13.悪女の登城1

 ビニートスが侯爵邸で豪華な食事や上等な酒のもてなしを受けていた頃、ナルシリスは登城していた。

 王太子アルドリヒが王城にいる日と知っていたからだ。

 厳密に言えば、ビニートスと面会する日をアルドリヒが王城で執務する日に合わせたのだが、勿論ビニートスの件を話す為だった。

 もっとも、ビニートスがナルシリスに面会を申し込んだ日の翌日には本日面会する事で決まっていた。

 だからもう夕刻だったが、ナルシリスはすんなりと王太子の執務室に通された。

 アルドリヒは立って待ってくれていた。

  

「殿下、本日はわたくしの為にお時間を作って頂き感謝いたしますわ」


 美しい所作で礼をするナルシリスにアルドリヒは悲しそうな表情を作った。


「殿下などと他人行儀は止めてくれ。君の為に時間をつくるなんて婚約者なら当たり前のことだよ。ああ可愛い僕のルリ。会いたかった。待ち遠しすぎてこちらから迎えに行く所だったよ」

 

 そう言うなりナルシリスを軽く抱きしめた。 

 流石にここは王太子の執務室であり、当然二人きりでない。

 あくまで、親愛を表す抱擁程度のものだった。 

 しかし、ナルシリスは頬を赤らめた。

 悪女ナルシリスも流石にそこまで細かい演技ができる筈もなく、本当に照れてしまったのだ。

 悪女といえど17歳の少女。

 侯爵家令嬢として感情を制御する訓練も受けてはいたが、恋い焦がれた相手から望んでいた言葉を使用人達がいる前で掛けられて、嬉しさと恥ずかしさを抑えられなくなってしまった。

 例えそれが手に入れた力を使って操作した、作られた感情からの言葉であっても。


「可愛い人だなルリは」


「もう、アルがこんな人前でわたくしをお誂いになるからですわ」


「ははは、怒った顔も可愛いよルリ」


 2人のやり取りを見させられていた侍従にしてみれば、2人は相思相愛であるように見える。

 リリアーシア嬢が婚約者であった時、こんなに主人は情熱的なお方ではなかった。

 婚約者に優しいのは今と変わらないが、良く言えば理知的で悪く言えば冷めている様に写った。

 だからリリアーシア嬢の時は立場上仕方無くだったのだろう。

 しかしナルシリス譲とはどう見ても相思相愛だ。

 王族の結婚に愛は関係ないのかも知れないが、恋愛結婚できるならそれに越したことはない。

 幸せそうな主人を見て、侍従もまた心を暖かくしたのだった。



 アルドリヒはナルシリスをソファーに座らせると自らも隣に座った。

 これもリリアーシアの時には無かった行動だ。

 暫く雑談と紅茶を楽しんでいたが、先程からナルシリスが向けている視線の先が気になり、彼女の視線の先に有るもの、即ち置き時計に視線を移した。

 そこでアルドリヒは予定された面会時間があまり残されていないことに気付き、本題に入るべく話題を変えた。


「それで今日は僕に会いたいから来てくれた、であって欲しかったけど、相談があるとの事だったね」


「はい、実は……」


 ナルシリスはビニートスがリリアーシアを殺害した事と、その経緯を語った。


「そうだったのか。リリアーシアが死んだのは知っていたが……いや殺されたかな。その犯人についてもね」


 その言葉にナルシリスは少し目を細めた。

 予定外の言葉だったのだろう。


「彼女とは悲しい別れになってしまった。だから王家の影がリリアーシアや公爵家の行動を注視していた。変な動きがあると困るからね。実はその影からの報告を受けたばかりなんだよ」


 王家は公爵やリリアーシアが何らかの報復に出ないかを影に探らせていた。

 王家が影を使って各有力貴族家を見張っているのは公然の秘密である。

 なのでナルシリスもそうか、と思っただけだった。

 

「そうでしたのね」

 

