どんでん返しは三度ある

木沢 真流

どんでん返しは三度ある

 昨日の占い師は俺の顔を見るなりこう言った。


「あなたには明日、3つのどんでん返しがある」


 なんでそんなしょうもないことを必死に俺に伝えたのか、今になって悔しいほどよく分かる。

 今俺の手足はロープでつながれ、口にガムテープ。

 愛する結菜が隣にいるのは嬉しいが、彼女も縛られ、しかもアイマスクをつけられている。周りには武装集団数名、俺たちを数分後に殺すと言っている、まさに絶体絶命のピンチ。

 あの占いは当たっていた、とすれば最後に一つだけまだいないものがある。だとすればまだこちらには勝機が残されていると、そういう訳だ。

 諦めるのはまだ早い、俺はもう一度この散々な一日を振り返ってみた。




 朝きっちり時間通りに起きた俺は、洗顔や食事を済ませ、大学に行くための身なりを整えた。今日は大学2年生の初日、田仲結菜を新生活にエスコートする日だ。

 俺と結菜は高校の同級生で、部活も一緒だった。実は付き合うまで一歩手前だったのだが、結菜が大学受験に落ちたため、もし合格したら付き合おうと約束していたのだ。合格の知らせを聞いてから俺たちはメッセージアプリのみのやりとりだったが、やっと今日会える。まさに二人が第一歩を踏み出す日、それが今日なのだ、しっかり決めてやるさ。


 しかし俺は駅のホームで、一人の老人が杖をついているのが目に付いた。思い返せばこれが全ての始まりだった。

 重そうなリュックを背負ったその老人がゆっくりと階段を登るのを見て、俺は我慢できず問いかけた。


「自分持ちますよ」


 老人は何度も断ったが、奪うように俺はリュックを背負った。


「どちらまでですか?」


 目的は秋葉原のようだ。俺は駅までリュックを背負い、秋葉原で老人と別れた。時間はまだあるし、これくらい当然だろう、そう思って逆方向のホームに着いた途端、辺りが騒然としていることに気づいた。


——ただいま、運転を見合わせております、運転再開の目処はついておりません、繰り返します、ただいま全線運転を見合わせております……


 なんでこんな時に? これじゃ結菜との約束に遅れるじゃないか。あの老人を助けなければ今頃もう大学に着いていたのに。結菜を約束の共通教育棟305室でずっと待たせることになる、

 早速結菜にメッセージを送ろうとアプリを起動、と思ったが、


——無い、スマホが無い!

 

 どこかで落としたんだろうか、俺は目の前が真っ暗になった。しかしここで第一のが訪れる。それを知ったのは横で待つ人のスマホの画面。その画面を覗き込むと、ニュースサイトが大変なことになっていた。


『武装集団は駒修大学の305室に立て籠もっています。犯行声明はまだ出ておりません、また山手線爆破の影響で、山手線は全線運転見合わせており……』


 俺がもしいつも通り大学に行っていたら、今頃爆破に巻き込まれていたかもしれない、それはそれでいいニュースだ。だがしかし、


——305室には結菜がいる、結菜が危ない!


 結菜を助けねば。俺は急いで改札をくぐり抜け、結菜のいる駒修大学へ向かうためにタクシーを捕まえた。


 予想通り、大学周辺はパニックになっていた。

 警察官と報道陣、そして構内から逃げる学生たち。どうやら犯行声明が出されたようだ。

 その武装集団の名は「KORONA」。

 正式名称はコ(k)ロナウイルスに重(o)きを置いて、Respectする、Organization of National Association。こいつらもうちょっと考える時間なかったのかよ、まあ締め切りは翌日の23:59だ、仕方ない。

 コロナウイルスを神からの使者として、崇めよというのが狙い、というとんだ狂信者達だ。しかし武装に関しては本物らしく、山手線爆破もやってのけているところをみると、やつらは本気らしい。

 大学の正面は閉鎖されていたが、俺は学生職員のみが知る裏の入り口から難なく構内に入った。辺りは静寂と緊張感に包まれている。ところどころに見張っている散弾銃を構えた白装束、あいつらが武装集団か。

