第22話 馴致~腹帯とハミに慣れる~

「本当にでかくなったなぁ」

「くぃーん」


 レージは丸まっているシャルロッテを背もたれにして、竜房の中でリラックスしていた。

 藁の上にシーツを敷いたベッドで寝るのは慣れを通り越して心地良くすら感じるようになってきた。

 シャルロッテもリラックスしている。


「なんか、もう乗れそうだよな」


 とは言うものの、他の成体のドラゴンに比べたらまだまだ小さい。


「ロッテちゃんの馴致しよ!」


 ちょうど伸びをしていたところに、唐突にテルが竜房へやってきてびくっとする。


「え?」

「じゅ・ん・ち! 訓練のことだよ」

「あ、いや、それはわかってるんだけど、もうできるんだって思って」

「んー、生まれてからこんな短期間で馴致するのは初めてかもだけど、体格的にはもういけると思うんだ」


 テルの持っている物に視線を送ると、ドラゴンのお腹に巻くストラップと幼竜用の頭絡を持っている。


「ロッテがやる気ならやってみるか」


 レージは起き上がり、シャルロッテをトントンと撫でる。


「くぃーん!」


 どうやらやる気らしい。

 これから何をやるのか、理解しているような素振りだ。

 シャルロッテはレージに翼が当たらないように立ち上がり、レージと共に竜房を出た。

 そして、牧草地でまずはストラップを巻く。

 これは鞍を置くための準備段階だ。

 鞍は腹帯によってキツく締められる。

 それに慣れるために、まずは帯だけで締めるのだ。

 といっても馬ほど敏感ではないドラゴンでは、割とすぐに慣れてくれる。

 そしてシャルロッテも例外ではなかった。


「よし、いい子だな」


 ストラップを締めた状態でリードを引く。

 特に違和感なく付いてきてくれた。


「次は頭絡、というかハミに慣れてもらわないとね」


 そういってテルはシャルロッテをかがませる。

 ハミは金属製で、頭絡の先端に付いている。これをドラゴンの口の中にで動かすことで、ドラゴンに指示を与えるのだ。


「ほらロッテ、口を開けて」


 レージも横について、口を開けさせる。ギザギザの前歯とすり潰すための平らな奥歯が見える。雑食というのがよくわかる。

 前歯で噛みつかれたら終わりだな。

 そこにハミを入れ、頭絡を付けてみる。手綱はまだ付いていない。


「くぃーん」


 ちょっと嫌そうにする。

 口角にハミが当たるのが気になるようだ。


「ほらほらロッテちゃん、大丈夫だよー」


 テルが愛撫をしながらハミに慣れさせる。


「ドラゴンはね、口角の部分がすごく柔らかくて敏感なの」

「なるほど」

「だから、ハミを嫌がる子は結構いるんだよね」


 ロッテは嫌そうな顔をしながらしぶしぶリードに引かれる。

 リードはまだ直接ハミに付けず、あまりハミが口角を刺激しないようにする。

 まずは口の中に異物がある状態に慣れてもらうしかないのだ。


「ロッテ大丈夫だぞ。俺が隣を歩くし、不安なことなんて何もない」

「くぃーん」


 前かがみになって、変な体勢で歩いている。口を前に突き出すようにして、ハミが口角に当たらないようにしているのだろう。


「こればかりは慣れてもらうしかないからなぁ」


 ドラゴンは馬よりも強気だ。

 馬は基本的に安全や快適を求め、嫌なことから逃げるのが本質としてある。

 だから嫌な圧を掛けることで、そのストレスから逃げられることを理解させるのが調教のひとつとなる。言い方を変えれば気分の良い方へ誘導するわけだ。

 ドラゴンは馬と違い、選択肢の中で逃げるということを滅多に選択しない。むしろ好戦的でストレスに対して真っ向から挑もうとする。

 でも本質としてはストレスからの解放を求めているわけで、過程は違えど結果は一緒なのだ。

 つまり、馴致の本質としては馬もドラゴンもそれほど変わらない。

 唯一変わるとしたら、ドラゴンの方が数倍以上頭が良いということ。

 覚えも良いし、複雑な指示を理解することができる。ハートも強いから勝手に逃げ出したりもしない。

 シャルロッテもハミに対して、どうすれば気持ち悪くなくできるのかを必死に考えている。

 ひとつは口の中に異物があるという違和感への慣れ。これは時間が解決する。

 そしてもうひとつは舌の位置だ。

 ドラゴンの舌はめちゃめちゃ長い。この長い舌でハミの位置を巧みに動かして、自分の好きな位置に持ってこれるかどうかなのだ。もちろん数センチ、いや数ミリレベルの話になる。


「もごもごしてるね」

「ハミで遊ぶ、というか舌の位置を定めてるんだよ」

「なるほど」


 牧草地を二人と一頭でのんびりと歩く。

 シャルロッテはもごもごと違和感を示しつつ、一生懸命付いてくる。


「そういえばさ、乗る乗らないの馴致はいいとして、飛ぶっていうのはどう教えるの?」


 そうなのだ、シャルロッテはドラゴンなのだから空を飛ぶ。

 でも、まだその翼で空を飛んだことはない。


「ふふふ、じゃじゃーん!」


 そう言ってテルが取り出したのは長いロープだった。

 どこから取り出したんだ。


「これは調竜策。ようはドラゴンに長い紐を付けて、円形に飛ぶ練習をする道具なんだよ」

「なるほど、馬にも同じようなものがあるよ。でも、肝心の飛ぶというはどう教えるの?」

「レージ、人は赤ちゃんの時に立ち上がって歩くことを誰かから教わる?」

「うぐ、そういうことか」


 つまり、ドラゴンは教えなくても本能で飛べるようになるということだ。

 それをコントロールし、上手な飛行を支援しつつ、ハミに慣らせるというのが調竜策の狙いなのだ。


「勉強になります」

「そうでしょー。竜騎士になるなら、ドラゴンのことはちゃんと知ってないとね」

「筆記試験とかもあるんだっけ」

「そうそう一次試験は筆記だから」

「ようやく文字が読めるようになったくらいなのに、大丈夫かなぁ……」

「大丈夫大丈夫!」


 そんな平和な昼下がり。

 シャルロッテはまだもごもごとしていた。

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