第72話 おいしい甘味が食べたいです
兵糧ちまきを開発した俺は、ドヤ顔で信長兄上に披露した。
ふっふっふ。たまには褒めてくれてもいいんだぞ? ついでにお小遣いなんかもくれてもいいんだぞ?
一応、色んな物の開発に協力してもらってるから材料とかは用意してもらってるけど、現金はもらってないからなぁ。必要な物がある時は信長兄上につけてもらってる。
でもさ、できればお小遣いが欲しいじゃないか。
いやほら、たまに清須の城下町で熊に餅の味噌焼きを奢ってもらってるんだけどさ、あれって結構うまいんだよな。店によって味噌の味つけが違うから、食べ比べしたりとかすると楽しいんだよ。
一緒に食べるのが熊ってところを除けば、本当に楽しい。
だからお小遣いがあれば、熊と一緒じゃない時でも、お餅が食べれていいよなぁって思ってたんだけど。
なのに、もらったのは誉め言葉じゃなくてげんこつだった。なんでだよー!
「痛いではないですか、兄上!」
頭を押さえて涙目で訴えると、信長兄上が大きくため息をついた。
「このたわけが。人参や椎茸を使って足軽たちの兵糧食など、作れるわけがなかろう。いくら銭がかかると思っておる」
あ、そうだ。開発に夢中になって忘れてたけど、椎茸って超高級品だった。栽培の提案もしたけど、成功したって話も聞かないし、まだ高級品のままかもしれない。
それに人参も栽培し始めたばっかりで、同じく高級品だった。
くっそー。せっかくこの時代に転生して、現代の知識でチートしようと思ったのに、できなかったとは!
人参も椎茸もない兵糧ちまきなんて、大根入りのただのちまきじゃないか。一気にしょぼくなるぞ。
「だがうまそうではあるな。俺の分は作らせておこう」
出た。おいしいものを独り占めする横暴主君だ。せめて武将の皆さんの分も用意してあげてよ。それか馬廻りの親衛隊の皆さんの分くらい。おまけで熊も。
「信長兄上一人で食べたら恨まれますよ。せめて馬廻りの方たちには分けてあげてくださいね。それと勝家殿にも」
「……分かっておる」
その「間」は何だろうね。まったく……
絶対俺が言わなかったら独り占めしようとしてたな。
ちなみに「最中」は作ろうと思ったけど、難しくて無理だった。米粉を水で練って焼いてみたんだけど、なんかただの「ぬれ煎餅っぽいナニカ」にしかならなかったんだよな。
最中がナニカになった。
うん。自分で言ってちょっと楽しかったのは内緒だ。
それで、信長兄上にそれを報告したら、菓子職人をしている黒川円光って人を紹介してもらった。なんでも京都の有名な
一応、修業ってことで津島で働いてた時に、町を練り歩いてた信長兄上と知り合って喧嘩して意気投合したんだって。
その出会いのシチュエーションと信長兄上と気が合ったって事から分かるように、この人もなんていうか、破天荒な人だった。
あれだ。いわゆる、アル中になるんじゃないかっていうくらい酒を飲む。昼間だろうと朝だろうと、酒瓶を持って歩いている。
それでよくお菓子が作れるなと思うんだけど、腕は確かなんだそうだ。お酒を飲み過ぎて舌が使い物にならなくなってそうだけどな。
それにしてもこの時代の饅頭ってさ、甘くないんだぞ!
黒川さんがお土産にくれたお饅頭にかぶりついたらさ、中身、しょっぱいんだよ! もうね、騙されたーって感じだ。
凄い久しぶりの餡子だ餡子だわーい、って思いっきりほおばったから、口の中がしょっぱいのなんのって……思わず涙目になったのも仕方ない事だと思う。
うん。信長兄上には思いっきり笑われた。
くそう。もげてしまえ!
黒川さんに甘い餡子をリクエストしたんだけど、やっぱり砂糖が手に入らないから無理みたいだった。甜菜でもあれば代用できるんだろうけど、甜菜もないんだよな。
だけど、黒川さんの目がキラリと光って、堺の商人に聞いてみるって言ってた。
甜菜、見つかるといいな。
ていうか見つかってくれないかな。俺の甘い物生活のために。
そして最中の説明でも黒川さんの目がキランキランしてた。あ、ギラギラかな。
なんか拾遺和歌集の
「水の面に 照る月なみを かぞふれば 今宵ぞ秋の 最中なりける」
っていう歌があるらしくて、それで最中のイメージが頭の中にちゃんと浮かんだらしい。なんでも実家は京都のお公家さん相手の商売をしてるから、小さい頃から和歌の類は叩きこまれたんだとか。
ほんと、凄いね。
でも最中の製作をがんばってくれるそうだから、それに期待しよう。
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