ご主人様系後輩ヒロインが俺の恋愛にいきなり乱入してくる ~助けるのか邪魔するのかはっきりしてくれ~

チバ二ヤン

プロローグ:いきなり廃部の危機

 私こと朱(しゅ)染(ぜん) 旭(あさひ)は困難に直面している。 

 それは世界でもごく少数の人にしか体験できない困難であり、解決策は明快だがそれを実行に移すには特殊な能力が必要である。

 私の近くにもこの困難を打破する能力を有している人間はいる。だが悲しいかな、彼らがこの困難に直面することはない。

 つまり、この困難は解決策を実行できる能力を有する人間には立ち塞がらず、能力を有さない人間の中でもごく一部、とりわけ選ばれし人間にしか直面しない困難。その名も『部員不足』。

 我々、陰キャ達は特殊な能力つまり『コミュニケーション能力』を有していないことが多く、中には解呪が困難と言われている『コミュ障』という呪いにかかっている者もいる。

 何故私たちが陽キャ達と比べコミュニケーション能力が劣っているか? その原因は長年多くの人間が研究してきたがまだ明確な答えは出されていない。

 しかしその原因の大部分を占めているものはわかっている。

 それは『中二病』である。

 一例をあげると、中二病とは自らの中に世界を創造し、その世界の中で起こる数々の事件を余裕綽々と解決し、名も告げずに去っていく少年漫画の主人公と自分を同一視してしまい、現実からかけ離れた空想世界に自分を閉じ込めてくる恐ろしい病気である。

 まとめると、そんな『中二病』にかかり気味な『コミュニケーション能力』が乏しい陰キャな俺 朱染旭は今『部員不足』による廃部という困難に直面している。


* * *


「だーかーらー、新入部員ですよ、新入部員」


 桜が見頃を迎えた4月中旬の夕方、校庭から発せられる運動部の暑苦しい叫びが聞こえる化学室で八人掛けの大きな机の上に、教員の許可も取らずに勝手にガスバーナーを使って沸かしたお湯で入れた紅茶を飲んでいる女子、宝生(ほうしょう) 雪(ゆき)先輩 に向かって熱弁する。


「宝生先輩はなんでそんなに呑気に出来るんですか? 今年、部員一人でも入らなかったら廃部ですよ! 嫌でしょ廃部になるのは、だから宝生先輩も何かいい案を出してくださいよ」


現在、我が化学部は俺 朱染旭と宝生雪先輩の二人だけである。

去年までは俺ら以外に3人化学部員がいた。受験生にも関わらず化学室にきて一緒に遊んでくれたよい先輩だったがこの春めでたく卒業してしまった。

 我が春日部北高校の校則では部員が三人以上いない部活動は廃部になってしまう。あと最低でも一人、入部しなければ廃部になってしまう。

 そんな状況もあり焦り気味な俺に対して宝生先輩は冷静にともすれば興味がなく見える態度で答える。


「何をそんなに慌てているの?朱染君。ここは化学部なのよ。勧誘なんてしなくても人は入ってくるわよ。一応うちの高校は進学校なのよ。化学に興味がある生徒が何人かはいるはずよ」


入学式が終わって一週間が経った今、ただの一人も見学に来ていないという状況にもかかわらずこの発言である。

部活を存続させる気がないようにすら感じてくる。

しかし、宝生先輩は毎日欠かさず放課後は部活に顔を出すし新入生歓迎のスピーチにも付き合ってくれた。

存続させる気はあるようには思えるがそんな素振りを一切見せない。一年間も一緒にいるのにイマイチこの人の考えてることがよくわからない。


「なんで、こんな状況でそんなポジティブになれるんですか、とゆうか、うちの部活は積極的に勧誘しないと人来ませんよ、だってうちの学校には俺たち化学部の他に科学部があるんですから」


そう ここ春日部北高校には実績をばんばん出し化学グランプリや科学甲子園(いわゆる科学の全国大会みたいなもの)で周りの私立高校を抑えて公立高校であるにもかかわらず金賞を勝ち取るなどの新入生の心を掴む魅力を持つ科学部がある。

