第17話 子どもに育てられている

 気がつくと、親機の点滅は消えていた。続いて、リビングの扉が開いた。翔也が顔を出す。彼は、

「明日、葉山先生がウチに遊びに来たいって。いい?」

と恐る恐る尋ねた。そうか、あの電話は先生だったのか。私は晴れ晴れとした気持ちになって、

「あら、いいわよ」

と答えた。

 私の声のトーンが一段上がったのを察して、一瞬怪訝な表情を見せた。

「あのさ、俺、先生が来たからって学校には行かないからな」

と言い残し、扉は閉じられた。

 私はまた、ガッカリした。先生が来てくれたら、翔也は学校に通うようになるのではないか。そんな期待をしている自分がいた。

 その様子を天使は黙って眺めていた。

 「ほら、あんた、また期待してる。そして、勝手に裏切られたと思ってガッカリしてる。学校に行ったって行かなくたって、あの子はあの子」

「わかってるよ。わかってるけど、そんなに簡単じゃないよ。頭ではわかっってても、心が反応しちゃうんだ」

「そうだよね。いいのよ、それに気づいてさえいれば」

天使が私の傍に立って、手のひらを肩に載せた。

 その手が温かくて、私の心は少しだけ落ち着きを取り戻す。「心が反応しちゃう」とつぶやいて、なんだか不思議な気持ちになった。

 私は私すらコントロールできないのに、いつも子どもたちをコントロールしようとしていたんだった。

 「人間は急には変われない。少しずつ少しずつ変わっていくの。子どもを育てているようだけど、反対よね。子どもに育てられているのよ」

「子どもに育てられている?」

 天使は隣に腰掛けて、私のスマホの写真をイジった。

「そう。子どもを育ててるとさ、いろんなお試しごとがやってくる。イライラしたり、心がザワザワしたり、迷ったり悩んだり。そういうものを通して、アタシたちは成長していくのね」

 そうつぶやくと、柚月が生まれた日の写真が、スマホの画面に映し出された。その横では、翔也が誇らしげな顔でピースサインを送っていた。

 「少しずつ少しずつ、親として成長していけばいい。子供たちに育ててもらいながら、本物の親になればいいのよ」


イジワルな天使の教え9

 『子どもを育てているようで、実は子どもに育てられている』

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