久しぶりのシオリ
私は加納志織、ホントに久しぶりの登場。だってさ、だってさ、私はこの長ったらしいシリーズの事実上の第一作のヒロインなのよ。もっとも、あの時は脇役のはずが、書きなれていない作者の迷走でタナボタ式にヒロインになっただけって言われるけど、それでもヒロインに間違いないし。
それなのにだよ。それ以降はずっと脇役、それもシリーズが進むほど出番が減ってるじゃない。だいたいだよ、女神伝説だっておかしいじゃないの。女神って付いてるのに、どうして天使が主役でこの女神様がチョイ役なのよ。
タイトル見た時からずっとヒロインのオファー待ってたのに、四部作まで続いて、出番はたったのあれだけよ。ホント、もうちょっと出番があってもイイじゃない。私はそこまで大根かよ。
それでもカズ君と結婚出来てホントに良かったと思ってる。カズ君は優しいからね。そこだけは作者に感謝してる。そういえばカズ君との結婚式も、その後の夫婦生活もチットも書いてくれないから怒ってる。
実はね、子どもは結局出来なかったんだ。最初は仕事優先で避妊してたんだけど、やっぱりさ、欲しくなっちゃったのよ。そこで割り切って作ろうと思ったら、サッパリできず、病院に行ったら、
『不妊症』
さすがにショックだった。いやショックどころじゃなく目の前が真っ暗になってしまったわ。だって、カズ君が子ども好きなのはよく知ってるもの。これで下手すれば捨てられるとさえ思ったぐらい。ところがだよカズ君は、
「そうとわかってたら、あんだけ避妊に熱中せんで済んでたのに」
そうやって悔しがり、豪快に笑い飛ばして、私に子どもが出来ないことなんて、まったく気にする素振りを一切みせなかったの。それでね、しばらくは、
「やったぁ、これでシオと生でやり放題。
ぼかぁ、幸せだなぁ
二人を夕闇が、
包むこの窓辺に・・・」
私らの年代でもナツメロやろって思うけど、フル・コーラスでやらかすのよ。これで歌が上手けりゃまだ絵になるんだけど、カズ君は音痴とまでいかないけど下手だし、キザっぽい身振り手振りが全然似合ってなくておかしくて、おかしくて笑い転げちゃうんだ。
このネタを何年も、何年も、バリエーションを数えきれないぐらい変えて、それこそ私の心の傷が癒されるまで続けてくれた。今だってそう。あんな素敵な旦那様はいないと思ってる。
苗字だってそう。私には妹はいるけど、男兄弟はいなかったの。加納って家は、今じゃたいしたことないけど、由緒だけは古いのよねぇ。だから結婚する時に父がカズ君を婿養子にするのを条件として持ちだしちゃったのよ。私は加納の家なんて、どうでも良いって頑張ったんだけど、カズ君はあっさり、
「そういうことなら、加納和雄に喜んでならせて頂きます」
ホントに悪いと思ったもの。だから実質的には夫婦別姓、いや山本姓にさせてもらってる。カズ君に開業してもらった時も、
『やまもとクリニック』
こうするのにテコでも譲らなかったし、友達にも私が『山本志織』になってて、芸名で加納志織って名乗ってるにしてる。住んでるマンションの表札だって山本に強引にしちゃったもの。カズ君、かなり嫌がったけど、
「参ったな」
そういって笑って認めてくれてる。そうなの、いつもそうなの。私になにがあっても、カズ君は必ず笑って認めてくれるの。こういう商売だし、女だから時に勘違い男が言い寄って来る時もあって、それが週刊誌ネタになったこともあったけど、
「女神様のシオがもてるのは自然の摂理」
気にもしないのよ。長期の撮影旅行も多いのだけど、いつも笑って送り出してくれるの。そんな私もカズ君も還暦越えちゃって、今年で六十五歳になっちゃう。カズ君は歳相応、ちょっとぐらいは若く見られるけど、それでもそれなり。問題は私の方。
ちっとも歳を取らないのが自分でも驚異と思ってる。どこをどう見たって、二十代。カズ君と結婚したのは三十五歳の時だけど、あの頃だって二十代半ば過ぎに見られたけど、そのまま三十年が過ぎちゃってる。カズ君は、
「さすが女神様や」
ここまで来れば、そういう問題じゃない気もしてるの。というのも、私と同じ現象の女の人を少なくとも二人は知ってる。香坂岬と結崎忍。香坂さんは二十六年前から、結崎さんは結婚前から知ってるけど、二人ともちっとも歳を取っていなくて私と同じぐらいにしか見えない。
そうだ、もう一人いた。コトリちゃんもそうだった。私とカズ君を争った時も二十代半ば過ぎにしか見えなかったけど、コトリちゃんもあのままだった。もっとも十五年前に亡くなっちゃったけど。あれは余りにも早すぎた。最後にうちを訪れた時の、やつれ果てた姿を今でも忘れないもの。
私は他の人とは何かが違うのは間違いない。それが何かをずっと探してるのだけど、未だに見つかっていないのよ。カズ君に聞いたことがあるけど、
「女神様なら当たり前ちゃうか。歳取ったシオを見ずに済みそうやから、ボクは嬉しいけど」
女神様っていうけど、これは単なるあだ名。あだ名が『女神様』になれば、誰でもそうなれるなら、みんななっとるわい。ただね、自分の人生を見直すと一つだけ心当たりがあるわ。そう、三十三年前にユッキーに会った時。
最後に会ったのは入院のお見舞いだったけど、あの時に何かを感じたのは間違いないのよ。そう、何かをユッキーから受け取った気がしてならないの。きっと、あの日から私は変わったと思ってるけど、ユッキーに聞きたくてもあの後すぐに亡くなってるし。
「シオリ先生。今日は珍しく接待ですか」
「まあね。エレギオンHDの社長から直々だからしょうがないよ」
「また変な仕事を押し付けられないで下さいね。後始末が大変なんですから」
「わかってる、わかってる」
こういう接待は出来るだけ受けないようにしてる。みんな下心バリバリだからウンザリってところ。無理やり嫌な仕事を押し付けられるパターンも多いけど、酔い潰して襲おうとする男もゴロゴロいるのよね。もっとも私を酔い潰せる男なんていないけど。
でも、今回はなぜか素直に受ける気がした。というのも社長と副社長も怪しい。怪しいといっても犯罪関係じゃないよ。あの二人はどう頑張っても二十歳過ぎぐらいにしか見えないけど、たしかもう三十五歳ぐらいだったはず。ひょっとして、あの二人も私と同じように歳を取らないとか。
この歳を取らない女だけど、どうもクレイエールに関連してる気だけはしてる。だってコトリちゃんも、結崎さんも、香坂さんもクレイエール。さらに小山社長や立花副社長もそうなら、五人ともクレイエールに関連してるじゃない。なにかわかるかもの予感がしてならないのよ。
それにしても、あの三人組はおかしすぎる。そりゃ、エレギオンHDの社長がバカンスで豪華クルーズしたって構わないけど、社長と副社長と香坂さんだよ。香坂さんだって、社長と副社長の前では秘書みたいな感じに見えちゃうけど、ナンバー・フォーの超が付くおエライさんなんだよ。そんなVIPが三人だけで旅行するなんてあり得ないじゃない。
「あれ、シオリ先生、気合入ってますね」
「バカ言うんじゃないよ。誰に呼ばれてると思ってるの」
それにしてもブラフッタでターフェルシュピッツは楽しみ。ウィーンも何回か来てるけど、なかなかね。さすがはエレギオンHD、というか香坂さんの趣味かもね。
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