「それで、君の屋敷にその男が出入りしたという情報も入っているのだが……」


 王太子の、黒幕はお前かと疑うような、その一言を聞きながらナルシリスはというと別に動じる様子もなく悲しそうな表情を見せた。

 その表情のまま口を開く。 


「本日はその事でご相談に上がったのですわ。実は先日ビニートス殿が当家の護衛騎士を通じて私に会いたいと申し出てきまして」


「ふむ」


「それで会ってみたら、ビニートス殿は当家に仕えたいと申し出てきましたの。そこで私は最近将来が不安で眠れないから、何か解消する土産を持ってきてくれたら護衛騎士としての採用を考えると言ってしまったのですわ」


「ルリ。心配することなんて何もない。しかしそういう事は婚約者である僕を頼ってほしい」


「殿下に甘えきってしまうのが心苦しくて……それでまたビニートス殿が面会を求めてきましたので今日会ったのですわ。そこでビニートス殿の凶行を知った次第ですの」


 王太子が話を脱線させそうになったのでナルシリスは強引に話を戻す。


「侍従の方、お預けした物を殿下に」


 ナルシリスに呼びかけられ、侍従は彼女が入室前に預けた物を王太子に渡す。

 それは録音の魔道具で2つあった。

 王太子の婚約者となれば流石に危険物の持ち込みに関し、ボディチェックを行われることは無い。

 しかし手荷物となると持ったまま入室させるわけにはいかない。

 簡単であるがチェックを受け、侍従に預ける決まりになっていた。


「先ずは1つ目をお聞き下さい」


 そう言うと、ナルシリスは皇太子が持つ録音の魔道具の1つ目に魔力を送り、内容を再生させた。





『ナルシリス様、本日はお会い下さり誠に有難うございます』


『連日の王妃教育で疲れているので短めにして頂きたいですわ。貴方、確かリリアーシア様の護衛騎士でしたか。本日はどの様なご用件かしら』

 

『仰られる通り、リリアーシア様の護衛騎士をしております。 実は未来の国母様になられるナルシリスの元で働きたくお願いに参った次第です』


『あら、機を見るに敏なのは好感が持てますわね。それでお土産はあるのかしら。お土産次第では考えてもよろしくてよ』


『どの様なお土産がお望みでしょうか?』


わたくしに言わせるのは興ざめですわ。わたくしの元で働きたいのでしたら、それくらい察して頂きたいものね。でも、そうですわね……最近将来が不安で安心して眠れませんの。何とかならないものかしら』


『判りました。それでしたら、素敵なお土産を用意できるかと思います。ただ……その土産を手に入れるのにはリスクがありますのでそれなりの地位をご用意頂きたく』


『そうですのね。どのようなリスクかはわたくしには判りかねますが、それ次第では私の護衛騎士の役を用意しますわ』


『有難うございます。必ずやご期待に応えてみせます』



 再生が終わると、場は沈黙に包まれた。

 この会話はビニートスも録音していた。

 ただ、ナルシリスも録音していた。

 そして先にこれを王太子に自ら聞かせたことでビニートスの切り札は王太子に対して効力を無くした。

 後日ビニートスが録音した魔道具が王太子に元に届くのだが、もはや何の意味もない。

 いや、魔道具を隠された方が面倒なので王太子に届けてくれるのはむしろナルシリスに利する行為だろう。

 ビニートスの目論見などナルシリスにはお見通しだったのだ。


 しかし、湖に突き落としたという結果とセットで考えれば、ナルシリスが暗に殺害を依頼したように聞こえてしまう。

 アルドリヒはこの会話を聞かせた理由に察しはつく。

 しかし本人から直に聞きたいと思った。


 この後ビニートスを捕らえ、貴族殺しの犯人として裁判に掛けなければならない。

 遺体は全てを沈める魔の陥没湖の底で回収は不可能。

 影の証言は裁判では認められないので、犯行の動機の証拠として会話の録音は大いに役に立つ。

 しかし、それではナルシリスの立場も悪くなってしまう。

 直ぐに貴族中に知れ渡るだろう。

 容易に予想がつくその影響と結果を考えれば、証拠としては出したくない物だ。

 しかしナルシリスはそんな事は承知の上でこれを差出してきたのだろう。

 だから先ずはナルシリスの言葉を待つ。


わたくしもビニートス殿がまさかこの様な恐ろしい行動に出るとは考えても……しかしわたくしがその様に考えていると思われたのなら、この罪はわたくしに有りますわ」


 しかしナルシリスの言葉はアルドリヒの期待したものでは無かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る