第97話 タルブ政変~悪夢~
◇◆◇
「さて、ディアーナはあくまで“疑惑”に過ぎなかったが、兄上、貴方は違います。」
「「「「「っ!!!」」」」」
「・・・はぁ?グスターク、お前は何を言ってるのだね?」
勢いに乗ったグスタークは、その流れのまま、
その発言に、またもや『貴族』達はざわついていた。
しかし、身に覚えのない事を言われたドルフォロは、それまでの沈黙を破って、流石に呆れた様な表情で
まぁ、それはそうだろう。
ディアーナに関しては、『リベラシオン同盟』の
しかし、ここで都合の良い事に、あるいはそれをグスタークが懸命に手繰り寄せた結果かもしれないが、先程のディアーナの“
「惚けても駄目ですよ、兄上。私も本当は信じたくなかったっ・・・!しかし、この『資料』が、兄上と『ロマリア王国』の『蜜月関係』を詳細に示しているのですっ!!!ルゲン議長、そして皆様。『資料』の“写し”を用意しましたので、どうかご確認頂きたい。」
用意周到な事に、グスタークは『貴族院』のサポートスタッフとして控えていた文官達に合図を送ると、『貴族』達に『資料』の“写し”が配られていった。
しばしの静寂の中、半信半疑で『資料』を一読していた『
「な、何だ、これはっ・・・!?」
「ドルフォロ公太子殿下と『ロマリア王国』、いや、『ロマリア王家』との『密約』に関する『極秘資料』、か・・・!?『
「し、知らないっ!!!な、何かの間違いだっ!!!私は、『ロマリア王国』と手を組んでなどっ・・・!!!」
そこには、ドルフォロが密かに『ロマリア王家』と接触を果たし、様々な『密約』を交わした事が詳細に記されていた。
当然身に覚えのないドルフォロは、怒りに震えて真っ赤な顔をしながら、勢いよく立ち上がり身の潔白を叫んだ。
「では、この『紋章』を何ですかっ!!!間違いなく『ロマリア王家』の『紋章』ではありませんかっ!!!」
しかし、その言葉に耳を傾ける者はその場にはもはやおらず、ドルフォロを糾弾する怒号だけが響き渡る。
その『情報』の“
先程のソフィアの“
もちろん、ディアーナに関してはグスタークやニコラウスも当初想定した事態では無かったものの、ドルフォロだけでなく、ディアーナまでも『ロマリア王国』の
ー『ロマリア王国』が、『
もちろん、これは全くの誤解であり、一種の『印象操作』・『ネガティブキャンペーン』なのだが、意外と人々と言うのは、そうした『虚偽』の『情報』に踊らされてしまうモノなのである。
故に、『貴族院』の『貴族』達も、グスタークとニコラウスの思惑通り、いや、想定以上に
それらを『派閥』の枠を越えて味方に着けたグスタークに、もはやこの場において“敵”は存在しなかった。
(ちなみに、『紋章』に関しては、これはフロレンツの時にも軽く触れたが、
それ故、その『紋章』によって、どの『組織』が関与したかの特定も可能なのである。
もっとも、それを『偽証』する事もまた可能なのであるが、もし『偽証』がバレた場合は、その『組織』を“敵”に回す可能性が高いので、それなりにリスクは存在する訳であるが。)
「だから知らないっ!!!そ、そう、これは
「この期に及んで見苦しいですぞっ、ドルフォロ公太子殿下っ!!!」
「そんな世迷い言をっ・・・。誰が信じると言うのですっ・・・!!!」
わめきたてるドルフォロの言葉に、しかし、すでに『貴族』達にはその言葉は、“
一度植え付けられた『不信感』は、ただの弁明の言葉では覆す事は難しい。
しかも、もちろんこれは
「皆様、落ち着いて下さい。確かに、先程のディアーナの件もあわせて鑑みると、兄上と
ザワッ!!!