俺たち化学部は化学室という主に講義で使う教室を使っているのだが、科学部は化学実験室という化学室より大きいうえ実験器具がそろっているので実験をすることもできる教室を使っている。

まあ仕方ない、俺たち化学部はなんの実績もなく、まわりからは特に何もせず放課後を無為に過ごしているだけのぐ~たら部だと思われているからな。

実際、全くその通りなんだけど。

なんで宝生先輩は化学部を抜けないのか不思議なぐらい何もしていない部だ。

放課後ふらっと来ては世間話をしたり、大富豪やウノをして遊んだり、各自で勉強をしたり基本的に化学部らしいことはほとんどしてない。科学グランプリや科学甲子園には一応出ているが結果は当然惨敗。

そんな化学部が何故部として成立しているかというと顧問がした研究を化学部がやったものとして校内に掲示しているからだ。

そのせいで顧問から面倒な依頼を押し付けてきたりするのだが……まあ協力的な関係ってやつだ。

俺としては宝生先輩と一緒にいられる唯一の場所なので自分が辞めるつもりもなければ廃部にするつもりもない。

だがどう考えてもうちが科学部より魅力的なところなんてない。ほんと どうしたらいいものか。

事前の知名度で負けているならせめて何も知らず、なんの興味もなく入ってきた新入生をつかまえなければならない。だから積極的に勧誘をしなければならない。にもかかわらずこの先輩ときたら…………はぁ~


この後も俺の訴えは宝生先輩の心を少しも動かすことはなく、宝生先輩は部費で買ったクッキーと紅茶を楽しんで帰ってしまった。

ちなみにこれらは新入生歓迎用で買ったものだ。

まあ誰もこなかったからしょうがないけどこれ横領じゃないかな? 大丈夫だよね?

まぁうちの部に近寄る変わり者なんて全くいないし大丈夫だろ。

俺完全に言ってること矛盾してるな…………

ここで一つ、俺がここまで熱心に化学部を存続させたい理由を述べておこうかな。


それはもちろん宝生先輩が好きだからに決まってるじゃないか!


好きじゃなかったらこんなに必死になって新入部員を入れる方法を考えたりしないわ。

なんたって、宝生 雪とはどんな人かと聞かれれば全校生徒が「綺麗な人」と答えるような、誰もが認める美人だ。過去に何かがあったみたいで孤立しているが普通だったらカーストの頂点に君臨してもおかしくない。

しかも “黒髪ロング 巨乳 肌白” 俺的最強女子三種の神器を全て兼ね備えている。

もう控えめに言って女神だ。

言っておくが俺は生まれから十六年恋人がいたことがない。そもそもどうしたら恋人ができるのかもわからない。

そんな俺がふらっと化学部に見学に来た時に一目惚れした宝生先輩と付き合いたくて化学にさほど興味はなかったのに化学部に入部したのは間違っているか? 

間違っていてもしょうがない、だって恋人いたことないんからどうすればいいかわからないからな! せめて少しでも多くの時間一緒にいたい、彼女のことを少しでも知りたいと思ってしたこの選択に後悔はない。

そもそも、恋愛漫画を読んでみても運命の出会いだとか何か事件が起きただとか舐めんな! そんなの十六年間一度も起きたことないぞ。何を読めば現実的な恋人の作り方がわかるのだか、ほんと


「はぁ、一体どんなことをすれば宝生先輩と付き合えるのかな〜」


『ガタッ!』

 不意に廊下から物音が聞こえた。

やばいやばい、気持ちが高鳴りすぎて思わず口に出してしまった。

時計を見ると十六時半、丁度運動部がラストの追い込みに入り、一層熱気を帯びた出した頃だった。


「宝生先輩も帰ったし俺もそろそろ帰るか」


今日も今日とて何の進展もなく俺、 朱染 旭 の1日は終わっていく、帰り道、人通りも車通りもなく街路灯と月のあかりだけに照らされる住宅街の中の生活道路を歩きながら月に向かってボヤいてみる。


「何か運命的なこと起きないかな」


あさひが雪への愛を呟いた少し後、一人の女子が廊下を走っている。

短い金髪を揺らしながら、これから始まる物語を空想し頬を緩ませ、誰もいない放課後の廊下を走っている。

「面白いおもちゃみ〜つけた」


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