第9話 八百余年来の昔馴染み

「相変わらずですなぁ、イルザークどの」

「すみません、相変わらず失礼なやつで」

「いやいや。この位階になってみると、そうしてぞんざいに接してくれるあなたがたの存在が有難いものですよ」


 術者の表情を模した鳥の目が弓なりになる。


「二人ともお揃いでしたのは丁度よかった。先程、オクの南の町に《黒き魔法使い》を名乗る者が現れましてね。急ぎ討伐隊を組織することになりましたので、イルザークどのとシュリカどのにも御助力頂きたい」

「その討伐隊には……あれか?《黒き魔法使い》を名乗る張本人も組み込まれるのか?」

「お聞き及びかと思っておりましたが」


 きょと、と目を丸くした鳥の反応に、シュリカは隣のイルザークを恨みがましく睨みつける。

 つまり自称・《黒き》が教会の魔法士であることはイルザークもゴラーナも知っていたし、シュリカにも情報が共有されているはずだったのだ。それを堰き止めていたのが、この、隣でしれっとそっぽを向いている、引きこもり石頭の生活力皆無ダメダメ魔法使いイルザーク。


「イルお前……わざと俺に言わなかっただろう……」

「言ったら言ったでうるさいからな」

「てめえぇぇそれが八百余年来の昔馴染みに言うことかぁぁぁ」


 胸倉を両手で掴んでがっくんがっくん前後左右に揺らしまくる。

 黒髪を振り乱しながらされるがままになっていたイルザークは「ほら見ろ」「やかましい」と合間にぼやいていた。全く堪えていない様子なのが憎たらしい。

 その様子を窓辺から眺める鳥はまた「ほっほっほ」と朗らかに笑った。


「お前!! 俺がうるさいっていうのはあれだろう、正体を知っていたとか弟子入り断ったとかそういうのじゃなく、リディアとアデルを囮みたく使うことに文句を言われるのが嫌だったんだろう!!」

「うるさい自覚があるのか。それはよかった」

「おまえこそ弟子を囮にしてる自覚があるんじゃねえか!!」


 イルザークがきゅっと目をつむる。「あーやかましい」と、でかでか顔に書いてあるのが目に見えるようだった。


「シュリカどの。オクの町にはザイロジウスが控えております。ベルトリカの森のなかの異変にはヌシが気づきましょう。後顧の憂いを一つでも多く絶つためにと、わたしからイルザークどのにお願いしたのです」

「……それでいいのかイル。あの子たちは大人に傷つけられて世界を超えたんだろう。そうまでして逃げてきたこの地で、こんな利用されるような……」


「しつこい」なおも割り切れないシュリカを、イルザークは一言で斬って捨てた。

 黒亀の甲羅のごとき冷たい双眸の奥底に、確固たる殺意の炎が揺らめくのが見える。


「おれが一体なんのために百年、この地で引きこもっていたか忘れたか」


 忘れるものか。目が熱くなるほどの怒りとも悲しみともつかない感情に、イルザークの胸倉を掴む手が震える。

 それでもその百年と引き換えに、あまりにも無力なこどもたちが軽々しく危険に晒されていいわけがない。イルザークは鬱陶しそうな目つきになってシュリカの手を振り払った。


「そんなに嫌なら帰れ。おまえ一人いなくなったところで支障はない」


 そのとき、乾いたベルの音がからんからんと響き渡る。

 咄嗟に魔力を探るように窓の外を見やったシュリカとゴラーナに、腕を組んだイルザークが「リディアだ」とつぶやいた。確かに、何者かが結界を超えたはずだが、その魔力が感じられない。

 シュリカは肺の底からすべての空気を絞り出すようにおおきなおおきな溜め息をつく。


「……ゴラーナどの直々のお願いだぞ。ハイそーですか、って帰れるわけがあるか」

「ならその情けない面をリディアに見せるな。不安がる」

「不安にさせてる影の張本人がなにを言う……!」


 表情を変えもしない知己の膝裏を一発蹴りつけて、シュリカは階段を下りて居間へ向かった。

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