『貴族』達は狼狽していた。
仮に『ロマリア王国』の
『侵略』とはまた別の形なので、一般の国民達にとっては、『支配者』の首がすげ替わるだけで大した意味がある訳ではないが(場合によっては、今現在の国民達の生活がより良くなる可能性もあるので、むしろ歓迎するべき事態である可能性も高いが)、『特権階級』・『支配階級』に籍を置く者にとっては、自分達の『
それ故、二人に君主になってもらっては、
では、残された『選択肢』はと言うと。
「皆さんっ!確かに我々は『主義』・『主張』においては、『政治的』にそれぞれ『立場』が違いますっ!場合によっては『対立』する事もあったでしょうっ!しかし、それはいずれにせよ、『
ここぞとばかりに、
シュタインは、熱を帯びた表情で“演説”を繰り広げる。
「おおっ・・・!!!」
「そうだっ、グスターク公太子殿下ならっ・・・!!!」
そう、『
極論を言ってしまえば、『貴族』達も、己の身が可愛い訳だ。
『主義』だ、『主張』だなどとのたまっていても、それは己に取っては
もちろん、中には本当の意味で『信念』を持つ者達もいたかもしれないが、すでにこの場の空気は、それを覆す時機をとっくに過ぎていた。
「み、皆さんっ!?どうしたと言うのですかっ!!!何かおかしいと思いませんかっ!?・・・えっ???」
「私は無実だっ!!!そ、そうだっ、グスタークこそ怪しいだろうっ!!!」
故に、ディアーナとドルフォロの発言をマトモに取り合う者は居なかった。
「私は、グスターク公太子殿下の『後継者』継承を支持する。」
ポツリッと誰かがそう漏らした。
「私もだっ!」「同じく。」「『
その声を皮切りに、グスターク支持を『貴族』達は表明していった。
それを静かに聞いていたルゲンに、シュタインが目で合図すると、ルゲンは声を張り上げる。
「では決を取りますっ!アンブリオ大公の『後継者』、次期君主にグスターク公太子殿下が相応しいと思う方は挙手をっ!!!」
すでに『選択肢』としては、ドルフォロとディアーナは意図的に外された形となったが、その場にそれを疑問に思う者はいなかった。
さも当然といった感じに、ドルフォロとディアーナを除く全ての者がそれに手を挙げていた。
もちろん、心情的にはそれに反対の者もいたかもしれないが、この場で面と向かって反対を述べる事は、自身の『立場』を怪しくする可能性がある。
それ故、『同調圧力』などの『集団心理』も手伝って、全会一致、とまではいかなかったが、圧倒的賛成多数により、その『議題』に一つの『結論』が出る事となった。
「それでは、賛成多数により、『貴族院』では、グスターク公太子殿下の『後継者』継承を承認するものとしますっ!!!」
ルゲンの宣言に、パチパチと拍手が巻き起こった。
グスタークはそれににこやかに応え、ドルフォロは項垂れた様に座り込み、ディアーナは混乱した様にキョロキョロと辺りを見渡すのだったーーー。
・・・
「さて、皆様。これにて本日の『議題』は終了となる訳ですが、ドルフォロ公太子殿下とディアーナ公女殿下の『処遇』は
流石に、様々な“問題”が
詳しい事は全く知らされていなかったルゲンは、『議長』としての職務上、『国家反逆』の疑いのある二人の『処遇』をどうするのか、皆に意見を求める
「『
しかし、それに意見を述べたのはシュタインでもグスタークでもなく、ドルフォロとディアーナの『反逆行為』を信じ込んだ『反戦派』の『貴族』の一人であった。
「可愛さ余って憎さ百倍」ではないが、一度信じていた相手に
凄惨な事件が家族間、あるいは親しい間柄で起こる比率が高いのも、そうした理由からだろう。
故に、『処刑』と言う言葉こそ避けたものの、彼の『貴族』が過激とも言える発言を述べたのも、無理からぬ事であった。
「いやいや、それは早合点が過ぎますぞ。まずはお二方を『
比較的冷静な者は、その意見にそう反対意見を述べた。
通常であれば、この者の意見がもっとも道理であろう。
しかし、それをされて困るのはグスタークやシュタインの方であった。
いや、先程も述べた通り、ドルフォロやディアーナが、『ロマリア王国』からの
故に、グスタークはこの“問題”を、もっともらしい理由で先送りにする事とした。
「あいや、皆様、しばし待たれよ。」
あーでもないこーでもないと意見が飛び交う中、グスタークが再び口を開いた。
