第八話「記者会見」
とんでもない不祥事だ。大相撲始まって以来といっても良いだろう。
幕内最高優勝を決めて最多優勝記録を更新した部屋の横綱
心肺停止とされた第一報に続き、
「弟弟子(20)に刺された幕下力士、死亡確認」
との第二報が、またしてもニュース速報で報じられた。
既に被疑者たる序二段力士狛犬は事件現場で逮捕されている。相撲部屋という閉鎖社会で起きた事件だけに、兄弟弟子間で何らかのトラブルがあったのではないかと世間の多くが見立てた。要するに犯人捜しや動機の究明について、世間はさほど関心を抱いてはいなかった。
この事件に関する世間の関心は、
「協会がどのように反応するか」
この一点に集約されているといって良い。
北乃花理事長は、本件の背後に陰湿ないじめがあったのではないかとする記者の執拗な質問に対して、汗みどろになりながら
「現時点では、そのような事実は把握していない」
と答えるのがやっとであった。
記者会見では、総じて答えに窮する場面が頻出し、そのたびに理事長は
「協会としては、全面的に捜査に協力します」
と絞り出すのがやっとであった。
こんな会見ならしない方がマシだとする意見もあったようだが、北乃花理事長の性格からすると、このような重大事案の記者会見を、管轄違いという理由だけで広報担当の理事に丸投げすることは憚られることであった。
事実、北乃花理事長を強く推す「北乃花グループ」の参謀
「いまあんたが出たら袋叩きにされる。もう少し想定問答を練ってから出た方が良い」
と自重するよう勧めたが、北乃花理事長は
「時間が経ってから出ればそれだけを唯一の理由として叩かれる。世間は広報担当理事の会見だけでは許してくれないだろう」
と答えて、自ら会見に臨むことにこだわった。
「あんたがそこまで言うならもう止めないけど、狛ヶ峰くらいからは事情聴取しておいた方がいいんじゃないか?」
佃山親方の意見に、何やら考え込んで黙り込む北乃花。
事情通の間ではよく知られた話ではあるが、宮園部屋は実質的には「狛ヶ峰部屋」とも呼べる状況であった。現宮園親方は現役時代の最高位が前頭筆頭。優勝はもちろん、三賞とも無縁の存在で、押し相撲なのに勝ち味が遅い地味な力士であった。実績面では自らが育てた弟子狛ヶ峰に遠く及ばない。
なにごとも現役時代の番付がものを言う世界である。狛ヶ峰は数字の上では一代年寄贈呈の資格を得ている。現役時代の実績は勿論、狛ヶ峰が引退したあとの年寄としての「格」という面においても、宮園親方が弟子の狛ヶ峰に及ばないであろうことは今から明白であった。
さて、ここで一代年寄について説明しておこう。
大相撲の力士が引退した場合、協会に残って後進の指導に当たろうと思えば、全部で一〇五ある年寄名跡のいずれかを取得しなければならない。
「なんだ、一〇五もあるなら一つくらい取得するのは簡単だろう」
と思われるかもしれないが、ことはそう単純ではない。なかなか空きが発生しないのだ。
たとえば近年でこそ減ったが、中学卒業と同時に入門して、三十歳で現役を退くというパターンをもとに考えてもらいたい。
この場合だと現役期間は十五年ということになる。
翻って年寄はというと、六十五歳定年制を採用しているので、三十歳で引退した力士であれば現役十五年に対し年寄を三十五年勤めることになる。三十五年間、その年寄名跡は空きがない状態になるのである。三十五年間の間に、いったい何人の力士が引退するのか、見当も付かない。
因みに年寄名跡を取得できたからといって全員が部屋持ちの親方になれるわけではない。部屋付きの親方といって、コーチのような役割のまま終える親方も多い。
また、相撲協会に所属する力士は、最盛期と比較して相当減ったとはいえ、いまでも常時七百人前後いるといわれている。それだけの力士を抱えていながら、現役引退後の働き口が一〇五しか用意されていないのである。
この一〇五という数字がいかに少ないか、分かっていただけただろう。
特例として、年寄名跡を獲得していなくても横綱なら五年、大関経験者なら三年という期間限定で、現役時代の四股名のまま年寄の資格を得て活動することが可能である。ただ、この間に年寄名跡を取得できなければやはり協会を去らねばならない。天下の横綱、大関も、現役を退いてしまえばこの扱いなのだから厳しい世界だ。
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