第10話「過ぎなぬくもり」






   10話「好きなぬくもり」







 「綺麗だなぁー………」



 蒼色のカップには星のような輝きがある。

 自室のテーブルの上にあるそれを、吹雪は先ほどから見つめて過ごしていた。


 周から貰った初めてのプレゼント。

 彼は自分の事をよく見ているな、とデートの日の出来事を思い出した。吹雪は蒼色の陶器が好きだった。もしかしたら、思わぬところでそれが現れたので、喜びすぎたのかもしれない。それでも、周は吹雪が「欲しいな」と思っていたところまで感じ取っていたのだろう。



 「勿体無くてしばらく使えないな……」



 指で触れると、固くてヒンヤリとした感触。このカップに何かを入れて飲もうかとも考えたけれど、壊れてしまったり傷つくのが怖くて出来なかったのだ。

 しばらくは、鑑賞用になってしまいそうだ。



 「周くんも陶器好きなら、何かプレゼントしよう………誕生日、いつなのかな?」



 独り言を言いながら、吹雪は気づいた。

 彼の事を何も知らないと。

 名前と年齢、ホストになってお金が欲しいという事。そして、陶器と甘いものが好きなこと。それぐらいしか知らないのだ。


 それなのに、周をもっと知りたい。

 その気持ちは大きくなっていくのだ。


 普段の彼は何をしているのだろうか?

 好きな物は何だろうか?

 夢は何?仕事はしているの?好きな人はいるのか?

 ……………もっともっと周の笑顔が見たい。



 そう思った時、ずっと気づかないようにしていた言葉が不意に口からこぼれ落ちた。



 「私、周くんが好きなんだ………」



 声に出すとすぐに変化が現れる。

 どうして今まで気づかないふりが出来ていたのかと思えるほどに、彼への気持ちが大きくなっていくのだ。


 それと同時に、自分と彼との関係を思い返しては涙が出そうになる。


 自分より年下の彼。

 ただの図書館司書とホスト見習いの不思議な彼。

 ホストの女性客てしての練習相手という奇妙な関係。彼が自分を恋愛対象に見ていないのは明白だった。


 もう恋愛をして傷つきたくはない。昔の胸の奥の傷口がズキンッと痛むのがわかる。

 自分から告白する事も出来ない。


 きっと、この恋は淡く儚いもので彼に気持ちを伝えられずに終わるのだろう。

 そう思い、吹雪は小さくため息をつきながら目を閉じた。そうすれば、涙はこぼれなくなる。その思いで、切ない気持ちが収まり落ち着くまで目を瞑り続けた。








 それからも言うもの、周は吹雪とデートをしながら練習したいと言う事が多くなった。吹雪にプレゼントを買ってくれたカフェや、陶器を売っている小さなお店に案内してくれた事もあり、周が吹雪を喜ばせようといろいろ調べてくれているようだった。

 周が自分の事を考えてくれいるのが嬉しかったし、彼と手を繋げる事が出来るデートは吹雪にとって幸せな時間だった。仮初めだとしても、恋人のように過ごせる。まさに、ホストとそのお客さんという関係そのものだった。




 「ねぇ、周くん。ホストではどうなの?こうやって練習した事、役に立ってるかな?」

 「え………」



 周のホストの仕事について、吹雪はあまり聞いたことがなかった。2人で街を歩きながら、つい気になってしまったので、彼に聞いてみる。すると、周は何故か戸惑ったような顔をしたので、吹雪は慌てて彼に声をかけた。



 「ホストって難しいんだよね。そんなにすぐに結果に現れるわけじゃないと思うから………まだまだこれからだよ!」

 「吹雪さん………ごめんなさい」

 「そんな、謝らないで」

 「ううん………本当にごめん」



 今までで1番悲しげな表情に、吹雪はどうしていいのかわからなくなる。

 ホストの世界は難しい事が多いのだろう。女とは何もかも違う、男の世界なのだ。

 けれど、こんなに頑張っている周が結果を出せないのだ。ホストという職業は過酷なのだな、と吹雪は改めて思った。


 周にどんな言葉をかければいいのかわからずにおろおろとしていると、周が繋いでいた手を優しく引っ張った。



 「ね、吹雪さん。ゲームセンター行こう?」

 「え?」

 「悲しい気持ちになった時は、遊んだ方がいいから………付き合ってくれる?」

 「周くん………うん。いいよ」

 「やった!行こう!」



 いつもより弱々しい微笑み。周の悩んで、苦しげな顔を見ているのは吹雪も辛い。そんな表情が少しでも晴れるのならば。そう思って、頷くと、周はとても嬉しそうに微笑み「早く早くっ!」と吹雪の腕を引っ張って小走りでゲームセンターに向かった。