するとピタリッと、喧騒は止みグスタークに注目が集まった。
この場の掌握は成功している様だ。
まぁ、それはそうだろう。
ある種、本日の『ヒーロー』・『主役』はグスタークであったからだ。
それに、内心得も言われぬ『優越感』を感じながらも、グスタークは重々しく言葉を続けた。
「兄上と
「「「「「っ・・・!!!」」」」」
ハッと『貴族』達は思い出した。
『大公家』の人間達は、自身の“身内”を亡くしたばかりなのだ。
人の“情”からはかけ離れた『
故に、『
「もちろん、『証拠隠滅』などの恐れもあるので、兄上と
「皆まで申しますな、グスターク公太子殿下。殿下のお優しい“心”は、皆様理解しておいでです。」
「シュタイン候・・・。」
客観的に見れば、『三文芝居』もいいところかもしれないが、人と言うのは意外と“場”の『空気』に流されるモノだ。
「では、この“件”はアンブリオ大公の『国葬』後に改めて協議する事としましょう。皆様も、それでよろしいかな?」
「「「「「・・・。」」」」」
グスタークとシュタインの『答え』を
「それでは、本日の『議題』は以上です。」
こうして、グスタークら『主戦派』一派の一世一代の『大博打』は成功に終わり、『
◇◆◇
その後、アンブリオ大公の崩御は国民達にも広く公表された。
以前にも述べたが、
とは言え、様々な観点からも『遺体』は速やかに処理する事が望ましいだろう。
それ故に、10日間の服喪期間を設けつつ、崩御から5日後には盛大な『国葬』が執り行われる事となった。
国民達は、それを通して、
また、これは『国』によってもまちまちであるが、『
流石に
『大公家の墓』には、一部の関係者と『大公家』の人間しか入る事が出来ない。
それ故、
憔悴しきった顔をしたドルフォロとディアーナに、アンブリオ大公の『葬儀』、『国葬』の為に戻っていた第一公女ベネディアと第二公女ニアミーナが付き添っていた。
時おり、キッとした表情でグスタークを睨み付けるが、一部の関係者しかこの場にいないとは言え、『葬儀』、『国葬』の最中にグスタークを問い詰める事は、『大公家』の醜聞に関わる事なので出来よう筈もない。
これさえ終わってしまえば、後は延期されていたドルフォロとディアーナの『処遇』を決めて、完全に『ヒーバラエウス公国内』を掌握出来るグスタークは、それをどこ吹く風と涼しい顔をして受け流していたーーー。
・・・
アンブリオ大公の『国葬』も滞りなく済み、服喪期間が明けてから、ドルフォロとディアーナの延期されていた『処遇』を決定すべく、再び『貴族院』の『議会』が開会される運びとなった。
動く事の叶わないドルフォロとディアーナに代わって、ベネディアとニアミーナがそれぞれ骨を折っていた様だが、生憎彼女達には『貴族院』の『議会』に出席する権限が失われていた。
となれば、彼女達に出来る事はせいぜい『根回し』程度のモノだが、ここで彼女達の今現在の『立場』が足枷となった。
『ヒーバラエウス公国』とベネディア、ニアミーナが嫁いでいった『他国』は、もちろん『政略結婚』であるから、表向きは良好な関係にある。
しかし、彼女達が『ヒーバラエウス公国』から出てしばらく経っている訳であるから、二人が『ヒーバラエウス貴族』達に与えられる『影響力』は微々なるモノでしかなくなっていた。
その間にも、グスタークは着実に『ヒーバラエウス公国内』を掌握していた訳である。
それ故、ベネディアとニアミーナの言葉に耳を傾ける『貴族』達は皆無であったのだ。
『貴族』達も、次期君主たるグスタークに睨まれる訳にはいかないのだから。
「それでは、ドルフォロ公太子殿下は『斬首刑』、ディアーナ公女殿下は『国外追放』とする。」
「ふざけるなっ!!!っ・・・!っ・・・!!っ・・・!!!」
「・・・。」
“シナリオ”通り、グスタークは邪魔なドルフォロとディアーナをこうして
内心ほくそ笑みながら、表向きグスタークは、沈痛そうな『
これは、最後の一手を打つ為の『布石』であった。
『議論』とも言えない『議論』の末、アッサリと『処遇』の決まったドルフォロとディアーナを退室させ、グスタークは“演説”を開始した。
「皆様、まずは謝罪させて頂こう。我が『大公家』の人間が色々とご迷惑をお掛けした。・・・しかし、彼らを唆したのは誰でしょうか?・・・そうっ、紛れもなく『ロマリア王国』なのですっ!これは、『
