第194話 バレンタインデー、招待飛行1


 今日は2月14日、地球ではバレンタインデーだが、そんな男子高校生にとって天国と地獄を味わせるような試練しれんの日はこの世界にはない。ただの2月14日だ。



 そして今日2月14日は、セントラル-キルン第1便が飛ぶ記念すべき日なのだ。第1便にはマリア王女殿下とリリアナ王女殿下をお招きしている。


 飛空艇の発着場を王都とキルンの駅馬車駅舎えきしゃの近くに設け、小さな事務所を駅舎の中に置いてもらっている。発着場といってはいるが、馬車馬用の牧草地の隅の方を借りて、囲いを作っただけのただの草原くさはらだ。


 搭乗チケットや金銭管理は商業ギルドに委託いたくしており、飛空艇のスチュワーデスも商業ギルドから派遣はけんしてもらうことになっている。


 また、操縦士の四人のうち二人は、当番日にこの発着場に屋敷から通うが、その時は乗合馬車で通うことにしている。



 飛空艇関連の業務を商業ギルドで受託じゅたくするにあたり、名称がないとなにかとやりにくいと言われたので、『マスカレード航空』と名付けようとしたらアスカにダメ出しされてしまった。それで、セントラルとキルンを往復するのならと『セント・キルン』とか『セントラ・ルン』とか思いついたのだが、結局、アスカと俺の苗字みょうじをくっつけて無難に『コダマ・エンダー航空』となった。


 最初のころ、飛空艇に色をつけてさらに見栄みばえを良くしようと考えていたが、見慣れてくると、今の砂色も味があるように感じ塗装とそうはしていない。


 新飛空艇の胴体部分の両側に、『コダマ・エンダー航空 BR2-01』と黒くロゴを入れてみたところそれらしくなったのだが、ロゴだけでは味気ないので、何かマークを付けようということになった。


 それではと、マークの図柄ずがらをいろいろ考えて、俺は、虹色のシルクハットを推したのだが、アスカにクラン・マスカレードの実態が世間にバレる可能性があるからそれはダメだと言われ、なるほどと思いその案を取り下げた。結局、輪っかの中からボールをくわえた犬がのぞいているところをデフォルメ化したマークとなった。


 いまはまだ『ボルツR2型』は一隻しかないので、イエロー四人娘が操縦士を持ち回りですることにしている。四人とも、正副どちらの操縦もこなすし、どういったペアーになっても操縦できるようアスカに鍛えられている。当日操縦のない者は、アスカ道場でしごかれるので、飛空艇を操縦する方が楽だと思う。




 イエロー四人娘は、最初のころはアスカ教官が同乗しての飛行練習を行っていたが、今ではアスカが同乗せずとも長時間の飛行が問題なくこなせるようになっている。


 飛空艇2号艇『ボルツン・ワン』は乗員乗客合わせて二十三名を一応の定員としており、操縦士二名、スチュワーデス一名、乗客は二十名と手紙などの荷物を乗せることが出来る。


 当日は、うちの方から、正操縦士にリディア、副操縦士にアメリア。残りの二名も同乗させている。それにギルドから派遣されたスチュワーデスの女性一名、アスカと俺で、全部で七名。残りの十六名分はお二人の殿下を含めた王室関係者を乗せることができる。王室の方には、あらかじめ十六名で人選していただくよう伝えておいた。


 季節は真冬なので艇内の室温は低いのだが、改良型魔導空気加速器の加熱部分から客室内に温風が流れるようになっているため、離陸準備に入り加速器を起動させると、すぐに室内は暖かくなるはずだ。今日は、少し早めに加速器を起動させて室内を温めるよう指示している。


『ボルツR2型』では、操縦席と客席の間には仕切りを設けているので、操縦席のある前方を操縦室、客席の並んでいる方を客室と呼んでいる。 



 離陸予定の午前9時少し前に、箱馬車を連ねて王女殿下たちが到着した。二人の王女殿下は馬車を降りたその足でぞろぞろとお付きの人たちを従えて、飛空艇の近くで待つわれわれの方にやってこられた。西門のあたりで待ってた方が良かったのかな? まあ、堅いことを言うような人たちじゃないからいいか。



「今日はお招きありがとうございます。姉ともどもよろしくお願いします」


 妹ではあるが上位者じょういしゃであるリリアナ王女に先に挨拶あいさつされた。


「はい。こちらこそよろしくお願いします。マリア王女殿下もよろしくお願いします。あと、お付きの皆さまも」


 お付きの人は十人ほどで、そのうち二人は第2騎士団長のトリスタンさんと第3騎士団長のレスターさんだった。騎士団総長のギリガンさんも今回の飛行にリリアナ殿下だかマリア殿下に誘われたそうだが騎士団長全員が王宮を離れられないと言って欠席したそうだ。いろいろ気にかけていただいている人なのでお礼を言いたかったが残念だ。


「近くで見るとうわさ以上に大きなものなのですね。それに生き物みたい」


「そうですね。海にいるエイの形に似ていますからそう見えますよね。もうすぐ出発しますが、その前に殿下にこの飛空艇を開発した人をご紹介したいのですが」


「どなたですか?」


「ボルツさーん。こっちに来てくれますか」


 さっきまで近くにいたのに、王女殿下一行がやってくるのを見ると飛空艇の裏の方に行ってしまったボルツさんだが、俺に呼ばれたのでこちらの方に出てきた。


「こちらの女性が、飛空艇を作ったタチアナ・ボルツさんです」


「ボルツです。よろしくお願いします」


 なんだ、固くなってるけど、普通にしゃべれるじゃないか。


「こちらが、あのボルツさんでしたか、お噂はかねがねうかがっています。素晴らしいものをお作りになったのですね」


「き、恐縮きょうしゅくです」 


 そういって、頭をさげたままボルツさんはそのまま固まってしまったので、一行をうながし飛空艇の中に案内した。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る