 子どものようにはしゃぐ彼を見て、吹雪はホッとしながらも、彼を笑顔に出来た事が吹雪には嬉しかった。彼の役に立っているのだと感じられたのが、幸せに思えたのだった。




 「あ、このクレーンゲームのぬいぐるみ!ゲームのキャラクターだ。可愛いなー」

 「クレーンゲームかー……学生の頃以来やってないな」



 ゲームセンターの中に入ると、音楽やジャラジャラとコインが落ちる音、ゲームの音声など賑やかな雰囲気だった。吹雪は久しぶりの雰囲気を感じながら、キョロキョロと辺りを見渡しながら周の後についていった。すると、彼はクレーンゲームの前で足を止めた。どうやら、欲しいものがあったようだ。



 「吹雪さん、ゲームとかしないの?」

 「最近は全くしないかな。周くんは好きなんだね。このぬいぐるみとか、どうやってとるの?」

 「えっとねー………よし、じゃあやってみようか!」



 そう言うと、周は自分の財布からお金を出して数枚のお金を入れる。

 そして、吹雪を見て「やってみてください!」と操作ボタンの前に吹雪を誘った。けれど、吹雪はどうやって操作をするのかもわからず、周に助けを求めた。



 「あ、周くん。これって、どうやって動かすの?」

 「これはこっちが横に移動でこっちのボタンが縦に移動なんです。じゃあ、一緒にやってみよう!」



 そう言うと、周は吹雪を後ろから抱きしめるように体をくっつけてきた。そして、吹雪の手を取り、2人の手でボタンを操作し始めたのだ。

 あまりの密着に、吹雪は驚き絶句してしまった。そして、緊張からか体が硬直してしまう。きっと顔も真っ赤になってしまっているだろう。



 「んー………横はこれぐらいっ!お、いい感じ。縦は………ここかな?そうすると、クレーンが降りていくんです」

 「………そ、そうなんだ…………あ………」



 耳元で聞こえる彼の声にドキドキしながら何とか返事をして、彼が操作しているクレーンを見る。すると、ぬいぐるみ少し持ち上がったが、すぐに落ちてしまった。



 「あぁ………残念!まだやれるので、次は吹雪さんやってみてください」

 「え…………そんな、む、難しいよ」



 周はそういうと、吹雪から手を離してしまった。それが寂しくて、思わず声が出てしまったのを吹雪は何とか誤魔化した。体も離れていってしまう。恥ずかしいのに、彼に触れてほしかったなど、言えるはずもなく、熱を感じなくなった背中が妙に冷たく感じてしまった。



 「失敗してもいいから、ね」

 「うん………わかった」



 吹雪は、先ほど彼がやった事を思い出しながら、ボタンを操作する。けれど、なかなかむずかしく思った通りに操作出来ない。

 ぬいぐるみの少し上の部分にクレーンが降りてしまい、吹雪は失敗してしまったと思った。が、クレーンが上に上がると、なんとぬいぐるみについていたチェーンの部分がクレーンに引っ掛かっており、見事取ることが出来たのだ。



 「あ、周くん、取れた!取れたよ!?」

 「うん。すごいね、吹雪さんっ!」



 吹雪は興奮してしまい、周の方を向きながら大きな声で喜んでしまう。すると、周は優しく微笑んで一緒に喜んでくれる。

 落ちてきた景品を周が取り、ジッと見つめた。



 「これ、俺が貰ってもいい?」

 「え、うん。もちろんだよ?」

 「やった!吹雪さんからのプレゼントだ。大切にするね」



 周のお金で吹雪が取った、大量生産されているぬいぐるみ。そして、景品もぬいぐるみで、男の人が喜ぶものではないはずだ。

 それなのに、周はとても大切そうにぬいぐるみをもって微笑んでくれる。


 その笑みを見て、吹雪は改めて「周くんが好きだな」と心の中でそっと呟いた。





 

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