ねえ?」

と言って、私の顔を覗き込む。

「なっ…、何よ?」

 私が悪いとでも言いたいのだろうか?

「いいですか?ママ、アタシの役割を覚えてる?」

「天使の役割?」

「そう。アタシの役割よ」

「ママを幸せにすること?」

「そうよ。わかってるじゃない?」

 私は小さくうなづいた。

 「それなのによ」

「それなのに?」

「それなのに、あんたは全然幸せのきっかけをつかんでくれない!全身から不幸な香りをプンプンさせちゃうのよ、もう!」

 私は怒りに震えた。せっかく買ってきた美味しいタルトを一口で食べやがって!そのうえ、全身から不幸の香りってなによ?

 でも、私は成長している。そんなことで怒ったりはしない。

 「まあ、確かに今は不幸の香りを漂わせてるかもしれないわね。でも、私は変わるから。変わってみせるから」

天使の挑発に乗らなかった私を面白く思わなかったのか、天使はつまらなさそうに口を尖らせた。

 「なんだか、あんたらしくないわね。そんなまともなことを言っちゃって。すぐに感情的になるつまらない女だったのよ。そのうえ、不幸って顔に書いてあるような表情をしてさ。周囲に結界を張る不幸女ね」

 そこまで言われても、私は自分を責めたりなんかしなかった。確かにそうだった。私はそういう女だった。

 「子供のありのままを受け入れるなら、まず自分を受け入れることだよ」と教えてくれたのも明美さんだった。自分を客観視する。怒ってる自分も、悲しんでいる自分も、そのまま素直に受け止めてみる。すると、少しだけ冷静にいられるのだった。

 「やるわね、あんた」

と天使が言った。コーラを一本飲み干すと、冷蔵庫からまた新しい2ℓ入りのコーラを取り出した。「グビグビグビ」と飲んだ後で、「ゲフ~~~」と大きなゲップを吐き出した。

「そうやって、自分の感情を素直に受け入れることって簡単じゃないわ。でも、感情さんと友だちになって初めて人間って前に進めるのよ」

「感情さんと友だちになる?」

「そういうこと。今アタシは悲しいの、今アタシは怒ってるの、って自分の感情とおしゃべりするのよ。客観的に自分を観察してくれるもう一人の自分をそばに置いておく感じね」

 私はうなづきながら、フォークをタルトに伸ばした。いつもカリカリしている自分。いつもイライラしている自分。確かにそうだ。誰も私の気持ちなんてわかってくれないんだ!って一人で苦しんでたんだ。

 「どうしてあの子は私と話をしてくれないんだろう?」

 翔也が私にだけ心を開いていないように感じていた。それは、翔也の問題だと思っていた。

 でも、そうじゃない。それを選んでいるのは私だ。私が彼にそうさせているのだ。私がまず、私を丸ごと愛そう。

 

イジワルな天使の教え10

 『自分の感情とお友だちになってみる』

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