 俺は見つからないように結菜と約束した305室を目指した。そして階段を登って、目的の305室を外から覗き込む。

 遠くでよく見えないが、結菜らしき人物が監禁されているのが見えた。今助けるからな、そう念じ扉を開けようとしたまさにその時、俺の鼻がむずむず言い出した。


「へ、へ……」


 まずい、この季節の敵、あいつがやってきた。


「へっくじょん!」


 ただちに集まってくる白装束、俺は後頭部を強打され、そのまま意識を失った。


 どれだけ眠っていたのだろう、目が覚めると俺は知らない部屋にいた。

 そして横にはなんと、


「結菜!」


 アイマスクをつけられた結菜が手足を縛られていた。助けようとした自分も縛られていることにその時気づいた。


「まーくん? まーくんなの?」

「そうだ、もう心配いらない。俺がいるから」


 結菜はそのまま緊張の糸が切れたのか、溢れんばかりに泣き出した。


「目が覚めたか」


 声がした方に目をやると、ボスらしき男が座っていた。


「冥土の土産に見せてやろう、あいつらの無様な姿を」


 そう言ってボスは窓を開けた。そこからはちょうど305室に特殊部隊が突入するところが見えた。その瞬間、ドカン。黒煙を吐きながら大爆発が起こった。


「あの部屋はブラフだ。まんまと引っかかりやがった」


 なんと! ここで二つ目のがあった。あのままくしゃみをせずに部屋に入っていたら、爆破されて死んでいたのだ、危ないところだった。


「だがな、お前らも終わりだ。お前らを殺して俺らも死ぬ。コロナ神のすごさを伝えるには十分効果はあっただろう」


 何も出来ない、打つ手無しとはこの事だ。しかしまだ大丈夫、占い師はどんでん返しは3つあると言った。まだ一つ返っていないのがある。それが何かは分からないが、それに賭けるしかない。


 その時だった。

 コンコンと戸を叩く音とともに、意外な人物が入ってきた。


「アキバは……ここじゃったかのう」


 あの朝助けた爺さんだ。せっかくアキバまで連れて行ってやったのになんでこんな所にいるんだ? まさか三度目のどんでん返しって、これか? 助けた爺さんが助けたがゆえにここに紛れこんで殺される? 余計なことをしなけりゃよかった。

 ボスが低い声を響かせる。


「誰だこいつは、殺せ」

「おい一般人に手を出すなよ! (俺も一般人だけど)高齢者には優しくしろ」


 そう俺が叫んだ時、ドシ、バキ、ドカンと複数叩打される音が聞こえた、遅かった。あのよぼよばななら、きっともう粉々になっているだろう。

 俺が恐る恐る目を開けると予想外の光景が目に入ってきた。


「あれ、なんで?」


 そこに立っていたのは爺さんだけ。先程の数人はいなかった。いやいないのではなく、積み重なって倒れていた。


「おい、じじい、お前一体?」

「じじいには優しくしろとそこの若者も言ったよなぁ?」


 ボスが銃を構えるや否か、爺さんが杖を振り上げた。その先から、火が吹いた。次の瞬間、ボスが銃弾の衝撃で吹っ飛ばされた。残りのメンバーが動き出す前に、爺さんの左袖から飛び出した銀色の光が喉を掻っ切る、壁に飛び散る血飛沫ちしぶきと共にうわー、という断末魔の叫び。最後に飛びかかってきた男をするりとよけ、首をへし折る。ポキッと鳴ってそいつは動かなくなった。


 一気に部屋は静かになった。その光景を見ている生きた人間は今まさに俺だけ。


「まーくん! 一体どうなってるの?」


 爺さんはすっすっと、歩み寄り俺の前に立った。俺も殺されるのか?

 すると爺さんはべりべりとマスクを取った。その下には浅黒い、彫りの深い中東系の顔があった。そして胸から何かを差し出す。

 びくっとした俺だったが、それは見覚えのあるものだった。


「これは君のスマホだ。ミッションに必要だったので拝借した、すまなかった。君の案内してくれたアキバでいい材料が入ってね、杖からの銃弾はその部品で作った」


 何を言ってるんだ? 頭が混乱状態の俺の耳に男はそっと耳打ちした。


「私は借りは返す主義でね。でもこのことは内密に。もし誰かに漏らすことがあったら、君も抹殺デリートの対象として例外ではない。わかったね?」


 俺は力強くうなづいた、額は汗でぐっちょりだ。


「もうすぐ助けが来る。縄はそのままにしておく、その方が都合がいいだろう、ではさらば」


 そう言って男は再び爺さんのマスクをつけると、そのまま窓から飛び降りた。


「おい、大丈夫か?」


 ちょうどタイミングを同じくして特殊部隊が乗り込んできた。残された死体の山を見て、慎重にそれらを対処していた。俺と結菜の縄も解かれた。

 きっと現場はこいつらの仲間割れとして処分されるだろう、そもそもそうとしか説明がつかない。結菜のアイマスクも、外された。


「まーくん」

「結菜」


 俺は結菜を強く抱きしめた。


「結菜、本当はこんな形で再会したくはなかった、でも無事で良かった」


 俺たちのバックには警察、消防隊、救急隊、マスコミ、まさに映画のエンディングの光景が広がっていた。ヒーローは俺、ヒロインはもちろん……


「ねえまーくん、今度会ったらまず最初に言いたかったことがあるの」


 世界がキラキラと輝き出した。


「何だ、結菜」


 俺は結菜の目をしっかりと見つめた。

 少しもじもじする姿がまた可愛い。


「あの……」

「うんうん」

「わたし、浪人中に新しい彼氏ができた」

「え?」


 どんでん返しはもう懲り懲りだ。

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