第31話 飛抜
「よし、もう一回飛ぼう! テル、下見のやり方を教えて! って、片手で大丈夫?」
「うん、コタロウなら手放しでも乗れるよ。競技はさすがに無理だけど……」
「そっか、じゃあ悪いんだけどお願いします」
レージはもう一度ロッテに跨り、そして飛翔した。
テルもすぐにコタロウに跨って片手で手綱を握り、それに続く。
「なぁロッテ、空が近いだろ? 気持ちいいよなぁ」
上昇後、空を眺めながらロッテに話しかける。
ロッテは尻尾を振っている。
これから競技を覚えていく。レージはとても高揚していた。
「レージ、まず白いリング、ファーストリングのところにいこう」
言われるがまま、テルとコタロウの後に続く。
白いリングは空に向かって少し傾いて浮いていた。
それを間近で見て、レージは思ったことが口に出た。
「意外と小さい!」
「そうなんだよ。実はこのリング、ドラゴンは翼を後ろに畳んで全身を伸ばす体勢にならないと通れないくらいの大きさなの。だから、ドラゴンの体の大きさに合わせた階級別になってるんだよ」
階級別というと、なんとなくボクシングを思い出す。
「といっても三階級だけで、ヴィーヴルは基本的にミニマム級。あとはミドル級とヘビー級ね。基本的にはリングの大きさが違って、コースが長くなる感じかな」
「なるほど」
ロッテはヴィーヴルの中でもさらに体が小さい方だから、余裕でミニマム級というわけだ。
ただ、それでもちゃんと翼を畳まないと通れないだろう。
「じゃ、ちょっとお手本見せるね」
「大丈夫?」
「単発だけなら大丈夫!」
そう言って、テルは反転した。
ぐるっと大きく旋回して白いリングに対してまっすぐ進入する。
そして、リングを通る直前に前傾をし、コタロウが翼を後ろに畳み込んで身体を伸ばした。
まるでミサイルだ。
空気抵抗が少なくなったからか、瞬間的に加速してリングを通過した。
「おみごと……」
美しくリングを通過したことに感嘆の声が漏れた。
「ね、簡単でしょ?」
「やっぱり言うんだね」
そりゃ、片手でここまで綺麗に飛ばれたら簡単そうにも見えちゃうけど。
「リングを通過することを飛抜っていうの」
「ひばつ? 初めて聞くよ」
「うん、完全にエアリアルリングの用語だからね。飛抜のポイントは三つ。なにかわかる?」
急な問いにレージは脳をフル回転させる。
「うーん、たぶんひとつは進入経路。ちゃんとまっすぐ入らないと体が接触しやすいんじゃないかな。ふたつめは飛抜の姿勢かな? 人はドラゴンの邪魔をしないように前傾して、ドラゴンは目一杯身体を伸ばしてた。それがすごく綺麗に見えたんだよね。最後は……なんだろう」
「レージすごい! そのふたつは大正解だよ!」
馬術の経験が活きている。障害飛越する時も似たようなことが重要だからだ。
「最後は飛抜の後に体勢を戻す速度ね。身体を伸ばした状態だとドラゴンのコントロールができないから、リングを飛抜した直後にしっかりと身体を起こして次のリングに向かえる体勢を整えることだよ」
なるほど、三次元だからこそより重要になるんだろう。
「わかった。ちなみに、進入経路はどれくらい前からまっすぐの姿勢を作ればいいのかな?」
「目安は三翼分。三回羽ばたき分ってことね。とはいえ、それを意識するのはすごく難しいんだよ。だって空間を正しく認識して、リングまでの距離を脳内で処理しないといけないから。あとはドラゴンによって推進力が違うから、ロッテちゃんに合わせる必要があるよ。でも、これがわかってくると頭の中で1,2,3ってカウントして飛抜できるようになるから、より精度が上がるんだよ」
確かにリングを見た時の背景が空だけとなると、そのリングまでの距離間を把握するのがすごく難しい。
なにかレーダーのようなものがついているわけでもないし、どうしたらいいんだろう。慣れでなんとかなるものなんだろうか。
「もちろん、ひとつは経験と慣れね。これに勝るものはないと思うんだ。でも、時間がない中で今のレージにそれを言ってもしょうがないから、別のアドバイスね」
「うん」
「このリングに対して光魔法を使うことで距離感を把握することができるんだ」
「どゆこと?」
急にちんぷんかんぷんになった。
「光魔法の初歩の初歩でレーザーレンジっていうのがあるの。それで目に見えないくらい細い光線を放てるんだけど、それを次にいくリングに当てることで距離感が直感的にわかるようになるんだよ」
「ぁあ、教科書に載ってた覚えが……俺でも使える?」
「うん、大丈夫だよ。エアリアルリングは、リングを飛抜するたびに次のリングにレーザーレンジを当てて向かうっていうことの繰り返しなわけ。その上でのコース取りがすごく重要なんだよ」
すごく納得できた。
一見無秩序に配置されているリング。次のリングに行くコース取りが本当に重要だ。
「あれ、そういえばこのリングってどっち向きに飛べばいいの?」
「あはは、言うの忘れてたね。リングはどっちからでも飛抜していいんだよ」
「じゃあ選手によっては逆に飛抜することがあるってこと?」
「まあ、コース次第だけどね。コース戦略の難しいところは、誰にも見えてない最短のルートを見つけられるかってことだから」
「なるほど、じゃあ基本的にはさっきの三つのポイントを加味すれば、必然的にコースは絞られてくるってことだ」
「そういうことっ!」
複雑なように見えるが、最低限のコース取りというのは定石があるように感じた。
その上で、奇抜なコース取りをして他を出し抜ければベストなのかな。
おそらく慣れてくるとこのリングの並びを見ただけで定石としてのコースが見えてくるようになるんだろう。
一通り説明はもらったし、ひとまず単発で挑戦してみよう。
「よし、ロッテいこうか」
「くぃーん!」
まずはファーストリングに対して光魔法レーザーレンジを使ってみる。
確かに、あと何メートルとかって数値的なものじゃないけど、直感的に物体との距離が感じられる。視認している物との距離を補正してくれている感覚で、不思議な感じだった。
レージはさっきのテルのコース取りと同じ様に軌道を描き、白いリングに向かっていく。
ロッテが翼を打つ感覚を覚えつつ、ファーストリングに対してまっすぐ向かわせる。
そして、飛抜するタイミングで体を前傾させてロッテに翼を畳むように促す。
形としてはうまくいった気がする。
しかし、現実はなかなか厳しいものだった。
まず、真ん中を抜けたと思っていたが、ずいぶんズレていたようだ。
次にロッテの姿勢が悪く、翼を畳みきれていなかった。
当然そうなるとリングに触れてしまう。
「テル! 今のどうだった?」
「うん、リングに触れてたけど、初めてってことを考えたらいい感じだと思う!」
褒めすぎという感じもなく、率直な感想だろう。
「まずは何度もチャレンジして、レージ自身の感覚とロッテちゃんの姿勢矯正を優先だね」
「なかなか難しいな……」
結局、下見を行うところまではいけなかったが、エアリアルリングの難しさ、奥深さを体験できたことは、レージとロッテにとって確かな一歩となった。
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