「そうだっ!!!」
「『
「いやいや、それすら生ぬるいぞっ!!!」
「しからば、どうされると言うのですかなっ?」
「報復をっ!!!『
「いやいや、流石にそれはっ・・・!」
“反ロマリア感情”を高めていた『貴族院』の『貴族』達は、グスタークの『言葉』に、そう声を上げていた。
しかし、流石に報復となると、二の足を踏む者達もいた。
そこに、シュタインが、ここぞとばかりに『誘導』を開始した。
「・・・皆様も御存知の通り、『
「「「「「っ・・・!!!???」」」」」
「それはっ・・・!?」
「まさかっ・・・!!!」
「そう、リリアンヌ・ド・グーディメル殿が『開発』したとされる『農作業用大型重機』ですっ!!!」
「いやいや、しかし、それは『リベラシオン同盟』とやらが
「それに関しては問題ありません。ディアーナ公女殿下の『後ろ楯』を失った『グーディメル子爵家』は、すでにグスターク公太子殿下の傘下に収まり、その『技術』は接収済みであります。もちろん、『リベラシオン同盟』からもたらされた『技術』もあるでしょうが、聞けば、『
「「「「おおっ・・・!!!」」」」」
ニコラウスの『協力』を得て、用意周到に準備を進めていたグスタークら。
その事実に、目の色を変える『貴族』達。
“
当然、その欲を刺激されれば、流れが変わるのも無理からぬ事であろう。
すでに、ここには“抑止力”となりうる
かくして、それからしばらくの『議論』の末、『貴族院』の『議会』にて、『ロマリア王国』との開戦が正式に決定したのであったーーー。
◇◆◇
『貴族院』の『議会』が閉会後、グスタークとシュタインはグスタークの私室にて『密談』を交わしていた。
「おめでとうございます、グスターク公太子殿下っ!!!我々の思惑通り事が運びましたなっ!!!」
「フフフッ、フハハハハッ!!!こ、ここまで上手くいくとはなっ!?何が『リベラシオン同盟』だっ!!!ニコラウス殿がおれば、恐れるに足らんではないかっ!!!」
ドルフォロとディアーナの糾弾から、トントン拍子で事が運んだ事によって、それでも最後まで気を抜かずにここまで来たが、全てが終わった事により、いよいよもってグスタークもそう喜びを爆発させていた。
「ニコラウス殿の言う通り、ディアーナ公女殿下を排除してしまえば、『
「うむ。『
「いえいえ、何を仰います、グスターク公太子殿下。」
「いや、一段落した今だからこそ言わせてくれ。今まで、よく仕えてくれた。そして、これからもよろしく頼むぞっ!!!」
「っ!!!ハッ、グスターク
「ハハハハハッ、少し気が早いぞ、シュタイン候。俺はまだ『即位』しておらんだろう?」
「それも時間の問題でございましょう?」
「・・・まぁ、そうであるな。さて、戯れはこれくらいにして、次なる一手を考えるとするか。」
「そうですな。」
ドルフォロとグスターク。
その二人の公太子は、以前にも言及したが、その『教育』や『人格形成』の過程において、様々な『貴族』達の介入が存在した。
もちろん、シュタインもそれに関わっている。
その末で、『
つまり、ニコラウスの介入がなくとも、元よりドルフォロはいずれ排除される
シュタインが、より強い『権力』を握る為に。
しかし、ディアーナが頭角を現した事によって、
彼女の『人気』と『才覚』は、無視出来ないモノだったからである。
その内、ディアーナを擁立しようとする動きまで出てくる始末。
それ故、モルゴナガルを介して、『公女暗殺計画』が実行に移されたのであった。
ところが、そこからは全て想定外の連続であった。
『
後はこれまでの流れの通りである。
しかし、それもすでに終わった話だ。
結果的には、ニコラウスと言う
これで、更に己の『権力』を増大させる為の下地は出来上がった訳である。
せいぜい、この
シュタインは、そう内心ニヤリッと笑っていたーーー。
「あー、ぬか喜びさせてしまって申し訳ないのですが、『
そうドヤ顔で言い放つ僕。
いや~、元・『厨二病』患者としては、一度は言ってみたかったんだよねー、このセリフ。
「「・・・・・・・・・はっ???」」
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