第40話 王国杯ファイナル①
「逃げなかったんだな。それともルールを知らなかっただけか?」
「はは、お上手な騎竜技術を間近で見られるって聞いて、勉強がてらね」
スタートラインに立ったレージは落ち着いていた。
リゼルはフンっと鼻を鳴らし、ファーストリングを見つめた。
一方レージはリゼルを観察する。
漆黒のドラゴンは筋骨隆々といった具合で、ロッテよりも体が大きい。
そしてリゼルも、一見細身に見えるものの金属の鎧を纏っていて、長柄の武器を持っている。力には自信があるのだろう。
ん? 長柄の武器を持ってる?
当たり前の話だ。レージだって弓を持っている。
やっばい! テルからリゼルの武器についてなんにも聞いてない!
リゼルが持っているのは槍のような長柄の武器だった。
レージは一生懸命記憶を探り、その武器の名称を思い出す。
たしか、方天戟ってやつだったと思う。生前にアクションゲームで使った覚えがある。
槍のように突くというだけでなく、切る、叩く、薙ぐ、払うといった万能に使える武器だ。
長柄で刀身が重くなるため、扱うには相応の力が必要になるはず。
どれだけの練度なのかは不明だが、レージにとって接近戦は圧倒的に不利だろう。
いや、弓を携えている時点で接近戦が不利なのはわかりきっていたが、例えば並んで飛んだ時に剣では届かない距離が方天戟なら届くということが予想できる。
スタートする前に気付けたことをポジティブに捉えよう。
レージは大きく息を吐き出し、気持ちを戦うということに切り替える。
「さあ始まるぜぇ! ブルーガーファームの御曹司、リゼル・ブルーガーとシーザー・リオ! 漆黒のドラゴンってかっこいいねぇええ!」
実況の声が遠く聞こえる。
集中できている証拠だ。
「そしてヴィンセントドラゴンファームからはレージ・ミナカミとシャルロッテ! なんと人竜共に今大会が初のエアリアルリング参戦ということで番狂わせなファイナルとなったぞ!」
レージは空を見上げる。
「よし、がんばろ。な、ロッテ」
ロッテも一緒に空を見上げた。
なんていうか、人とドラゴンが一体となる感覚。
いよいよスタートの時間が近づいてきて、観客が静まる。
ファーストリングとレージたちを結ぶ線上に、赤い光が点灯した。
そういう魔法だろう。つまりスタートシグナルだ。
手綱を握る。
額をつたう汗は気にならない。
スタートシグナルが青い光に変わり、同時に脚に力を入れてロッテに飛ぶ指示を出す。
「いこう!」
「くぃーん!」
ロッテが力強く大地を蹴った。
「スタートだぜー!! っておおーっと! いきなりリゼルが仕掛ける!?」
勢いよく飛び出すと同時に、リゼルが手をかざした。
「ウォーターフィルム!」
レージの前方に水の膜が出現した。
目視はできたものの、この勢い、この至近距離では避けられない……!
「くぃーん!」
ロッテが吠えながらスピードを落とさずに水の膜へ突っ込んで突き破った。
水の膜はゴムのように伸びて、ロッテの速度を少し落とすことになったが、それ以外にダメージはなさそうだ。
しかし、そのちょっとした減速がファーストリングを奪われる結果となったのは言うまでもない。
「ファーストリングの先頭はリゼル! その後すぐにレージが飛抜だ!」
リゼルが先にファーストリングを飛抜する。
そのすぐ後ろについてレージがファーストリングを飛抜した。
セカンドリングは左に旋回しつつ少し上昇するコースだ。
レージは旋回しつつ矢を構え、魔法を掛けずに矢を放った。
それに気付いたリゼルは、少しだけ旋回コースを膨らむ形で避けた。
魔法を使わなかったのに気付かれた。ちゃんと後ろも警戒していて視野が広い。
「レージの矢の攻撃をなんなく避けるリゼル! しかしその間にレージがインサイドに入り込んだぁ!」
実況の通り、レージはその隙にリゼルの横に並んだ。
「それにしても解説のドレイクさん、ドラゴンの上から弓っていうのは珍しいスタイルですね!?」
「あー、そうだな。うちの隊では見たことないな。しかもなかなか精度が高そうじゃねぇか。ありゃあ一見簡単そうに見えるが、相当なもんだぜ」
レージとロッテはリゼルの横に並んだタイミングで、体当たりを仕掛ける。
テルが言っていた基本は体当たりが効果的という言葉を実行する。
しかし――
「ああっと! レージの体当たりにびくともしないリゼル! これはシャルロッテとシーザー・リオの体格の差が出た形かぁ!?」
「両ドラゴンともポテンシャルはたけぇが、完成度はシーザー・リオの方が一枚上手のようだな」
ロッテの体当たりは弾かれ、逆にシーザー・リオの体当たりを返されて体勢を崩すことになった。
このまま無理をしたらセカンドリングに触れてしまうため、いったん減速してリゼルの後方につく。
「ロッテ、大丈夫か!」
「くぃーん」
ロッテの悔しそうな態度に、レージも歯がゆくなる。
もっと勢いをつけてぶつけられればよかった。
「セカンドリングも先頭はリゼル! しかし差がなくレージも続いているぞ!」
「やべーな。思ったよりも楽しませてくれる」
ドレイクは解説というよりも感想を述べ、マイクは大興奮に実況を進める。
サードリングへはインメルマンターンで向かうのがベストだ。
二匹のドラゴンが上方へ綺麗に弧を描いていく。
円の頂点でハーフロールをするタイミングで、リゼルが後方に魔法を放った。
複数の水の矢だ。
「アクアアロー!」
鋭く向かってくる矢をロールをしつつ避ける。
ハーフロールのつもりがもう一回転多く回るはめになった。
しかし特に減速などせずにかわすことができたのは上出来だ。
「ココだ! バーストウィンド!」
レージは前方に手をかざして、リゼルの横から突風の魔法を放つ。
「おおっと! ここでレージが仕掛けた!」
ちょうど飛抜体勢に入ったリゼルとシーザー・リオの体勢が崩れ、サードリングに接触する。
「くっ! リオ、立て直せ!」
その間にサードリングを飛抜したレージが先頭に立つ。
「サードリングで先頭が入れ替わる! リゼルはシーザー・リオの麻痺によるタイムロスで引き離されたぞ!?」
「よし、このままいくぞロッテ!」
「くぃーん!」
バレルロールをして次のフォースリングへ向かう。
そして後方のリゼルに向かってウィンドアローを放った。
これでリゼルのバレルロールが少しでもブレてくれれば儲けものだ。
「ああっと、レージの魔法に対してリゼルは避けない! なんと水を纏わせた方天戟で矢を打ち落としたー!」
リゼルの対応に歓声が鳴り響く。
向かってくる矢を打ち落とすってマリルかよ……しかも騎竜状態で。
フォースリングを飛抜するが、リゼルには差を詰められる。
「フォースリングを飛抜して依然先頭はレージ! しかしリゼルが猛追してきているぞ!」
「坊っちゃんやるなぁ。避けると大きなタイムロスになってたかもしれねぇ。良い判断、良い対応だ」
レージはフィフスリングに向けて左に旋回する。
曲がっている途中で後方、正確には左斜め後ろにいるリゼルが何かを唱えているのが見えた。
「スプラッシュドラゴン!」
瞬間、大量の水がまるで竜のようにうねりをあげて襲いかかってきた。とんでもない濁流だ。
「やばっ、避けられな……!」
「おおーっと! ここで大技スプラッシュドラゴン! 洪水のごとくレージを襲う!?」
レージは咄嗟に風の渦を作って身を守ろうと試みるも、あっけなく濁流に飲み込まれてしまった。
あまりにもすごい水圧に手綱を手放してしまい、体が宙に浮く。
「落ちっ……!?」
「レージがシャルロッテから落ちたぞ! これは勝負あったかー!?」
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