8.ミューリナさん怖いです
冷静になって考えてみれば、九歳程度の子供を相手に「恋人です」と言ったところで、まともに話を聞く者などいないだろう。
全くリリシェラの考えている事が分からない。彼女に振り回されている感が半端ではないので、からかわれていると思った方がいいのかもしれない。
理紗の頃からそうだったよなあと、大きくため息をつく。
何を考えているのかと聞いたところで、上手くはぐらかされて終わるだろう。前世を含め、長い付き合いだ。それくらいの事は分かっているつもりだ。
「恋人ねえ……」
「兄様、恋人ができたのですか?」
「おぅわっ!」
家で考え事をしていたら、思わず口に出てしまっていたらしい。間の悪い事に、しっかりとミューリナに聞かれてしまったようだ。
全くミューリナの接近に気付いていなかった。ちょっとビックリしすぎて、心臓がバクバクいってるぞ。
「こ……恋人なんて……居る訳ないじゃないか」
冷や汗ダラダラものである。
ミューリナはじーっと、俺の目を見てくる。怖い、怖いですよ、ミューリナさん。圧に屈して思わず視線を外しちまったぞ。
「そうですか。兄様に悪い虫がついたのですね……」
ミューリナさん、どこでそんな言葉覚えたんでしょうか?
しかも何か纏っているオーラが怖いんですけど。なんか、ゴゴゴゴゴゴって聞こえてきそうな……。
「私やリリシェラ姉様というものがありながら……」
「……ちょっと待て、リリシェラならいいのか?」
言葉のあやかもしれないが、気になったので聞き返してみる。
「その……私より、リリシェラ姉様の方が、古くからの……」
下を向いて言い淀むミューリナ。
「なるほど。そういう事になると、裁縫店のフォルティや肉屋のミッチェも古くからの知り合いだぞ」
「むぅ……」
諭すように言うと、ひとしきり唸った後、ミューリナは何も言い返せずに顔を真っ赤にして膨れた。
ならば黙っている今のうちに話をすり替えよう。
「で、ミューリナはどうなんだ? 同じ学年で誰かいないのか?」
「……兄様なんて、しりません!」
俺の事をひと睨みすると、ふてくされたように部屋を出て行った。
ブラコン娘にちょっと意地悪が過ぎたかな、と反省。お詫びに、あとでお菓子でも持っていってやろうか。
彼女が出て行った扉を見つめ、俺は苦笑いした。
朝は学舎まで三人で向かうのだが、前日の件が影響してか、やけにぎこちない。
気にする様子が無いのはリリシェラだけだ。
いつものように振舞う彼女を見ていると、前日の「恋人」発言も特に深い意味が有った訳ではないのだろうか、とさえも感じる。
逆に意識している俺が馬鹿らしく思える程に。
ミューリナは俺の漏らした一言で、変に勘ぐっているようで、俺に対しても、リリシェラに対しても積極的に話しかけようという姿勢は見られない。
俺が余計にからかった分を、菓子では相殺しきれなかったという事もあるのだろうが。
「ミューリナは学舎に行って、男子に人気らしいけど、好きな人でもできた?」
唐突に切り出されたリリシェラの言葉に、ミューリナは身を固くし、うつむいた。
俺が聞いたのと大差の無い言葉だが、女同士の会話だけに、俺の時の反応とはやや異なる。
「ん? ユーキアが聞いてると答えにくいか~」
黙ったままのミューリナを見て、やや悪戯っぽくリリシェラは笑った。
この年頃は男女で恋愛感に大きな差があるからなあ、としみじみ思う。ミューリナに好きな人が出来たって不思議ではない。ブラコンから脱却してもいいんだぞ、と思いつつも、気持ちがややモヤっとするのは気のせいだろうか。
その点、精神年齢が高校生のリリシェラは同級生辺りには見向きもしないんだろうが、年上の男に転がる可能性は捨てきれない。そう考えたら、ミューリナの時よりも黒い感情が生まれたのは、やはり肉親だった過去があるからなのか。それとも、彼女の見た目に騙されているせいなのか……。
「私は、いないけど……ね?」
ちらりと俺の顔を見て、意味ありげにリリシェラが微笑んだ。彼女の言葉に、俺は心の内を見透かされたような気がして、戸惑いを隠せなかった。
遊ばれてるな、俺……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます