flower~眠るその都市を目覚めさせて

江戸川ばた散歩

プロローグ 音楽雑誌「M・M」****年十月号

「BBの十二枚目のアルバム『NO MARCY容赦なし』がリリースされた。CD屋のスタンドには「情け無用」と打たれた黒のオビが目を打つ。

 実際、今回の音は、その煽り文句にふさわしい。かなりキレている。相変わらずの「ねとねと」した声に、耳に残る下世話で覚えやすいメロディは健在であるが、今回はそれに加えて、勢いがすさまじい。

 既に十年以上ユニットをやってきて、ロック業界の大御所化しているのではなかろうか、との周囲の危惧を、あの不敵な声と音であざ笑うかのような潔さがある。どうして今になって、こんな「勢い一発」という感じのものが出来たのか…だが私は好きだ。

 とりあえずツアー中のヴォーカルのFEWフュウに今回のアルバムとツアーについて聞いてみる。」


 インタビュー:石川キョーコ


・「結構突然でしたよね、今回のツアーを決めたの」

F「ええ」

・「しかも、ツアーの最後にはあの***市で」

F「はい」

・「向こうから何か要請でもあったんですかね?」

F「いえ別に。ただずっと行ってなかったから、行こうと思ったんですよね。ほら、うちってあそこの出身のバンドでしょう?」

・「あ、そうでしたね(笑)」

F「(笑)それとも何かあるように見えます?」

・「見えますよ(笑)」

F「困ったなあ。結構理由は単純なんですよ。今回のアルバムが案外すっとできたので、スケジュールも上手く組めたんですよね。そこでまあ、余裕ができたから、故郷へ一度帰らなくては、と思った訳で」

・「でも結構出入りには厳しい所だし」

F「何か他意があると思われても困りますけどねえ(笑)」

・「普段が普段だからですよ。BBはいきなり何をやらかすか判らないから」

F「そんなことはないですよ。結構ウチは、真っ当なことを、真っ当にやろうと思っているだけなんですって。昔からそうなんですけど、本当、それだけなんですよね。ただそのまっとう感がややずれているのかもしれないけれど(笑)」

・「ではBBの、FEWの『真っ当』なことというのはどういうことなんですか?」

F「んー…… だから、いい曲を作って、納得行くように、俺だったらまあ、歌って、トキならアレンジしたり、ベース弾いたり…… とにかくBBの音として、流行とかそういうの関係なしに、俺達の作りたい音を納得いくまで作って、それをちゃんとPRして、……聞かせる努力は必要ですよ。どれだけいい曲いい音作ったって、聞かれなくては意味がないですからね。で、思う存分ライヴをする、と。それだけなんですけどね」

・「うーん…それだけ聞くと実にまっとうですよね(笑)。なのにどうしてBBがソレをやる、と聞くと、突拍子もないことに思えてしまうんでしょうね?」

F「どうしてでしょうね。俺が聞きたい(笑)。でも昔からウチはそういうこと言ってましたし。ああ、仲が良かったバンドの奴もそういうこと言ってましたがね」

・「例えば?」

F「結構変わった名のバンドだったから、なかなか正式名称をきちんと覚えてもらえないとか(笑)。アルバムタイトルの方が短い方が多いんで、逆に思われちゃったりとか。(笑)そういう基本的なことができてないんだ、とよく俺も愚痴聞かされてましたね(笑)」

・「なるほど(笑)。では最近はその当時の気持ちを取り戻したような感じで?今回のアルバムは、何か、勢いがもの凄いですけど。何かもう、勢い一発、という感じで」

F「(笑)あれですよあれ、線香花火の消える前の一瞬」

・「サポート・ギタリストにも、だから若い子を入れたという噂も(笑)」

F「ああ、まあ確かに若いですね(笑)。一回り以上違うんですから。俺も歳をとった訳ですよ。でも腕は確かですよ本当。俺もかなりびっくりした」

・「女性でしたよね」

F「はい」

・「よく入れましたね」

F「失礼ですよ(笑)。実際、偶然ですよ。今回、時々うちのサポートの方も予定が立て込んでいて、それでサポートのサポートを探していたら偶然…そういう偶然なんて滅多にないし。それでまた、彼女の音がまた、うちのいつも一緒にやってくれているサポートに近いんですよ。かなりパワフルですよ。女の子の音なんて絶対に思えない」

・「今度聞かせていただきます(笑)。で、アルバムの方、私も聞いたんですが、いったいどうしたんですか」

F「そう来ましたか(笑)」

・「何か話をずらそうずらそうという趣が」

F「いや別に。ただ勢いは良かったと思う。とにかく細かいことは抜きにして、勢い一発で行こう、と思ったんですよ」

・「そういうのってBBとしては珍しいですよね。わりあいBBは何だかんだ言っても作り込む方じゃないですか」

F「実際、ライヴではうちってそうですよ。俺だって歌が上手くてヴォーカルやっているヒトじゃないんですから(笑)。何よりもその場の勢いが大事。だけど音源にする時には別。結構作り込んでしまって」

・「個人的に言わせてもらえば、今回のは好きです」

F「今回だけですか?(笑)」


   *


 録音スイッチを切る。

 音楽専門誌「M・M」のインタビュア・石川キョーコは、BBのヴォーカルのFEWこと布由ふゆに、神妙な顔になって訊ねた。


「あのバンド、ですか?」


 彼女はその名前を告げる。彼はうなづく。


「そうですよ、あのバンド。よく名前覚えてましたね」


 そりゃあ、と彼女は苦笑を返す。


「当時、私はうちの雑誌で、彼らを担当してましたから。それが突然ああいうことになって」

「雑誌でも、彼らのことはタブーだったんじゃないですか?」


 さらりと彼由は訊ねる。周知の事実だ。


「ええずっと。実際彼らの扱いについては、今でも微妙なんです。情報は入ってきます。業界狭いですから。貴方は彼らとコンタクトを取ったんですか? 今回ツアーのラストにあの街を入れるってことは」

「んー」


 彼はどうしたものかな、と横で聞いていた相棒でベーシストの土岐とマネージャーの大隅オオスミ嬢に視線を移す。

 大隅嬢は御勝手に、と言いたそうにうなづく。土岐も同様だった。


「コンタクト自体は取れたんだ」

「取れたんですか!」

「何とか一度ミーティングもできたし。まあ実際大変だよね。ただ俺は故郷でライヴをしたいだけなのにね」

「はあ」


 何かを隠している。それは判る。

 だが下手に突っ込むのも許されないような雰囲気が、この日の二人にはあった。


「ま、だから今回はプレスも入れないから石川さん、入れないで悪いとは思うんだけど」


 本当に、と石川キョーコはうなづく。


「ただ忠告。もしかしたら、あの都市の凄く近くを見張っていれば、面白いものが見られるかもしれないよ」

「凄く近く?」

「そ。凄く近く」


 くすくす笑いを浮かべて布由は言う。

 そう言えば「あのバンド」のヴォーカリストも、いつもこんな表情を浮かべていたな。

 彼女は思いだす。

 何処か浮世離れした、それでいて何処か人に対しえげつないまでのエゴと矛盾の塊。


 確か彼の呼び名は―――

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