第九話「内部告発 其之二」
「注射相撲というものは具体的にどのように話が進んでいくものなのでしょうか?」
この質問に対し連山は
「だいたい週刊誌に書かれてるとおりで、付け人の往来でやってます。以前は携帯電話のメールでやりとりしてましたし、今ならスマホでライン、って話なんでしょうけど、ご承知のとおり大相撲八百長問題で支度部屋への携帯電話の持ち込みが禁止されましたから」
と答えると、堂垣は次いで
「しかし、東西の支度部屋間の付け人の往来も禁止されてるでしょう? そのあたりはどうやってクリアしてますか」
と問う。
「そこが今の土俵が腐敗しているところで、おっしゃるとおり東西の支度部屋の間には親方がいて、行き来を見張ってるんですけれども、例えば横綱狛ヶ峰関の付け人の、それこそ狛犬あたりが、その親方連中に『横綱のお遣いです』って言えば通してもらえるんですよ。
ああ、所詮人間のやることなんだな、って思いましたね」
「狛ヶ峰のお遣いと言えば通過できた?」
「そうです」
「連山さんは、どうしてそういうことが可能になったと考えてらっしゃいますか?」
この問いに対して連山が、ふっと息を吐きながら答えた。
「狛ヶ峰関の現役時代が長すぎたね。だいたい支度部屋の間に立つような親方連中っていえば、引退したばっかりの軽い役職の人達ですから。
この人達って、狛ヶ峰関がバリバリだったときに現役だった人達だから、辞めても逆らえないんだよね。で、横綱の付け人に『狛関のお遣いです』って言われたら通さざるを得ないと」
「狛ヶ峰関の支配が一部の親方にまで及んでいた?」
「はい。携帯電話でのやりとりは廃れましたけど、こういう方法ではきっちり残ってます。携帯電話が廃れたのは、単に証拠を残すのはやっぱりまずい、ってだけの話だと思います。
連絡通路に理事長でも置けば、こんなことにもならなかったんでしょうけど」
「理事長って、北乃花親方?」
「はい」
「八百長には厳しかった?」
「そりゃそうですよ。あの人、現役時代は全部ガチンコだったんだから。
信じられませんよ。
だから注射相撲見たら一発で見破ったでしょうね。噂でしか知りませんけど、この名古屋場所前の稽古総見の後、狛ヶ峰にこそっと『お前いい加減にしとけ』って言ったとか言わなかったとか」
「その北乃花理事長が、なんで八百長を止められなかったんでしょう」
「注射相撲止めたら、狛ヶ峰関が勝てなくなるでしょ」
「もうそこまで力が落ちてた?」
「いや、並の力士相手なら今でも難なく勝てると思いますよ。でも特定の力士にはもう普通にやって勝てないですからね。私は兎も角、霧乃山関相手になんか、もう絶対勝てませんよね。
勝つ要素があるとしたら、注射相撲でたっぷり休養取ってやる、って方法ですよね。霧乃山関は全部ガチンコですから、横綱とやる終盤はもう疲れ果ててる。横綱、今まで霧乃山関カモにしてきましたけど、この方法ですよね。でも最近ではそれでも通じなくなって、焦ってたんじゃないですか?」
「そんな狛ヶ峰関でも、協会としては辞められたら困るということなんでしょうか」
「霧乃山関がもたついてるからダメなんだよね」
連山が、インタビュー中はじめて苛立ちを見せた。
「ガチンコだから仕方ないんだけど、霧乃山関がいつまでも大関でモタモタしてるから、歳がいった横綱二人でもおいとかなきゃいけなくなる。
霧乃山関が横綱になってくれたら、今の横綱二人なんかお払い箱でしょ」
「今、もう一人の横綱の話が出ました。江戸錦も注射相撲を?」
堂垣の質問に、連山が、握り拳を作って口に当てる。しまった、といわんばかりの表情だ。それでも連山は続けた。
「どっぷり浸かってますね」
「江戸錦関は狛関とはずいぶん対戦成績で開けられてますけど、注射相撲の影響ですか?」
「そのあたりは難しい問題で、やっぱりガチンコでやっても狛関優位は動かないと思います。二人とも右の相四つでしょう。その上で上背の勝る狛関相手に、なんの工夫もない右四つに誘われるだけの江戸錦関ですから、多分ガチンコでやっても対戦成績はそんなに変わらないんじゃないですか?」
「では、狛関はやはり強いのは強いと」
「そうです」
「強いのになんで注射相撲するんでしょう」
「十五日間、きついからじゃないですか? 実際きついですよ。全部ガチンコでやったら、自分なんかもそうですけど、十キロから体重落ちるんですから。
それに競技の特性上、やっぱりカモにしてる相手にも不覚を取ることがあるんですよね、どうしても。
それを防ぐ特効薬が注射ですよ」
「それでは、具体的に名古屋場所中日、どんな話がありましたか」
「自分西の控えで出番待ってるときに、狛犬が部屋に入ってくるのが見えました。これはもう、『あ、注射打診しに来たな』ってピンと来ましたよ。で、狛犬がうちの付け人を手招きして、なんかこそこそ話し込んでるんです。うちのが私のところに来て、これもこそっと『三十でどうですかって横綱が言ってるそうです』と」
「三十とは」
「三十万円のことですね」
「お金で星を買いに来た?」
「そうです」
「三十万円って聞いて、どう思いました?」
「懲りねえなあって思いましたね」
「過去にもあったんだ」
「毎場所くらいのペースでありますよ。そのたびに三十、駄目なら五十。で、結局自分断るんですけど、その日も狛犬が一旦帰ってまた来た。『次は五十になってんだろな』とか付け人と笑って話してたら、案の定そうだった。
ええ、断りましたよ当然。
そしたらあの張り手ですよ。普通に張り倒されただけだったらなにくそって思えますけど、こうなったらもう、こういう方法でしかやり返せないよね」
こう答えると連山はギプスをコンコンと叩いて見せた。
「今のお話、予定されている協会の会見でぶつけてみても良いですか?」
「是非お願いします」
連山はそう言うと、インタビューを終えた。
連山の、協会と狛ヶ峰に対する怒りはなお収まってはいなかった。
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