第3話「利害一致」






   3話「利害一致」






 もう日付が変わる前の時間だというのに、カフェバーという場所は、多くの人で賑わっていた。昼間は普通のカフェを営み、そして夜からは照明を落として大人の雰囲気のバーになる。そんな場所だった。夜はメニューにお酒や軽くつまめるおつまみが出ているようだ。

 吹雪とホストだという男が店に入る頃、丁度ソファ席があき、窓辺のあまり他の客の視線に入らない場所に案内された。

 が、カップルだと勘違いされたのか、大きなソファに2人で並んで座るタイプのようで、吹雪はつい逃げ腰になってしまう。が、男はさっさと座り、ポンポンと自分の隣を優しく叩いた。

 もう逃げられない。そう思い、吹雪は観念して彼の隣に座る事にした。



 「お酒飲む?それともコーヒー?」

 「コーヒーがいいです」

 「じゃあ、俺もそうしよう」



 そう言うと、男は手を挙げて店員を読み、ブレンドコーヒーを2つ注文してくれた。



 「さっそくだけど、お姉さんにお願いしたい事なんだけど………」

 「ホストにお金を使うことは出来ませんよ。さっきだって1回だけのつもりだったから」

 


 ホストというのはお金がかかるというのは知っている。ホストにハマってしまった人がどんどん身を滅ぼしてしまうという話を聞いたことがあった。だが、吹雪はただの図書館司書であって、お金持ちでもないのだ。ハマる事も出来ない。もし、彼がそれを望んでいるのならば、すぐに断って帰ろう。そう思っていた。


 けれど、彼は微笑みながら「違うよ」と言った後、何故か恥ずかしそうに微笑み始めた。



 「実は、俺新人ホストなんだ。お金が必要で始めたんだけど……なかなか難しくてさ。指名をとれなかったり、お客さんを楽しませる事が出来てないみたいなんだ」

 「そう……なんだ……」



 ホストの世界が華やかなのは知っているが、それは一握りの売れている人だけなのかもしれない。それは、どんな世界でも同じなのだろう。

 けれど、目の前の彼は容姿は整っているし、話下手には見えないので、吹雪は不思議に思った。



 「実は、あまり女性慣れしてなくて。甘い言葉っていうのがよくわからないんだ。女の人が喜ぶってのが………」



 予想外の言葉に、吹雪は驚いてしまった。

 女性にモテそうな綺麗な顔と、人懐っこい話し方。それなのに、女性慣れしてないというのは驚きだった。黙って彼の顔をまじまじと見てしまっていると、男もそれに気づいたようで「ひかないでくださいね」と苦笑した。



 「いえ……私も恋愛経験ある方ではないのでひかないですよ………?」

 「そうなんですか?」

 「えぇ……。あ、あの!私の事はいいので。……私に出来る事なんて、何もないと思いますけど」

 「君は甘い事を求めてる。俺は甘い言葉を知りたい。丁度いいと関係になると思うんだ」

 


 ジッと吹雪の顔を見つめる。その視線はとても真剣で、瞳は少し潤んでいる。熱を感じられるそれに、吹雪はドキッとしてしまう。けれど、彼の綺麗な瞳から視線を逸らす事が出来なかった。



 「あ、あの関係ってどんな関係に……私は何をすれば………」

 「勉強させて欲しい」

 「べ、勉強?」

 「そう。お姉さんにしてもらいのは、俺の言葉を聞いて欲しい。態度や仕草や行動を見て、お姉さん自身がドキドキしたか、それともしなかったのか。それを教えて欲しいんだ」



 想像もしなかった内容に、吹雪はまた目を大きくさせた。目の前の彼は自分を驚かせてばかりだなと思いながらも、彼の提案に何の返事も出来ずにいた。


 ホストの接客の練習台。

 目の前の男に、甘い言葉を囁かれたり、イチャイチャした事をされたりするのだ。確かに甘い事をしたいとは思っていたものの、吹雪はそれを想像すると一気に恥ずかしくなってしまった。

 けれど、彼の提案は悪いものではないよう気がしてしまった。

 甘い言葉の練習相手。


 自分はホストに偽りの愛情を求めていた。

 甘い言葉で、一時の幸せを感じたかった。

 彼は、女性が喜ぶ言葉や行動を知りたいのだ。

 確かに、お互いに求めているものが合っていた。だからこそ、妙に惹かれてしまう提案なのかもしれない。



 「今日悲しい事があったんじゃない?目が少し赤いよ」

 「それは…………」

 「俺なら癒してあげれるかもしれない。だから、俺に話してみて。笑顔に出来るように頑張るから」



 恋人に言うような言葉。

 そんな事、恋人に言われたことがあったような気がする。けれど、それは………。

 一瞬で光弥や好きだった人を思い出し、吹雪はハッする。

 今まで辛い思いをしたんだ。誰かに少しぐらいすがって甘い思いしてもいいのではないか。そんな誘惑が頭を過った。



 「本当に話をするだけでいいんですか?」

 「うん。もちろん………やってくれる?」

 「はい…………私で良ければ」

 「ありがとう!本当に嬉しいよ」



 男はそういうと、ニッコリ笑って、吹雪の手を取って強く握りしめてきた。その手はとても冷たくなっており、彼は緊張していたのだろうか?と吹雪は思った。



 「これから、よろしくね。………えっと、そう言えばお互いに名前聞いてなかったね」

 「確かにそうですね。私は明日見吹雪です」

 「俺は、右京周(うきょう あまね)だよ」



 周はそう言うと、掴んでいた手を離し今度は握手をしてくれた。



 「お願いしますね。俺のお客さん」

 「え……あ、はい………」

 


 お客さんと言われて違和感を感じつつも、それが約束事なのだ。吹雪は練習台としてホストに遊びに来たお客なのだ。



 「あ、それとさ………」



 考え事をしていた吹雪に、周はそっと近づいた。横顔に彼の顔が迫ってくる。会ってから1番近い距離に、吹雪は胸が激しく鳴ってしまう。

 すると、周はいたずらっ子のようにニヤリとした表情で吹雪の耳元で囁いた。



 「もしかして、甘い事ってエッチこと想像してた?」

 「っっ!………なっ…………」



 図星でもあり、恥ずかしい事でもあり、吹雪は顔を真っ赤にしながら、彼の体を押して離れた。


 すると、周は「ごめんなさい………って、吹雪さん顔真っ赤だよ?」と、赤く染まった顔をまじまじと見られてしまう。



 「ちょっと!そんなに見ないで………!」

 「あ、もしかして、照れちゃった?なるほどー、吹雪さんはこんな感じの言葉に弱いんだね。覚えておこう!」

 「ーーー!違いますっ!!」



 完全や年下であろう彼に遊ばれてしまっているようで、吹雪は少し悔しくなりつつも、これからの彼との時間がどんなものになっていくのか。不安の中に楽しみを感じていたのに、吹雪自身は気づかないようにしていたのだった。





 

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