第192話 ダンスパーティー本番2


 楽団が数曲かなでる間に、だんだんパーティー参加者も増えてきた。ちらほらダンスを踊るペアも出始めている。


 これまで流れてきた曲はどれも、タンゴではなかったので、タンゴは本当に流れるのかと不安になってきた。アスカは何も気にしていないふうで、テーブルの上の料理をつまんでいる。


 そういえば、食事中の人をダンスに誘うことはマナー違反なのだそうだ。アスカをエスコートすることを含めて、こういったマナーは、もう一人のコーチのヨシュアからだいたいのところを聞いている。


 アスカは、この大広間に入ってからずっと食べているのは、ダンスに誘われたくないからなのか? せっかく来たのだから踊ればいいのに。


 そんなことを、考えながらアスカの食べてる姿を見ていたら、次の曲はタンゴのようだった。そうしたらアスカが手に持っていたお皿を、テーブルの上に置き、


「マスター、タンゴのようです。予行演習よこうえんしゅうしておきましょう」


 アスカにダンスを誘われてしまった。こういったパターンは考えていなかった。


 アスカとはいえ、今日のアスカは普段とは違う雰囲気がある。ちょっとだけだが俺もどきりとしてしまった。


 アスカの手を取りエスコートして、ダンスをしている人たちのほうに二人で歩いて行った。


 やはりアスカは注目されている。人から注目されている女性を俺がエスコートしているのだがそれだけで、優越感的な何かを感じてしまった。これこそがリア充の満足感なのかもしれない。生まれて初めての感覚だ。


 アスカの右手に俺の左手をえ、左手をアスカの背中に回し軽く添える。さあ、第一歩。


 頭の中で、曲に合わせ『クイック、クイック、クイック、クイック、回りながらスロー……』


 うまい具合に、調子も出てきた。


『スロー、クイック、クイック、スロー』


 最後のスローでのけぞったアスカの体重を受け止めた。ここで、会場の周囲からどよめきが起こった。何かあったか?


 そして、『クイック、クイック、クイック、クイック、回りながらスロー……』


 また、ここで、『スロー、クイック、クイック、スロー』そして、周囲からのどよめき。どうやら、アスカのダンスに観客と化したパーティー参加者たちがどよめいているようだった。


 そんな感じで五分ほどアスカと踊り、また、広間の脇のテーブル辺りに戻った。


 アスカをダンスに誘おうと、数名の男性が、こちらの方に向かってきたようなのだが、アスカはわれ関せずで、またテーブルの料理をつまみ始めた。


「アスカ、おまえとダンスしたがってる連中が何人もいるようだけどいいのか?」


「踊る踊らないは、わたしの自由ですから問題ありません。マスターが私に他の誰かとダンスしろと命令するのなら話は別です」


 命令するわけないだろ。


 アスカはどうしちゃったんだ。機嫌きげんが悪そうな感じではないが、よくわからん。


 しばらくして会場から拍手はくしゅが上がった。どうやら王族の方たちがこの会場に現れるようだ。リリアナ殿下と早めに一曲踊ってノルマだけは果たさなければならない。


 王さま、リリアナ王女、マリア王女の順にステージの上に並んでいる。最初に王さまから非常に一言があり、すぐに音楽が流れ始めた。それだけで、王さまは会場を後にしてしまった。王さまの日常は俺たちと比較にならないほど忙しいだろうし、休めるときに休んだ方が良いからな。


 ステージを見ていたら、リリアナ殿下がきょろきょろと会場を見回している。見かねた侍女がリリアナ殿下に何か言ったところ、俺の方に顔を向けてにっこり笑った。俺を見てほほ笑んでくれたの? そのまま殿下が、ステージを下りてにこにこしながら俺の方に向かってきた。


 いいことかどうかは別として、なんだか、最近リア充ぽくなってきたぞ。勘違かんちがいだったら非常に恥ずかしいので、殿下がこちらに来るのを待つ格好かっこうになったがさすがに、気付かないふりも最後までできるわけではないので、アスカと迎えに行った。


「ショウタさん、アスカさん。今日はパーティーにいらしていただき本当にうれしいです。わたしもつたないながらもダンスの練習をしましたの」


「ご招待にあずかった以上、うかがうのは当然ですので。なあ、アスカ。私はまるでダンスは出来なかったんですが特訓しまして、タンゴだけは踊れるようになりました」


「タンゴですか? えーと、タンゴですね。うーん、私、タンゴはまだダメなんです」リリアナ殿下が下を向いてしまった。


「殿下、大丈夫です。私がちゃんとリードしますから、きっと殿下も踊れます」


「ほんとですか? うれしー」にぱー、と花が開くような笑顔で喜んでもらった。


「それでは、殿下、次にタンゴが流れたら、私とダンスをお願いします」


「喜んで、お受けします」


 それを聞いていた殿下のお付きの侍女の人が楽団の方に急いで行った。そりゃー主催者だもの何でもありだよな。ほら、ちゃんと、タンゴが流れてきた。


「それでは、殿下」


「はい」


 殿下をエスコートして、広間の真ん中あたりまで移動し、先ほどアスカと踊った時のように、左手で、殿下の右手を軽く持ち上げ、右手を背中に回して軽く触れた。背中に俺の指が触れたとたん、ぴくんと殿下が震えたような気がしたが、初めての異性とのダンスならそんなこともあるだろう。周りで踊っていたペアは少しわれわれから距離を取ってくれているようだ。


「それでは、いいですか? はいと言ったところから私が前に出て行きますからそれに会わせて後ろにさがって行ってください。……はい、『後ろ、後ろ、後ろ、後ろ、回りながらスロー……』」


 なかなか、殿下も筋がいいようだ。最初タンゴは踊れないと言っていたが、どうやら殿下は謙遜けんそんしていたようだ。


 無事に5分ほど踊り切ったら、殿下が大きく息をして、


「ふー、緊張しました。でも、ショウタさんと踊れて楽しかった」


「わたしもです。しかし殿下はダンスがお上手でしたね」


「最初はああは言いましたが、実は、ショウタさんがタンゴを練習していらっしゃるというお話があったもので、タンゴを重点的に練習していました。えへ」


 小さく舌を出した、美少女の『エヘ』、いただきました。しかし、どこから、俺のタンゴの話が殿下の耳に入ったんだろう? ま、結果オーライ。


「ショウタさん、また、タンゴが流れたらもう一曲だけお願いしますね」


「はい。殿下」


 そうしたら、次の曲もタンゴだったのは言うまでもない。




「ショウタさん、今日はありがとう。またダンスパーティーがあればいらしてくださいね」


「はい。うかがわせていただきます」



 なんとか、殿下との約束を果たすことが出来た。アスカは俺と一度踊っただけで、後はテーブルを変えながらずっと何かを食べていたようだ。王族の方々も会場から引き揚げたようなので、われわれもおいとますることにして、会場を後にした。


 サージェントさんの馬車もすぐに駐車場から回ってきてくれたので、10時には屋敷に帰ることができた。


「マスター、楽しかったですか?」


「以外と、ああいったものも楽しいものだな。食べてばかりだったアスカはどうだったんだ?」


「マスターと踊れたので、満足しています」


「そうか。ふーん。それじゃあ、そのうちうちわでダンスパーティーでも開いてみるか?」


「いえ、それは必要ないと思います」


 そうですか。よくわからんな。




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