第2話  史上最恐の悪役令嬢には婚約破棄を申し込んだ王子ですら敵いませんわ!(ジークside)

 

 ジーク・ガルベルトは王子である。

 近隣諸国に名高い武装国家ガルベルト王国に生まれ、その未来を背負う人間だ。


 残念ながら彼が生まれて間もなく王妃が死んでしまい、国王が後妻を迎え入れなかったせいで兄弟はいないが、それについてジークは文句を言わなかった。


「継承争いとか絶対に嫌だしな……」


 勝者がいれば敗者もいる。自分が国王になれば選ばれなかった兄弟から恨まれることになるし、それを回避するための手間や駆け引きが心苦しい。

 一人息子ということでジークは大切に育てられてきたので幼いながらに自分の境遇には満足していた。


 ただ一つだけ彼を悩ませていたのは婚約者選びだった。

 複数の貴族達が次の国営に絡もうと自分の娘達を差し出して来たのだ。

 上は20才以上、下は赤子。

 まだ年齢が一桁のジークは頭を抱えた。


「選べるわけないだろう!」


 積み上げられた書類の山達。それが全て花嫁候補のプロフィールだった。

 ブロマイド付きだし、本人達の意気込みや親からのアピールポイントも書いてあるが、そもそも紙切れ一枚で王妃を選べるわけがない。

 実際に会って話をして、気が合う者を選べば良いのだが、数が多いし会話すら出来ない年齢もいる。


 どうにかして数を減らせないか?


 ジークは周囲の大人へ意見を求めた。


 軍上層部に、

 近衛騎士達に、

 使用人に、


 そして父である国王に意見を求めた結果が【花嫁候補同士の決闘】だった。


 これもガルベルトの伝統か、とジークは考えるのを止めた。

 ガルベルト王国は古くから軍事や武力に力を入れている。

 それを象徴するように国内には無数の闘技場が設置されているし、民が信仰するのも武神や戦神、鍛冶神といった他国なら後回しにされる神々ばかりだ。

 保有する鉱山数も多く、主な輸出品は鉱物関連だ。他には観光業が盛んで一番人気は闘技場。

 町では子供達がチャンバラごっこをして、国営の武道大会まで開催される始末。

 強い=偉いが成立している脳筋国家だ。


 その代表たる国王。亡くなった王妃はガルベルト王国が戦争に勝利した際に敗戦国から差し出された姫だった。若かりし国王が姫を奪い取るために戦争の最前線に立って大活躍した武勇伝は国中が知っている。


 そんなのが王で国が成り立つのか?


