第13話 若き見習い三人組 弐の巻

 

「馬鹿野郎!」


 野営地の夜空の下、上官からの拳はアンジェリカの頭上に落ちた。


「お前ら学生はもしもの場合は逃げろと指示を出していた。なのに敵部隊を壊滅させた?死にたいのか!」

「アタシは勝ちました。だからこうしてこの場にいます!」

「なら後ろにいる連中の怪我はなんだ!」

「それは……」


 マリウスは自分の隣に並んでいる学友達を見た。

 騎士育成学校から動員された自分達の役目は前線への補給物資の運搬だった。

 荷物を持って歩き、護衛は正規の騎士達がしてくれる。そう難しい任務では無かった。


 問題があったのは公国の暗部連中に補給ルートがバレて奇襲をかけられた事だ。

 通常であればあの場合の敵の目的は補給物資運搬の妨害だったので、逃げる兵相手に追撃はしてこない。

 もしもの場合は逃げればいい。そう説明されていたが、アンジェリカは剣を抜いて立ち向かった。


 最終的には物資の運搬に成功して敵の部隊を倒す事が出来たが、戦闘に巻き込まれた他の学生は怪我をしてしまった。

 ディルも浅い傷があるし、マリウスも額に包帯を巻いていた。

 この二人の怪我は傷ついた仲間を守るために出来た名誉の負傷だったが。


「すいませんね上官殿。この猪女には俺からキツく言っときますから」

「マリウス・シルファーか。お前は撤退の時に見事な指揮だったらしいな。……俺は次の任務がある。任せたぞ」

「ありがとうございます」


 上官の男に頭を下げるマリウス。

 その顔に免じてとりあえず許してもらえた。

 見習い相手に時間をかけている程暇ではないので、男は作戦会議をしている天幕へと消えた。

 その場にいた学生達は疲れた顔でそれぞれのテントへ戻る。


「……なんで謝るのよ」

「このままだとお互いに平行線だっただろうからな」


 強がってはいたが、目の端に涙を浮かべていたアンジェリカの頭を乱暴に撫でるマリウス。


「実際、俺らの前に出てきたのは公国でも上位の連中だろうよ。ディルがいても苦戦したんだからな」

「それは私を買い被り過ぎじゃないかな?」

「あれ以降負け無しのテメェに言われたくねーよ」


 敗北をバネにして鍛え上げたディル・マックイーンの実力は王国でも最上位に位置する。

 そんな彼に手傷を与えたのは間違いなく実力者達だった。

 アンジェリカがレッドクリムゾンの娘、ディルがマックイーンの後継者だと知ると迷う事なく襲ってきたからだ。

 情報が漏れていたのかもしれない。


「殺らなきゃ死んでたのは俺らだ。だから戦ったのは間違いじゃねぇ」

「なら謝る必要なんて、」

「だけどお前が前に出過ぎて部隊に余計な被害が出たのは事実だろ。俺ら三人以外なら逃げれた」


 ディルもアンジェリカもプロや大人達相手に引けを取らない。マリウスだってかなり頑張れている方だ。

 しかし、それ以外の生徒はまだ学生の域を出ない未熟者。烏合の衆に近い。

 剣は握れても人の死や命のやり取りに慣れていない。

 だから最後まで慎重に協議されて動員されたのだ。

 それを理解出来ない彼女では無いだろうが、沸きらないのも事実だ。


「汗臭いから水浴びでもしてこいよ。明日も一日中動き回るだろうしよ」

「……わかったわよ」


 これで頭も冷えてくれたらいいのになぁ、とアンジェリカを見送ったマリウスは自分の寝るテントに戻る。相部屋になっているディルは剣の手入れをしだした。


「なぁディル。この戦争ってどうやったら終わるんだろうな?」

「相手が降伏するまでだね」

「どうしたら降伏してくれるんだろうな」

「んー、一番偉い奴を捕虜にするとか敵軍を全滅させるとかだろうか」

「前者の方がマシだな。後者は犠牲が大き過ぎる」

「そうだね。なんとか前線を突破して敵陣営を突き抜けて公国の城に攻め入らないと」


 先は遠そうだとため息を吐きながら、マリウスは簡素な寝床に横たわり目を閉じた。

 全くクソったれな時代だと呆れながら。








「何人死んだ?」

「さぁ?数えたくないね」


 戦況は膠着状態に陥った。

 ガルベルト軍の優勢に代わり無かったが、いまいち敵の本拠地へ攻め入れない。

 足を引っ張るのは敵軍のゲリラ部隊。公国暗部と呼ばれる少数精鋭があちこちで奇襲をかけていた。

 それに連中は川や井戸に毒を流したり、村々を襲っては非戦闘員を虐殺していた。


 とはいえ、敵の暗部は戦況を大きくひっくり返すだけの力は無く、いたずらに被害だけが増えていた。

 マリウス達の同期で戦争に動員された仲間達も既にそれなりな数が死んだ。


「……敵は全員殺すわ」

