23.ジジとジャンの会話

 夕食後、カロンにトイレやお風呂など設備の案内を受けた後、ジャンは客室に案内された。

 森の中にある屋敷は外見からはそうは見えなかったが、なかなかに広かった。

 ジャンにしてみればまさか客室があるとは思わなかった。

 といってもこの部屋はもともとカロンの部屋で、カロンがアーティアと一緒寝る様になり、空き部屋になっただけだった。

 ジャンはお風呂は遠慮して断り、夜が更けるのを待った。

陥没湖の水は澄んでいて、その水に臭みは全く無かったのでお風呂に入る必要性を感じ無かったのあるし警戒心もあった。

 夜が更けるとジャンは風属性の魔法『無音』を発動し、自分を中心にした一定範囲の音を消した。

 これでドアを開ける音や歩く音は消せるので、気づかれる事はないだろう。


 ジャンは屋敷の外に出ると、自身に掛けた魔法を解除した。

 屋敷の裏手に回ると、今度は別の魔法を発動させた。

 ジャンの手の平の上にうっすら光る鳥が生まれる。

 その鳥にジャンは何か話しかける。

 この国、王国の言語でも、帝国の言語でも無かった。

 もしこの伝言が第三者に聞かれたとしてもいい様に、暗号で話したのだ。

 ジャンは伝言を言い終わると鳥を空に放る。

 鳥はうっすらと光を帯びて帝国の方角に飛んでいった。

 アーティアが窓越しに見た光る鳥は、ジャンの放った魔法の鳥だった。


(さて、これで時間は稼げるはずだ)


 ジャンは明日の行動を考えながら、改めて自身に消音の魔法をかけ直した。

 今日はもう寝ようと屋敷に入った瞬間、明かりが灯った。

 ジャンは驚き明かりの方角を見れば、光る魔法の球を頭上に浮かせたジジがいた。

 ジャンは声を出そうとしたが、自身に消音の魔法をかけていたので音は出ない。

 ジジは口に指をあて、ジャンに話さないように促す。

 ジジはジャンの元に行くと無言で玄関扉を開け、外出るとジャンに手招きをした。

 ジャンはその誘いに頷くと再び外に出た。

 どうやらこの賢者を甘く見ていた様だと思った。

 

 再び外に出るとジャンは消音の魔法を解いた。


「済みませんな。屋敷内で魔力を感知しましてな」


 ジジの言葉にジャンは下手を打ったと理解した。


「皆さんを起こさない様にと使った魔法で却って起こしてしまって申し訳ない」


「いえいえ、それより珍しいものを見せて頂きましたわい」 


 ジャンはジジの言葉に戦慄を覚えた。

 まさか、先程の『伝言鳥』の魔法を見られていたとは。


「………」


 黙るジャンにジジは続ける。


「さる一族に伝わる秘術でしたかな」


「私の素性がバレてしまったと考えても」


 ジャンの手がゆっくりと動き、腰の短剣の探る。

 そんなジャンの動きを知ってか知らずかジジはゆっくりとした口調で続ける。


「貴方様の素性でしたら最初からわかっておりましたぞぃ」


「最初から……ですか」


 ジジの言葉に嘘はない。

 ジジは水属性魔法得意である。

 陥没湖にジャンが飛び込んだ際、ジジは湖の水に魔法をかけ、ジャンの事を見ていたのだ。

 ジジは陥没湖の中でひっそりと外の様子を伺うジャンに、水に触れた者を鑑定する魔法を使い、ジャンはその事に気づかなかったのだった。

 

「その手は離しなされ。危害を加えるつもりなら食事に混ぜものをしたか、そもそも助けなかったでしょうな。貴方様との出会いも偶然ですわい」


 ジャンの行動はジジにバレバレだったようだ。

 ジャンはジジ達との出会いが仕組まれたものと考えるのは流石に無理が有ると考え直し、短剣を掴む手を離した。

 ジャンはもともと陥没湖に来る予定は無かったし、公爵とグルだったとしても確実性が無い。

 そもそも公爵にメリットが無い。

 今現在ジャンは危害を加えられた訳ではなく、単にジャンの使った魔法を見られただけだ。

 むしろ不審な行動を取っているのはジャンの方だった。

 

 思考の幼稚さに恥ずかしさがこみ上げてきたのかジャンの顔は赤くなっていたが、ジジはそれを見て見ぬふりをした。

 これが、可愛い女の子だったら鼻の下を伸ばしただろうが、男の恥じらいなどジジにとって何の意味もなかった。


「全てお見通しですか。いやお恥ずかしい。確かに私達の出会いを必然とするのには無理がある」


「まあ、貴方様の事は口外はしませんのでご安心くだされ。それより、これからどうなさるおつもりで。お国に帰ったら即解決でもないのでは?」


「確かに、私が戻っても私の殺害を目論んだ黒幕を処断するのは無理だろうし、そもそも証拠も残ってはいないでしょうね。この国には来たタイミングを狙ってきたのも証拠隠滅が容易くなる為」


「貴方様は黒幕に心当たりがあるようですな」


「私の行動を知っているものは限られるので」


「そもそも、この国にお忍びで来られた理由を聞いても良いですかな」


「それは……」


 ジジの質問に答えたくなかったジャンはなんとか躱そうと、答えを考えていたが先にジジが答えを出した。


「貴方様の一族の使命に関わることでしょうかのう」


「……ジジ殿はどこまで知っておられるのです」


 ジジの言葉が正解すぎて、ジャンはジジが恐ろしくなってきた。

 賢者とは一族の使命などいう秘密に関する知識まで持ち合わせるのだろうかと。


「何、貴方様より長生きしてますからな。帝国にも行ったことがあるだけですわい」


 帝国にいたことが有るとしても知り得る情報では無いはずという言葉をジャンは飲み込んだ。

 それよりもこの老人の真意はどこに有るのかに集中するべきだと考えたのである。


「ジジ殿のご推察通り、我が一族の使命に関係あることです。無駄足になりましたがね」


「フェリス公爵令嬢リリアーシア様」


「賢者殿には叶いません。その通り。王都の魔術学院に通う仲間より、彼女が婚約破棄されたとの知らせがあり、彼女に会いに来たのです。時すでに遅しでしたが」


「確かにリリアーシア様は光属性魔法に高い適性がございましたからな。それで陥没湖ここにはリリアーシア様の為に花を供えに来られたのですな」


「はい、フェリス公爵に頼まれましてね」


「公爵殿に?」


「公爵は娘の死に責任を感じている様で、自分には資格が無いからと私に依頼したのですよ」


「そうでしたか。それで貴方様に年寄りからの提案があるんじゃがのう」


「それは……どのような」


 思いがけないジジの言葉にジャンは驚く。

 ジジの提案が何かはわからないが、此処まで知られてしまっている相手をこのまま放置するのもどうかと思い、先の言葉を促した。


「儂はなんでも屋をやってましてな。儂とアーティアを雇ってみるつもりは在りませんかな」


 そうジジは穏やかに言った。

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