 成り立つから国が存続している。

 自らの体を鍛える事を苦に思う人間が少ないので国民は健康的で長生きするし、戦争で負ける心配は無い。

 娯楽が国中に行き届いているから活力はあるし、闘技場の経営に一枚噛もうと優秀な人材が集まってくる。

 国王に逆らおうものなら最強と名高い近衛騎士団が立ちはだかるのでクーデターの心配も無し。

 ストレス?暴れたら発散するよね!の体現だ。


「予想通りに事が進んだな」


 決闘を各候補者に知らせると大半は辞退した。

 花嫁修行はしてきても剣の腕を磨いた令嬢は多く無かったし、赤子なんて戦えないから自動的に脱落。

 どうしても年齢は高くなってしまうが、子供さえ産めれば多少の差は気にしない。

 そうして残った候補者を闘技場に集めた。


「今日は将来の俺の妻を決める。力の限り戦い、その座を争え!」


 ジークは高みの見物だ。

 普段から見ている最高レベルの闘技場での決闘に比べたら見劣りするが、決闘はワクワクする。

 彼もまた根っからのガルベルト人だった。

 男の子というのもあって武器や鎧にワクワクするし、一番好きなのはお勉強の後の剣の稽古だ。

 甘やかされたジークは国中あちこちから腕の立つ師範代を呼びつけて教えを学び、訓練用の道具や設備も最高峰を利用している。目は肥えていた。


 そして、彼女が現れた。


 真っ赤な髪と強気の目が特徴的で目を引く同い年くらいの少女だった。

 対戦相手は十代半ばの騎士育成学校に通う少女。

 勝ち目なんて無いと誰もが思った。

 ジークだってそう思った。


「試合開始!」


 審判の合図と共に両者がぶつかり合う。

 騎士見習いは両手剣。対する赤い少女は刺突剣。

 武器のリーチも体格差もあって圧倒的に不利な状況。しかし少女は負けなかった。

 相手より小さな体躯を活かして攻撃を回避する。

 騎士見習いは同年代としか対人経験が無いようでその動きに翻弄された。

 赤い少女の刺突剣は射程圏内に入ると迷う事無く騎士見習いの利き足を貫いた。


「勝負ありだな」


 そうジークは判断した。

 踏み込む為の足が使い物にならなければ本来の動きは発揮されないし、ただの切り傷よりじくじくと痛む。

 実際に騎士見習いは苦しい顔をして、しばらくの後に降参した。

 赤い少女は無傷で、息ひとつ乱していなかった。


「おい。あの子は?」

「シャイナ・レッドクリムゾン公爵令嬢ですね」

「シャイナ……か」


 側付きの騎士から渡された書類には簡単なプロフィールが載っていた。

 レッドクリムゾン公爵は有名な家である。

 代々の当主は優れた武人であり、一子相伝とされる流派の技は鋭く素早く。近衛騎士団に在籍していた血縁者も少なくない。

 ただ、それは男児の話である。女の子にそんな前例は無い。

 しかしながらシャイナという娘が使ったのは間違いなくレッドクリムゾンに伝わる技。


「頭脳明晰で器量もよく、レッドクリムゾン公爵家の歴代最高傑作か……。大きく出たな」


 こうなっては彼女だけに注目してしまう。

 案の定、他の令嬢達の戦いはお遊戯レベルで一撃でも当たれば泣き出す者や怪我する者も居た。

 決闘が好きなのと実際に戦えるのはまた別の問題だったのだ。


「つまらんな」


 誰も彼もがジークの目に止まらなかった。

 唯一気になったのはレッドクリムゾン公爵令嬢のみ。


 彼女の剣は美しく、真っ直ぐ。

 回避する時のステップはまるで蝶のようであり、そこから繰り出されるのは蜂のような鋭い一撃。






 気がつけば決勝戦に突入した。

 残ったのは赤い少女と女騎士。


「ーーおい。なんで本職がいるんだ」

「なんでも婚期が不味いと言って、力さえあれば王妃になれると聞いて参加したようです」


 シャイナの事を考えすぎていて見落としていた。

 この花嫁レースの最高齢参加者が凄い剣幕で闘技場に立っていた。

 負ければ後がない。背水の陣で挑んでいる様子だった。

 勝ち目など無いと誰かが言った。

 ジークだけはそんな女騎士を気の毒そうに見ていた。


 ーー適当な相手を見繕ってやらないとな。


「試合開始!」


 今日一日で何度も聞いた合図。

 見習いとは違い、ガルベルトの騎士団に所属する女騎士は選りすぐりの実力者。

 使う武器は片手剣。それも女性の筋力でも思う存分に振り回せるように軽量化された業物。

 幼い少女からしたら熊が襲いかかるくらい危険なレベルなのだが、またしてもシャイナは動じる事なく初撃を躱した。

 リズミカルに、それでいて可憐に舞う赤い髪。

 ズボンを握っていたジークの手からじんわりと汗が出ていた。

 当初はどうでも良かった花嫁選びだが、その心は同い年の公爵令嬢へと傾いていた。

 最初に彼女を見た時からそうだったのかもしれない。


 ジーク・ガルベルトはシャイナ・レッドクリムゾンに一目惚れしていたのだ。