「落ち着けアンジェリカ。テメェ一人じゃどうにもならねぇよ」

「このまま黙って見過ごせって言うの!?この意気地なし!」

「なんだとテメェ!?」

「はいはい。二人共静かにしないと私が力づくで黙らせるぞ」


 ディルには勝てないので二人は大人しく舌打ちをして地面に座り込んだ。

 実力が高く、連携が取れていた三人組はなんとか今日まで生きてきた。

 今では正規の兵士達からも頼りにされる斬り込み隊として重宝されている。


「上層部から聞いた話だけど、王子がついに前線に出てくるらしい」

「王子って……どっちの?」

「第二王子の方だよ。我々の少し上の」


 ガルベルトには王子が二人いる。

 兄の方は治政に優れており、次期国王になるだろうと言われている。

 そして問題児の弟。

 こちらは普段から城を抜け出しては城下町をうろつき、騎士育成学校では無敗で卒業をもぎ取った豪傑だった。

 前線で指揮を取る国王や第一王子にもしもの場合があった事を考えて王都の守備部隊の指揮を任されていたが、ついにそれが呼び寄せられた。

 守りを放棄して一斉に攻め入る作戦なのだろう。


「学校で教官達が言ってたもんな。俺らの問題行動も王子よりはマシだって」

「私やアンジェリカは公爵家の人間だからね。顔を合わせる機会も多かったが……」

「アタシは嫌いじゃないわよ。話が合うし」

「アンジェリカと気が合う時点でロクな人間じゃないのは分かった」


 ディルからはいつも稽古相手として駆り出されると乾いた笑いが漏れた。

 この男くらいの強さでないと稽古にすらならないらしい。

 そんな奴とは関わりたくないなと思うマリウスだったが、天はそう甘く無かった。









「ほぅ。なかなか骨があるな」

「げぼっ……げぼっ…」


 何が起きたのかマリウスが把握するのに時間がかかった。

 どうして自分とディルが地面に転がっているのか。

 二対一で目の前の化け物は立っているのか。


「お気に召しましたか?王子」

「ディルと比べれば歯応えは無いが、そのしつこさやタフさには驚いた。配下にしてやる」


 傲慢な態度で見下ろしてくるのは王族だ。

 ガルベルト王国を象徴するような武の塊。


「光栄に思え、マリウス・シルファー」


 好き勝手に言ってくれるとマリウスは思った。

 ディルに誘われて挨拶をしに行ったら即勝負。

 戦争参加前の準備運動だと言われた。


 こんなに強いなら最初から前線に出しておけばいいのでは?と考えたが、これだけ周囲と実力差があればついていく人間がもたない。

 ディル一人でも荷が重いのでは逆に邪魔だ。

 動かない拠点防衛に配置した国王の判断は正しかった。


「話は聞いているだろうが、明後日にオレ一小隊を率いて敵の本陣に突撃する。そのまま公国の臆病者達をぶっ殺して姫を奪って戦争を終わらせる」

「姫を奪う必要ありますかそれ?」

「我はあの姫に惚れた。それに、ブリテニアは元々王国だった。王を傀儡にして公国に仕立て上げた大公連中は生かしておけん」


 姫とは名ばかりで、その身は堅牢な塔に幽閉されている。

 気高き公国の血を絶やさないようにと子を作る事を強制され、生まれた子の中から一人の姫を次世代の姫として一生を塔の中で過ごす。

 そうやって歪な形を維持してきた。元々は神の子が作り上げた国だと言われていたのに、その神の子を人以下に扱っている。


 かわいそうだ、許せない、そう思う人間は今までにもいただろう。

 だけど、そんな姫に惚れて力づくで奪取して妻にしようと本気で思った人間はいただろうか。


 とんでもない阿呆なのか、英雄の器なのか、この時のマリウスとディルには分からなかった。

 しかし、同時にこの男なら現状を打破する起爆剤になるという確信があった。


「ディル、貴様に人選は任せる。この我と心中する物好きを集めておけ」


 そう言い残して、王子は汗を流しに行った。

 残されたディルとマリウスは司令部から渡された書類を見ながら部隊の編成を考える。


「私は参加必須だろうね」

「間違いねぇな。今までで一番の激戦で生存率が低い戦い作戦になるからな。速さも求められるし、スタミナ切れそうな年寄りも無しだ」


 とても最近まで見習いで学生だったとは思えない発言をしながら書類の山を捌いて行く。

 戦争で長く戦うと言う事は経験値も段違いで、戦争が無ければマリウスはここまで才能を開花させる事は出来なかった。


「絞れたけど、ここからどうするんだい?」


 手元に残ったのはどれも部隊に参加するに相応しい強者達。

 闘技場に参加していた一流の戦士もいれば、他所からやって来た傭兵もいる。


