第十七話「参考人事情聴取」
理事長に今後の捜査方針が伝えられた翌日、愛知県警捜査第一課と中警察署刑事第一課の連名で、横綱狛ヶ峰他宮園部屋関係者、霧乃山とその付け人浦風、連山等の参考人招致がなされた。狛犬の供述について、その裏付け捜査をするためであった。名古屋場所中日を終えた翌日、狛王が狛犬に対して制裁を加えた状況の目撃者を探すこと及び狛ヶ峰から他の力士に対し星の売買を持ちかけた事実があったかどうかを聴取するためであった。
部屋には力士ばかりではなく親方、それに部屋付きの親方、床山などもいる。合計で二十数名の大所帯である。個々に招致して事情聴取するような悠長な真似をしておれば、口裏をあわされて証拠隠滅を図られる恐れがあったので、大量の捜査員を投入しこれら関係者から同時に事情聴取するはこびとなった。
しかし部屋の関係者はいずれも制裁の事実を言わなかった。
宿舎における翌日の稽古は通常通りおこなわれ、狛王が狛犬に制裁を加えたような事実はなかったと皆が口を揃えた。
ある力士が
「狛王と狛犬はそもそも稽古をしていなかったのではないか」
と言えば、また他の力士は
「二人は稽古を確かにしてはいたが、制裁を加えるような場面はなかった」
と説明する者もあった。
捜査員達は逐一その説明を今村に報告し、今村はその情報を集約して
「○○は二人が稽古をしてあるのを見たと言っているがもう一度よく思い出させろ」
であるとか、
「中日の翌日かどうかはさておいて、これまで狛王が狛犬に制裁まがいの稽古を強いていた事実があるかどうかを聞き出せ」
と、事細かに指示を下していった。
しかし力士をはじめとする部屋関係者は、他の目撃情報を突き付けられ、自らの説明の矛盾点を突かれると
「じゃあ、記憶違いかもしれませんね。稽古はほとんど毎日やってますから、記憶が混乱してしまったのかも」
とすっとぼけて見せたり、
「稽古ってのはきついもんです。一般の人が見たら相撲部屋の稽古なんて全部制裁に見えるんじゃないですか」
と人を食ったように答えて捜査員を苛立たせた。
事情聴取は無論、横綱狛ヶ峰に対してもおこなわれた。
「中日と十四日目、狛犬に指示してそれぞれ連山と霧乃山に注射を持ちかけたと聞いているが本当か」
捜査員の単刀直入な聴取に対し、狛ヶ峰は
「そんなことはありませんでした」
と即答する。
「本当にそれで大丈夫だな?」
捜査員はなにか客観的な証拠でも掴んでいるかのようなものの言い方で狛ヶ峰を揺さぶりにかかるが、親方からあらかじめ
「絶対に認めるな」
と釘を刺されていた狛ヶ峰は決して認めようとしない。
「狛犬の供述はかなり詳しい。横綱以外にも何人か関係者として名前が挙がっている」
捜査員が狛ヶ峰の顔を覗き込むようにじっと見詰める。狛ヶ峰もその視線を外さない。
「そういう関係者に聞いてもいいか」
無論、捜査員とて一参考人に過ぎない狛ヶ峰の許諾など得ずとも必要とあれば参考人から事情聴取すれば良い話であったから、この捜査員の問いかけは狛ヶ峰に対して他の参考人からの事情聴取の許諾を得ようとしたものなどではなくて、狛ヶ峰を揺さぶるためであった。
「他の関係者って誰です」
狛ヶ峰が捜査員に問う。
「それを聞いてどうする?」
捜査員の反問に対して黙り込む狛ヶ峰。
「そいつを稽古場に呼び出して痛めつけるか? 口封じすんのか? 懲りねえなあんたも」
捜査本部は狛犬は真相を語っているものと見立てていた。すなわち、注射相撲の打診に失敗した狛犬に対し、フラストレーションを募らせた狛ヶ峰が狛王に命じて制裁を加えさせたという事実が、狛犬による狛王刺殺の直接的な引き金になったと考えていた。狛犬が動機に関わる供述をした際の状況から、真正にして信じるに足りると判断されたのだ。
捜査員各位にその思いが共有されているからこそ、宮園部屋関係者がのらりくらりと質問をやり過ごす様が捜査員達には腹立たしいものに感じられた。とりわけ狛ヶ峰は具体的に名前が挙がっている主要人物のひとりであった。その狛ヶ峰が真相を語ろうとしない姿は、捜査員から見れば不誠実な態度そのものだった。
しかしいくら不誠実だなんだと詰ってみても、それ自体は罪にはならない。注射相撲などしていないとする横綱の説明を覆すほどの材料もない。
同時進行でおこなわれていた霧乃山や浦風に対する事情聴取でも新事実は発見されなかった。
捜査本部は、ひととおり事情聴取したあと、これら部屋関係者を宿舎へと帰さなければならなかった。
ただ収穫が全くなかったわけではない。
ひとつは連山が注射を持ちかけられた事実について肯定も否定もしなかったことであった。他の力士は明確に否定したが、連山が言を左右にして明言しなかったことは一縷の望みを捜査本部に抱かせた。
もうひとつは、関係者からの事情聴取を終えたことを以て、狛犬の動機に関わる供述を広報する準備が整ったことであった。
翌日、捜査本部から報道各位に宛てて広報文が流された。
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