 結果は焦燥感に駆られて決着を急いだ女騎士のスタミナ切れでシャイナの勝利だった。












 婚約者になったのだから仲良くしなさい。

 そう言われたジークはレッドクリムゾン公爵の家を訪れた。

 公爵は快くジークを迎え入れてくれた。自分の娘が王子の婚約者になったのが嬉しいらしく長々とお世辞や自慢話をしてきたので話半分に聞き流した。


「あとは若い二人でごゆっくりと」

「感謝する。レッドクリムゾン公爵」


 シャイナが待っていたのは綺麗に整地された庭園だった。

 彼女を際立たせるように赤い花々が植えられており、その花を咲かせていた。


「ごきげんようジーク王子」

「やぁ、シャイナ」


 庭園で花と戯れていたのか?案外、女の子らしい所もあるじゃないか。

 そう思っていたジークだったが、少女の手に握られていたのは花で作った冠などではなく無骨な木剣だった。


「稽古の最中だったのか?」

「はい。一日でもサボれば腕が鈍りますので」


 これは付き合うのに苦労すると直感で思った。

 公爵は娘の高い才能を買い過ぎて育て方を間違ったのでは?と心配した。

 そんなのは杞憂だと気付いたのはしばらくしてからだった。文官としてもやっていけるだけの教養は身につけていたのだ。

 ジークとしても実は稽古熱心なシャイナとの関係は良好だった。同年代の少女が好きな物や流行りのファッションなんかには露程の興味も無かったからである。

 シャイナはよく公爵におねだりして闘技場の試合を見ていたし、ジークは指導してくれる騎士や闘技場の戦士達について自慢げに語った。





 そんな関係が崩れたのは些細な出来事だった。


「シャイナの実力は本物だな。父としては誇らしいぞ」

「ご機嫌だな公爵。どれ、ジークとどちらが強いか戦わせてみるか?」


 まるで昆虫採集してきた虫同士を戦わせるくらいのノリで国王は勝負を持ちかけた。

 酒の場での冗談で済めば良かったのに、シラフで騎士団に会場の準備をさせ始めたのだからタチが悪い。

 あれよあれよという間に決闘が決まった。


「父上の戦闘狂っぷりは健在だな」


 口ではそう言うジークだったが心は踊っていた。

 好きな女の子と剣を交えるのは好きじゃないし、万が一に彼女の体に消えない傷を残したりでもしたら後悔すると理性は訴える。

 でも、それなのにジークに流れるガルベルトの血はざわついた。


 挑戦してみたい。


 腕試しをしてみたい。


 同年代の男子の中では頭ひとつ抜けている自分の剣は目の前の婚約者に通じるのか?

 男と女だから求められる実力や戦い方も違う。闘技場でも性別や体格に関係なく戦えるのは一部の怪物達だけだ。

 そんな勝負をいつも見てきたが、自分は彼等のように戦えるのだろうか?

 証明してみたい。自分は強いのだと。


 ーーそして、あわよくばシャイナに勝って褒めてもらいたい。王子はこんなに強くて素敵なお方なのですね!と。


「すまないなシャイナ。変な事に巻き込んで」

「いえ。こんな機会は滅多にありませんので。試合形式については相手を戦闘不能にすれば勝ちですわよね?」

「あぁ。お互いに怪我をしないよう頑張ろう」


 子供同士のチャンバラの延長だと思ったジークは従者から勧められた鎧を着る事を拒んだ。

 シャイナだって軽装だから男である自分には必要無いと言って。

 さて、どうやって彼女に勝つか。剣を寸止めして負けを認めさせようか?それが良い。泥仕合になってシャイナの服を汚さないように気を使おう。


 ーーだって俺は男の子で紳士だから。


「試合開始!!」


 そのままジークは地面に大の字で転がって空を眺める事になった。

 ただの一度も婚約者に触れる事なく。

















 闘技場の控え室。


「今日こそは……今日こそは」


 あの日の敗北以降、ジークは婚約者に負けた残念な子として見られるようになった。

 シャイナとの婚約だって、実は王子より強い子を捜して妻にする事で温室育ちの王子様を守ってあげようとした国王の判断なんて噂になって事実が捻じ曲げられた。

 いくらジークが否定しても事実としてシャイナより弱いので醜い弁明にしか聞こえない。


 本当の所はジークの反応が面白くて一部の騎士達がからかっているだけで理解はしてくれているのだが、当人達は知らない。


「俺は弱く無い。騎士団の連中相手にだってなんなく勝てる。将軍とだって良い勝負をするんだ」


 自分自身に必死に言い聞かせる。

 もう時間が少ない。

 今回の勝負にシャイナを誘い出する為にメリッサを出汁にして巻き込んだ。


「王子。そろそろお時間です」

「あぁ。わかった」


 ーー誓おう。今日勝てばシャイナに告白すると。









 その誓いが果たされるのは少し先にお預けされてしまうのだが、それはまた別の話。



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