 そしてその中に一人紛れている女性。


「アンジェリカがいてくれれば百人力だね」


 猪女とマリウスが揶揄したが、彼女の突撃力や戦闘センスはズバ抜けている。

 ディルや王子にだって食らいついていけるだろう。


 それはマリウスが誰よりも知っていた。


 打倒ディル・マックイーンを目標にして切磋琢磨してきた。

 強みも弱みも見てきた。

 時には喧嘩をしながら戦場を共にして、かけがえのない仲間になれた。

 こいつらとならどこまでも行けると信じて来たからこそマリウスは武芸に身を賭してきた。


『アタシは戦いが好きだ。闘技場とかワクワクするしね』


 瞳をキラキラ輝かせてそう言った。


『この一子相伝の技は必ず次の世代に繋げてみせる。それまでは死ねないよ』


 揺るぎない瞳で未来を見ていた。


『アタシだって女なんだから着飾るわよ!恥ずかしいからこっち見んな!」


 顔を真っ赤にして似合わないドレスを着ていた。


『……なんだかんだいって可愛がってもらってたんだ。パパ……』


 目を腫らしながら蹲って泣いていた。


『次はどいつだ!アタシが殺してやるよ!!お前ら全員生きて帰さない!仲間の敵討ちだ!!』


 返り血を浴びながら吠える女を気絶させた。


 ずっと見てきた。

 色々と見ていた。


「ディル、その事についてなんだがーーーーーーー」


 もう見たくなかった。








 翌日の昼。

 ガルベルト王国の最前線である野営地にて。


「アタシに帰れだって?」

「そうだ。テメェには今から王都の防衛部隊に回ってもらう。もしも手薄な所に敵が来たら困るからな」

「その敵にあと少しで勝てるのよ!今更退けるわけないわ!」

「駄目だ。帰れ」


 反発は計算の内だった。


「知ってるのよ。アンタとディルが特攻隊に参加するって。アタシも必要でしょ!?」

「要らん。十分な人選は既に済んでる。繰り返して言うがアンジェリカ、テメェはこの先に行くな」

「なんでよ……ずっと一緒に戦ってきた仲間じゃない!」


  鋭い目がマリウスを射抜く。

 並大抵の人間ならここで怖気付いてしまうだろう。


「だからだよ。お前に王都を託す」

「ふざけるな!!」


 ビリビリと大きな声が響いた。


「それはアタシじゃなくてもいい。そんなの他の連中に任せれば済むわ。どうしてアタシなのか納得できない。選ぶのはアンタ達なんでしょ?アタシがいなきゃ今頃死んでたかもしれないのよ?外す必要がないでしょ」


 必死に食い下がろうとするアンジェリカ。

 未だにマリウス達が最初に対峙した公国の暗部が死んで潰れたという報告は聞いていない。

 虎の子である第二王子を死ぬ気で突撃させるという事は間違いなく公国最強の連中が待ち構えているという意味だ。


「なのにどうしてなのよ!答えろマリウス!!」


 ディルのような強さでも生きて帰れる保証は無い。

 ましてやマリウスなどでは戻れない確率は高くなるだろう。


 それが分かっていてなお、マリウスは感情を消してアンジェリカに告げた。


「理由はお前が女で……俺より弱いからだ」

「マリウスゥゥウウウウウウウウウウウ!!!!」


 刺突剣が抜かれて突き出される。

 今まで向けられた事の無かった本物の殺気が迫り来る。

 学校での成績も、戦場での成果も、三人組では一番劣っていたマリウス。


 だがこの時、赤い獣と化した彼女にだけは負けられないと剣を抜いた。


 それは己の国を守る騎士としての戦いではなく、マリウス・シルファーという青年の意地を賭けた戦いだった。








 決闘に敗れたアンジェリカ・レッドクリムゾンは強制送還となり最前線から離脱した。

 第二王子が率いた特攻隊の活躍とその結末はガルベルト王国の国民ならば誰もが知る有名な英雄譚として刻まれた。


 最後まで王子と共に姫を助けについて行けたのはマリウスとディルだけ。

 もしもあと一人いれば王子は片腕を失わずに、暗部の長の首を獲れたかもしれない。


 だが、それはもしもの話。

 最終結果としては姫は救われ、戦争は終結し、平穏が訪れる。


 国内が祝福ムードに染まる中、アンジェリカはレッドクリムゾン公爵家から飛び出し、騎士になる道を捨てて闘剣士になった。

 最後に交わした約束として、一子相伝の技だけは次の継承者へと託すと誓った。


 こうして、アンジェリカ・レッドクリムゾンはただのアンジェリカになったのだった。



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